招待旅行
『諸君らは我がアカデミーの代表として招待されたのだ。言うまでもないが礼節を重んじ、高い向学心を持って今回の招待旅行を楽しんで貰いたい』
壇上では入学式の時にも挨拶をしたこのアカデミーの学長が僕らに向けて言葉を発している。
現在、彼の前には僕を含め十数名の生徒がアカデミーの制服に身を包みながら話を聞いている。
彼らもしくは彼女らは前期試験においてアカデミーで優秀な成績を収めた生徒達であり、アスタナ島に招待されたメンバーだ。
僕を除けばその表情には1点の曇りもなく、学長のありがたいお話を真剣に聞いているのだが……。
『マスター。早く出発したいですよぉ』
イブから退屈そうな声がする。
(僕だっていい加減にして欲しいと思っているよ)
どこの世界でもこういった人物の挨拶は長い。
年の功なのか知らないが、やたらと若者に訓示を授けたがるのだ。
前世でも、社長だかの挨拶が長く、その時間を使えば残業しなくて済むんだけど……。などと考えていたものだ。
『イブはカイザーとキャロルの【トルチャ】の対局見ているので終わったら声かけてください』
(う、裏切り者)
奥へと引っ込む気配を見せるイブに僕は恨みがましい言葉を送る。
それにしてもあの2匹までトルチャを指せるのか……。
愛らしい姿をした動物が椅子に座りトルチャ盤を挟んで駒を動かす姿を想像する。
とても微笑ましくて映像に残して投稿したくなる。
きっと人気が出るに違いない。そんな風に考えていると。
『2匹ともイブが教えているので上達早いです。そのうちマスターと指せるようになりますよ』
戦局を知らせにイブが戻ってきた。何やら聞き捨てならないのだが……。
『あっ、今のキャロルの打ち方は上手ですね。……えっ、カイザーの捌きも中々です。ちょっと面白い局面になってきたので黙ります』
妙に気になる言葉だけを残してイブは再びいなくなる。後には「どんな打ち方してるんだ?」と疑問を浮かべてもやもやしている僕だけが残るのだった。
「よし、それじゃあ全員荷物を積み込んだら乗車するように」
付き添いの教師の指示のもと、他の生徒達は大型魔道車の収容スペースに荷物を運んでいく。
「そこの君。早く荷物を持ってきなさい」
そんな様子を見ていると教師は僕に声を掛けてきた。
「なんだ? 荷物を持っていないのか。招待旅行は一月もあるんだ、着替えから装備までかなり必要になる。だからこうして大型魔道車に荷物を詰め込んでいるんだぞ」
僕が手ぶらなのを見て眉をひそめる。なので僕は真面目な表情で教師に説明をした。
「僕はアイテムボックスがありますので。必要な荷物はそちらにしまってあります。なので、空いたスペースは自由に使ってください」
そう言ってフェイクルームを見せると……。
「な、なるほど。確かにこれほどの容量があれば必要はないな。実は収容スペースがギリギリだったのでね。君の提案は実にありがたい」
そう言ってあっさりと踵を返すとその旨を他の人間に説明していた。
「…………取り敢えず先に乗車しておくか」
他の生徒達は荷物の積み込みに時間が掛りそうだ。
僕は教師に声を掛けると魔道車へと乗り込むのだった。
「さて……どこに座ろうかな……」
今回の招待旅行にアンジェリカやロベルトなどの友人は参加していない。
魔道車の席は中央の通路から左が2人席。右が3人席となっている。
『マスター旅の醍醐味は美味しいおやつを食べながら友達とわいわいやることです。通路側にしましょう』
「……さて、どの窓際に座るかな」
イブの言葉を無視して席を物色する。旅の醍醐味は窓から見える風景をひたすら観察することに決まっているのだ。
断固として話し相手がいないからイブの提案を却下したわけではない。
そんな風に考えていると……。
「エリクさんどうかしましたか?」
「セレーヌさん。参加されていたのですね」
後ろを振り向くとセレーヌさんがいた。
「ええ、私は優秀生徒ではありませんが、生徒会長として参加させてもらってます」
そう言ってニコリとほほ笑む。なんでもいろんな国の生徒達が集まるのでアカデミーの代表として参加したらしい。
もっとも、セレーヌさんの言葉は謙遜だろう。
『セレーヌさんってこの中でも1つ飛びぬけた魔力持ってますからね。マスター以外に収納空間もってるのこの人だけですし』
高い治癒魔法を扱えるらしくアカデミーでも一目を置かれているのだ。
「エリクさん、ずっと立ちっぱなしでは後からくる人の迷惑になりますから座りませんか?」
「ええそうですね」
そう言うと真ん中あたりの2人席に誘導される。
僕が「まあいいか」と窓際に座ると…………。
「隣。失礼しますね」
生徒会長なのだからてっきり最前列に座るのかと思ったのだが、セレーヌさんは僕の隣へと腰かけるのだった。
魔道車が進み風景が流れて行く。
これからの工程は幾つかの街を経由し、数日後にはアスタナ島に向かう街の港へと入る。そこで数日の調整をしたのちに船でアスタナ島に入るのだ。
僕が今後のスケジュールを考え直しているのには意味がある。それは…………。
『セレーヌさんって本読む姿も綺麗ですよねぇ』
隣に座ったセレーヌさんは自分のアイテムボックスから本を取り出して読み始めたからだ。
僕としても話し掛けられるのではないかと考えていたので誤算だった。
他の席では旅先と言うこともあってか生徒達がワイワイと楽しそうにしながら菓子やらをつまんでいる。
そんな様子を見て僕はそわそわしている。
セレーヌさんは本を閉じるとやや恥ずかしそうにすると。
「そ、そんなにじっと見られると気になるんですけど」
そんなにじっと見ていたのだろうか?
確かに話し掛けるかどうか考えてはいたが…………。
『マスターすごく見つめてましたからね。流石に一言いいたくなりますよ』
(そ、そうか……。流石に失礼だったよな)
僕としても不本意なのだが、どうしてもセレーヌさんと話をしたかった。その理由とは……。
「何かあるのですか?」
セレーヌさんが話しやすいように問いかけてくれる。僕は勇気を振り絞ることにした。
「実は、車の中で食べようと思ってお菓子を作ってきたんです。自分1人で食べるのも気まずいので一緒にどうでしょうか?」
「まぁ。そう言えばエリクさんはお菓子作りが得意なんでしたね。噂に聞いて一度口にしたいとは思っていたんですよ?」
あの時は結構な騒動になったからな。まさかセレーヌさんの耳にまで届いているとは思っていなかったが……。
僕の目的は1つ。ゴールデンシープから採ったバターや羊乳に生クリーム。パワーアップした果物を使用したシュークリームを食べさせることだ。
最近、自分で言うのもなんだけど、前世に比べてお菓子作りの腕が上がってきたんじゃないかと思っている。
お菓子を作る人間にとって2番目に嬉しいことは美味しいお菓子を食べることなのだが、1番目に嬉しいことは……。
「これどうぞ」
フェイクルームにあらかじめ大量に用意しておいたシュークリームを1つ取り出して渡す。
シューの中には黄色がかった生クリームとカットされた果物の数々。
「わぁ。美味しそうですね。食べてしまうのが勿体ないぐらい」
セレーヌさんの嬉しい感想が聞こえる。
「「「「「………………」」」」」
シュークリームを取り出したあたりで周囲の騒がしさが無くなった。
「はしたないのであまり見ないで下さいね」
味の感想を聞きたくてついついセレーヌさんを見つめていると頬を赤らめたので少し距離を置く。
彼女の小さな口がシュークリームを食べると…………。
「「「「「……………………」」」」」
「お、美味しすぎます……こんな美味しいシュークリーム生まれて初めてです」
「よしっ!」
最高の賛辞に僕は拳を握る。
『マスター嬉しそうに……。早起きして作ってましたからね』
イブが呆れたような声を出すが、今の僕は達成感を覚えているので突っ込まない。
「「「「「ゴクリ」」」」」
次の瞬間、周囲が生唾を飲み込む音も聞こえてきた。先程から事態を見ていた生徒達だ。
僕は羨ましそうにシュークリームを見ていた生徒達に声を掛けた。
「良かったら皆さんもどうですか?」
「「「「「!!?」」」」」
僕が配ったシュークリームは好評でその後、他の優秀生徒達とも打ち解けることが出来た。
「エリクさん、凄いですね」
一通りの生徒達と会話をして落ち着くとセレーヌさんが褒めてくれた。
「何がですか?」
「私は生徒会長をやっているのでここに集まっている生徒たちの性格も良く知っています。中には扱いに困る生徒もいるんですよ。それなのにお菓子を振るまうことでこうして打ち解けてしまうだなんて……意外と人たらしの才能あるんですね?」
値踏みするような視線。
特にそういう狙いがあったわけではない。単純に最高の材料が手に入ったので食べさせて反応を見たかっただけなのだが……。
「困った生徒がいたらエリクさんのシュークリームで説得してもらえれば今回の招待旅行はトラブルなく終わりそうです。その時はお願いしますね」
そう言ってウインクをしてくるセレーヌさんに対し……。
『でもこの中で一番トラブル起こしそうなのはマスターなんですけどね』
イブがポツリと呟くのだった……。
否定できない。




