四話・大掃除
あのクソ女神めぇ……! 一度ならず二度までも騙しやがったな! 悪質な不動産屋でももう少し良心的な家紹介するぞ!
明らかにほかの家と雰囲気違い過ぎるだろ。周りもお隣もレンガ造りなのになんでここだけ木造? 一軒だけ時代の波に取り残されてるぞ。というかガキを住まわすならせめてもう少し衛生面に気を使えアホか! これだから前時代的思考の持ち主は困るんだよ……ん? ていうか何で俺まっさきにガキの心配してるんだろ。
いろいろ内側で不満を爆発させた挙句、自分が子供を優先していることに気づき視線を斜め上に飛ばす。
するとそこへ、
「いいおウチだね」
「え?」
忌憚ない純粋な感想が頭上から降ってきて俺は目を点にした。
「え? いいか? ここ」
「私も素敵だと思います。だって二階がありますよ! はしゃぎ放題です」
「ヴィムも思う。ここで四人で住めたら楽しそう」
俺とは真逆の好反応にしばし唖然としていたが、ややあってふと理解する。
こいつらは三人一緒なら、家が廃屋だろうと洞窟だろうとどこでだって楽しいのだろう。そう一人静かに悟ると、なぜか彼女たちの喜びに水を差すのが申し訳ないと思う感情が浮かんで、俺はそれ以上愚痴をこぼすことができなくなってしまった。
「……まあ、お前らがここでいいって言うなら、ここでいいか」
幸い劣化してはいるが修復不可能なほど直せない損壊ではない。手を加えればそれなりにまともな家に見違えそうではある。
大まかに修理の構想が湧いて少しだけ前向きに考えられる余裕ができた。自然と口元に笑みが浮かぶ。
「こんなところで立ち話もなんだし、さっそく入るか」
「「「はーい」」」
異口同音の返事を連れて、雑草の浸食を免れた石畳の道を歩き玄関の前へ。
戸締りはどうなっているんだと一瞬脳裏に疑問がよぎるが、鍵穴に突き刺さったままの古びたカギを目にしてなるほどと頷く。あらかじめ用意はされているらしい。
配慮の方向がズレていると思いつつ、カギを回してドアノブを握る。力を込めるとドアは予想を裏切らない滑りの悪さで、重々しく鈍い音を立てて開かれた。
長い年月蓄積された空気が吐き出され、薄暗い室内にホコリが舞う。前職ブリーダーの俺から言わせれば、ペットを飼うなど言語道断の生活環境である。
あまり入りたくない新居ではあるが、入る以外の選択肢もなく自然と俺の足は一歩屋内へと足を踏み入れていた。
光源は窓からの日光しかないせいか日中にもかかわらず薄暗い。それでも物の判別がつくだけまだましか。
室内の様相も外観に負けず劣らず荒れており、シミやカビはもちろんのこと、クモの巣に虫の死骸が部屋中に備え付けられ、歩けば床がギシギシと軋んだメロディーを奏でる。
しかし、この悪夢のようなマイホームの惨状を見せつけられてなお、三人の少女の目は期待に輝いていた。
リヘナとヴィムが興奮して駆け出せば、つられてクルシュも肩から飛び降り部屋の奥へと走っていく。
「見て見てシグレ! ソファあるよ!」
部屋の隅にあるソファに座ってクルシュが飛び跳ねる。この手狭な室内の数少ない家具の一つであり、これ以外は四人掛けのテーブルと入り口前の小さな調理場しかない。長年放置されていた割にそれほど傷んではいないが、それでもクルシュがバウンドするたびにホコリが舞い散るのは勘弁してほしい。
「見てくださいシグレさん! お風呂があります!」
慌ただしく名前を呼ばれて、室内に二つあるドアのうち開いている方へ近寄れば、リヘナが感激を露わに浴室を眺めていた。石材でできた浴槽が取り付けられている以外に蛇口やシャワーなどと呼べるものはないが、排水の穴が用意されていたり一応は風呂としての体裁を保っている。
「おんぼろだが意外に設備は充実してるな」
まだ未見だが大方隣のドアはトイレだろう。と勝手に予想し独り頷いていると何やら上から声が降ってきた。
「にぃに、こっち来てー」
「おう、ちょっと待ってろ」
ヴィムと思しき声に誘われ、ソファのそばに設けられた階段から二人の少女を連れてやや急な階段を上がっていく。
二階に上がり終えると真っ先にベッドに寝転がるヴィムが目に入った。
「このベッド、おっきいよ~」
ゴロゴロと転がって寝具の寝心地を確かめるヴィムを前に、二人の少女も嬉々としてダイブする。ダブルベッドよりもなお大きい作りのベッドは、子供三人が共に寝るには十分な広さがある。
遅れてベッドに近づいた俺は、改めて二階を見回した。一階同様、家具がベッドとクローゼットの二つしかなくドアも調理場もないせいか、一階よりなお簡素な印象を受ける。
「まあ、家具はこれから増やしていけばどうとでもなるか」
「にぃに」
「ん?」
思案しているところに呼ばれて振り向けば、三人の少女はだらしない格好でベッドに寝転がっていた。
「これからどうしよっか?」
「とにもかくにもまずは掃除だ。日が暮れるまでに必要なとこだけでも済ませたい。お前らも手伝え」
「「「はーい」」」
やる気があるのかないのか分からない間延びした返事で、三人娘がむくりと半身を起こす。それを見て、ふと名案が浮かぶ。
「そうだな……一番頑張ったヤツには明日ご褒美をやる」
ご褒美という単語に三人が目の色を変えて顔を上げる。
「ご褒美ってなに?」
「さあな、それは優勝者のみに教えてやるさ」
意地悪く含み笑いを浮かべてみせれば、三人は互いに見つめ合ってしばし黙り込み、それからクモの子を散らすように階段を駆け下りて行った。
その様子を後ろから眺めて苦笑する。
「伝説のドラゴンと恐れられてる割には扱いやすいな」
正直なところまだ褒美の内容は決めていないのだが、まあ、明日考えればいいだろ。
それより俺も早く掃除に加わらなければ日没まで間に合わない。時計がないせいで時間の感覚は曖昧だが、日の高さからしてそうあまり猶予もあるまい。
善は急げと俺は階段へと向かい、思った以上の高さと手すりの心許なさに頬が引き攣った。
「……あいつら、よくこんなところすぐ降りられたな」
さすがドラゴンと感心しつつ、なるべく下を見ないよう慎重な足取りで階段を下りた。