三話・異世界到着
目を開けると、俺は家々が並ぶ町中に佇んでいた。レンガ造りの古い軒並みと田舎ののどかな空気が新鮮で、年甲斐もなく心が躍る。これが異世界か。
何の前触れもなく穴の底に落とされた時は軽く殺意を覚えたものだが、あの落下は俺にとってもあまり思い出したくない出来事なので今は忘れよう。
それよりも重要なのはドラゴンだ。そもそも俺はドラゴンの飼育を頼まれこの地に降り立ったのだから。
不承不承な気はあるが、生き物の世話を任された以上務めは果たすつもりである。
「……で、肝心のドラゴントリオはどこ行った?」
先ほどから周りを見回しているが、どこにもドラゴンたちの姿がない。まさか逃げられたんじゃないだろうなぁ……。あんなモンスターが町に解き放たれたら一大事だぞ。
飼い主代理としての責任感から、胸中にじわじわと焦りが募り始める。
そんな俺の服を、不意に誰かが引っ張った。背中の感触に反射的に振り返ると、なんとそこには幼い三人の少女が立っていた。
「えっと、俺に何か用?」
この町の子たちだろうか。三人とも容貌はそれぞれ異なるが、十歳くらいの外見と整った顔立ち、ワンピース一枚という服装は共通している。
困惑して目を瞬かせる俺の眼前で、俺を見上げる金髪ロングの少女はあからさまに呆れて嘆息した。
「何言ってるの、あなたがあたしたちのお世話してくれるんでしょ?」
「……は?」
いや、ドラゴンの世話は頼まれたが児童の預かりなんて依頼された覚えはないぞ。
子供使った新手の詐欺かと疑い、人を呼ぼうかと考え出したところで、もう一人少女が近づいてきた。
「クルシュちゃん、それじゃ伝わらないと思うよ」
仲間の少女に呼びかけてから、黒髪ポニーテールの少女が俺に会釈をしてきた。
「実は私たち、さっきあなたが出会ったドラゴンなんです」
……え? この子今なんて言った? ドラゴン? この子たちが? さっきの? ドラゴン?
いやいやいや、まさか。
「セルフィエラに、人間に変えてもらったの」
斬新なジョークに笑うべきか呆れるべきか逡巡する俺の隣に三人目の少女が寄ってきた。色素の薄い癖のあるショートヘアの少女が、セルフィエラという名前を出したことで俺はいよいよ彼女たちの発言を信じざるを得なくなってしまった。
「え、あの女神……?」
「はい。力も一緒に封じてもらったせいか、こんなにちっちゃくなっちゃいましたが、れっきとしたドラゴンです」
くるりと回って容姿を見せつける黒髪少女を俺は唖然として凝視することしかできない。思い起こせば、確かにあの女神は人間の営みに溶け込めるよう配慮すると言っていた。
しかしまさか、ドラゴンを幼女に変貌させるなどと誰が予想できるだろうか。
「マジか……」
「マジ」
「マジです」
「マジだよ」
俺の呟きに三人ともご丁寧に反応してくれた。いい子たちだな。ドラゴンだけど。
それに引き換えあの女神ときたら、本当に必要な情報を開示しないな。裏切りに次ぐ裏切りに遭い、俺はもうあの女神が本当は人の皮を被った悪魔なんじゃないかと思えてきた。
今度会ったら覚えてろよ。
それはさておき、これからどうしよう。
実際のサイズよりは幾分育てやすくなったものの、子供の面倒なんてろくに見たことないぞ。そもそも人間の子供と同じ扱いで接していいのかも分からないし、どうしたものか。
「ねぇねぇ」
「ん?」
腕を組んで悩んでいると金髪少女に声をかけられた。
「あなた名前は?」
「ああ、俺は倉坂時雨。シグレでいい」
「分かった。よろしくね、シグレ。あたしはクルシュ。で、こっちの黒いのがリヘナで。こっちの白いのがヴィム」
「よろしくお願いします」
「よろしくー」
リヘナと呼ばれた黒髪少女がぺこりと頭を下げ、ヴィムと呼ばれた少女がおっとりした口調で軽く手を上げる。今の自己紹介でなんとなく三人の性格は把握できた。
「こちらこそよろしく」
「それで、シグレくんは何を悩んでたんですか?」
「これからどうしようか考えていた」
「それなら、まず家を探した方がいいと思う」
ヴィムの提案でようやく思い出す。そういえばあの女神、住居を用意するとか言ってたっけ。
「でもその肝心の家がどこにあるのか聞いてない」
「安心して。あたしたちは事前に聞いてるから」
ほう、それは心強い。年下の女の子に頼り切るのは気が引けるがここは彼女たちに案内を頼んだ方が良さそうだ。
「よければ場所を教えてくれないか?」
「いいよ」
快く頷くとクルシュは人間離れした跳躍力で俺の肩に飛び乗ってきた。いわゆる肩車という状態になって、俺は頭上でご満悦の少女を見上げる。
「えっと、クルシュさん? なぜに肩車?」
「疲れたから。それに上から見た方が指示しやすいし」
一理ある。少女の目線からよりは高い方が町を把握しやすいのは確かだ。正体がドラゴンとは思えぬほど重量も軽いし、これくらいなら問題なかろう。
そう思っていると、左右の手に小さな手の温もりが触れてきた。
「いいなぁ、クルシュちゃん」
「ヴィムも乗りたい。楽しそう」
「ダメ、ここはあたしの特等席なの」
両脇から俺の腕に抱き着いて二人の少女が羨ましがり、頭上でクルシュがふんぞり返る。
こいつら本当にドラゴンなのかと疑いたくなるほど、知能が完全に子供のそれである。いや、ドラゴンの知能がどれほどなのか知らないけど。爬虫類と同列と考えればむしろ高いのか……?
などととりとめのない思考にふけっていると、頭上からペチペチと頭を叩かれた。
「さあ、行きなさいシグレ号! 出発進行!」
「へいへい」
誰がシグレ号だと言い返したくなったが子供相手にむきになるのも大人気なく、従順に言われた通り町の奥まで進んでいく。
肩に一人と両手に二人しがみつかれるという奇妙な形態なのが少々恥ずかしいが、幸いにして井戸で談笑する主婦も軒先で日向ぼっこしている老人も俺たちに奇異の目を向けることはない。よかった穏やかな町で。
「素朴な疑問なんだが、何で俺はお前らを育てることになったんだ?」
「あれ、セルフィエラから何も聞いてないの?」
「あいつはろくに情報を伝えないからな」
一応女神だがもう、あいつ呼ばわりでいいだろ。
「ヴィムたちはね、伝説の三大龍って昔から言われてるドラゴンなの」
「伝説の三大龍、ねぇ」
転生直前の空間で見たあの三体の巨大な威容を思い出せば納得できるが……今はとてもそうは見えん。
「人間たちから崇拝されると同時にその強大な力から畏怖される存在でもあった私たちは、長い間天界で眠りについていたんですが」
「セルフィエラがね『人間界で人間として過ごしてみる気はない?』って提案してきたの。それで面白そうだったから、あたしたちはそれに乗ったの――あ、シグレそこ右に曲がって」
「ああ、なるほど。了解」
リヘナとクルシュの説明を受けて大方事情は把握した。要するにこいつらは、ドラゴンのまま天界で昼寝する生活に飽きて、人間として普通に日常生活を送りたくなったのか。そして俺はこいつらが人間として不自由なく暮らしていけるよう身の回りの世話をする保護者というわけだ。
「ってことは、俺はお前らにドラゴンではなく人間として接していいんだな?」
「うん、そう思っていいよ。食べ物や嗜好品なんかも人間のものでいいから」
それを聞いて安心した。ドラゴンなんて未知の生物を託された時はどうしようかと焦ったが、人間の子供と同じ対応でいいのは助かる。
しかし、それはそれで腑に落ちない。子供として扱っていいならなおさら、俺みたいなブリーダーではなく、それこそ保育士や子育て経験のある人間に任せるべきではないのか。
未だ女神の真意が読めず、もどかしい思いが胸中にわだかまる。……まあ、今考えたところで詮無いことなのだろう。次女神と会う機会があればその時に問い詰めればいい。
強引に気分を切り替えて、俺の足は目的のマイホームへと歩き続ける。
それから数分が経過した頃であろうか。不意にクルシュが「ここよ」と言って俺を制止した。促されるままにそばにあった人家に目をやる。
俺は二、三回瞬きをしたのち、おもむろにクルシュを見上げた。
「おい、本当にここなんだろうな?」
「うん、間違いない。セルフィエラに伝えられた通りの住所だから」
念のため確認すると、確信を持った声が無残にも間違いの可能性を打ち消す。
……おいおい、嘘だろ。
絶望感に苛まれながら、直視するにはあまりにも残酷な現実に再度目を向けた。
木造家屋の二階建てに小さな庭付き。それほど広くはないが大人一人と子供三人が暮らすにはちょうどいい大きさの家だ。
古色蒼然とした佇まいがまた田舎独特の懐かしい気配を漂わせ、まさにクソ素晴らしいの一言に尽きる。特に割れた窓ガラスが廃材で補強されてる様なんか最高だ。背の高い雑草が我が物顔で庭に生い茂る光景なんて心が躍る。極めつけは家屋の外観だ。剥がれて腐った壁や屋根なんて見るに堪えない趣がる。まさかこんな夢のような家を紹介されるとは思わなかった。
ということで、まあ、その……総評すると――
「ただの廃屋じゃねぇか!」
俺は気づくとあらん限りの怒号を発していた。




