十六
「アリル王子の住んでいるところって、王城内にあるんだ」
「他の国みたいに、城の近くに住んでいるわけじゃないんだな」
教会からアインに連れられて王城内を速足で進んでいく。
「普段から王城に住んでいる訳じゃないよ。今は、色々とやることが多くて王城に詰めている方が楽だから住んでいるだけなんだよ」
へぇ~、と初めて聞く話に感心してしまった。
カウセス王国の王城に入ること自体初めてだったので、見るもの全てが物珍しくてきょろきょろしてしまう。
大臣とかそういった国を動かす役職の人間が行きかっていると思っていたけど、今はとても静かだった。たまたまなのか、それともいつもこんな感じなんだろうか。
「そういえば、今日はなんでこんな所まで来ていたんだ?」
「馬鹿が面倒くさいことを言って、イストーカ様がアイン様に会いに来たいと言い出して……」
「そっ、そうか。イストーカ様が」
ならば早く済ませないとな、とアインが小さく呟く。アリル王子の話とイストーカ様を天秤にかけて、イストーカ様が勝ったようだ。
「二人は馬に乗れた――いや、乗れても不思議じゃないな」
「残念ながら、ここまで走ってきたんです。馬車にも馬にも乗れなかったから」
「よく走ってこれたな」
アインはディスハイン家と王城を泊りがけの方が多いけど、それ以外は大体馬に乗って通っている。どれだけの距離を走って来たのか、すぐに理解できたんだろう。
「鍛えるためかもしれないけど、無理はするんじゃないぞ」
「「はい」」
鍛えるためじゃなく、乗るスペースが無かったからなんて言えるわけがない。それが、居候でありただの兵士の辛いところだな。
アインが来るまでに結構休憩できたから、体も大分落ち着いてきた。
「ここがアリル王子に貸し与えられている部屋だ。中に、レグレス王子がいらっしゃるから、粗相がないように」
「レグレス王子?」
王子ならばアリル王子兄弟だろう。だが、そんな名前の王子を聞いたことが無かった。
「アリル王子の兄、カウセス王国第二王子だ」
「あぁ、聞いたことがある。何か覚えているぞ」
俺は聞いた覚えがなかったが、フリオは覚えがあったようだ。
「確か、王位継承に全く興味が無い、学者を目指していた風変わりな王子が居たっていうのが――」
そこまで言ったところで、アインから「シー!」と焦った様子で口を封じられた。
フリオは迷惑そうに、なぜそんなことをするんだ、と言いたげな表情をしたが、今自分がいる場所を思い出してか、すぐに大人しくなった。
「ここは、王城だ。そして、私はアリル王子から特別な権限を与えられてここに居ることを特別に許可されているに過ぎない。王族やそれに連なる方々、そして、私の出世に関わってくる方たちから君たちを切れと命令されれば、私は自らの出世のために君たちを切らなければいけなくなる」
ゾクッ、と背筋に悪寒が走った。アインは、俺たちに問題があれば本気で切ると言ったのだ。
アリル王子の下についてはいても、それよりも上の人間に言われれば出世のためにそちらへつくと。
こんな人間だっただろうか、と俺とフリオは顔を見合わせた。いや違う。アインはこんなことを言うような奴ではなかった。
「失礼します」
ノックと共に声をかけ、中から了解の返事が聞こえると一拍おいてドアを開けた。
「ユウトとフリオを連れてまいりました」
「ごくろう」
部屋の中央に置かれたテーブルの周りに立っていたのは、アリル王子と歳若な男性の二人だった。男性――レグレス王子は年の頃20代前半の、細身の頼りない体つきをしている。
病弱とかそういった雰囲気は見受けられないので、元々体を鍛えるといったことはしてこなかったんだろう。
「失礼しますっ!」
「失礼しますッ!」
室内に入り、軍隊式の敬礼をする。ディスハイン家では敬礼といった作法はなく、今のはカウセス王国軍のやり方だ。
「よく来てくれたな。ちょうど近くに居てくれて助かった」
俺たちと同じ服を着たアリル王子が、王城へやって来た俺たちを労ってくれた。
「まず初めに紹介しておこう。こちらが、私の兄であり、カウセス王国第二王子のレグレス兄様だ。兄様は、ガド第一王子では回れない他国との折衝を主に行っている」
レグレス第二王子は、アリル王子から紹介されると表情を崩すことなく、ニコリとも笑うことなく俺たちの方を向く。
「二人のことは、弟やアイセンタから聞いている。なんでも、魔獣を倒したそうだな」
視線だけでアリル王子を見ると、王子は小さく頷いた。話しても問題ないようだ。
「はい。とはいえ、魔獣になりかけの半魔獣ですが」
「なるほど、そうか。それは面白いな。――強かったか?」
「罠で仕留めたので、直接は戦っていません。ですが、油断しなければ問題ないと思います」
「興味深いな」
レグレス第二王子は俺からの聴取に満足したのか、羊皮紙に何かを書き出した。俺の方からは何を書いているか見えなかったが、自分なりの見解を書いているのかもしれない。
質問は無くなったのか、レグレス第二王子が集中しているのを見てから、アリル王子が口を開いた。
「献身の魔女に急ぎで戻って来てもらっている途中だが、その旅程で寄った国で魔王信仰が活発になっているらしい」
いつの世でも馬鹿は多少なりともいる。魔王信仰がその一つだ。
全てを無に帰す。全ての苦しみから解放される手段として死を選ぶことはあるが、それを意味のある物にしようと馬鹿が考え出したのが魔王信仰。つまり、魔王によって殺してもらう大規模破壊型の自殺だ。
「迷惑な話だね。その国の王様は何をやっているんだか」
柔らかくウェーブした髪を、くしゃり、と握りながらフリオは呆れ気味に言う。
「魔王信仰は、どの国でも多少はある。そいつらは地下に潜っているから、どれだけ潰して散らしても、再び集まってくる」
どうやっても、どうあがいても無駄だ、と暗にそう言った。時代時代に上の者が対応しなければいけないそうだ。
「だが、今回は良いことと悪いことが重なってな。悪いことを説明すると、魔王信仰が活発になっているのは、パルシオン王国だ」
悪いこと、と言われて身構えてしまったが、どうということはなかった。パルシオン王国は、魔王が生まれた国と言われている国だったからだ。
魔王信仰が活発なのと魔王が生まれる因果関係は特にないと聞いていたが、それとは関係なく魔王が出てくるならここだろうな、という思いはあった。
的中する確率の高い予想が的中しただけなのだから。
「では、良いこととは?」
「その国とは国交があることだ。パルシオン王国の第一王子とレグレス兄様は面識があり、交友もある」
先ほどから無心でペンを走らせているレグレス第二王子に目をやる。レグレス第二皇子は、自分が話題になっているのにも関わらず全く気にするようすがない。
口は悪いが、こんな風変わりな王子と交友を続けることができるんだから、パルシオン王国の第一王子も風変わりな王子なんだろう。
「献身の魔女はパルシオン入りをすでに済ましてある。しかし、大きく動くとなると魔女という身ではかなり制約がかかる」
「――そこで、俺たちってわけか」
「そうだ。幸いなことに――」
話の途中で、いつの間にか物書きを済ませたレグレス第二王子はアリル王子の方に手を置き、話を止めさせた。
二人は視線を交わすだけだったが、アリル王子はすぐに引き下がり話をレグレス第二王子が引き継いだ。
「弟から聞いているかもしれないが、俺はどうやらパルシオン王国で災害に巻き込まれてしぬらしい」
突然、今までの話と全く関係ないことがレグレス第二王子の口から出た。
レグレス第二皇子の隣に居るアリル王子に目をやると、視線を動かすことなこちらを見ていた。つまり、魔王軍侵攻の話も俺たちが未来から変則的な不死の呪いによって戻ってきたことはすでに伝えてある、ということだ。
「まぁ、私は魔王や化け物とか、そうった類が専門ではないんだけどね。強いて言えば、不思議な物を知りたいだけさ。そういった意味では、君たちは逸材と言えるだろう」
そういい、レグレス第二王子は俺たち二人を見た。
「それと共に、非常に残念なお知らせも聞いた。弟が知る未来の世界では、先も言った通り私は魔王という災害によって死ぬそうだから、魔王に関して何も知ることなく死んだそうだ。知識を吸収する、というのは生きるということ。知識を求めなくなったものは、死んでいるのと同義だ。
魔女という存在は、カウセス王国では保護すべき存在となっているが、近くで言えばロンザード商議国では、人々を堕落させる存在として見つけ次第、縛り首にしているところもある。問題のパルシオン王国ではそのようなことはないが、あまりいい顔はされないし大きな動きをすれば兵士が付いて回ることになる。
しかも、魔王が現れるなど気が狂っていると言われても仕方がない。取り調べられでもしたら大変だ」
と、大演説を繰り広げた。
そして、レグレス第二王子はアリル王子の肩に手を回した。
「満足いくまで知ることが出来ず、死ぬことなどできるか」
今までの冷静な話が嘘のように、刺すように、氷のように冷たく鋭い視線で流麗だが荒々しくもある怒りを滲ませた声でレグレス第二王子は言う。
「ルウ王子とは、専門は違うが同じく知識を求める似た者同士として交友がある。普段であれば、王族が他国へ行くのであれば色々とあるが私は父親から色々と諦められているからな。すぐに動こうと思えば動くことができる」
つまり、レグレス第二王子がパルシオン王国第一王子――ルウ王子と交友があるから後ろ盾になってくれるようだ。
他国でどうやって動くのか。コソコソと人目を忍んで動かなければいけなくなるのかと思ったが、これで動きやすくなった。
これは、本当に嬉しい知らせだ。
「レグレス兄様のお陰でパルシオン王国での活動は、格段にしやすくなったと思う。そこで、急ぎになるが大教会にて祝福の儀礼を受けてもらう」
「おぉ」
大教会による祝福とは、傷を癒し、精神汚濁をしてくる魔物に対して効果がある。魔女も似たことが出来るが、神々の力を借りる教会の方がより強力な祝福を行うことができる。
俺たちも対魔王戦直前にやってもらったが、とても助けられた。とはいっても、即死を瀕死に変える程度の物だったが。
ただそれは、正式な手順ではなく慣れていない人間が執り行ったからだと、本当の決戦直前にアリル王子から聞いた。
そんな話を聞いていたので、大教会で祝福に慣れた者に執り行ってもらえるほどありがたいことは無い。
「私は、色々と準備することがあるから、弟と一緒にさっさと祝福を済ませてこい」
レグレス第二王子は、そういうと、準備をするためにさっさとアリル王子の部屋を出ていった。
「パルシオン王国へは、レグレス兄様に任せておけばいい。俺たちは、大教会へ行って祝福をしてもらおう」
「「おっしゃぁ!」」
2月21日 誤字脱字を修正しました。




