EP.006[皇帝悪鬼・前]
30分ほど、一進一退の攻防を繰り返した。
途中、壊滅的な打撃を受けたが、それも何とか退けた。
息を切らしながら睨む。
視線の先には、相も変わらず健在であるカイゼルオーガが威風堂々と存在していた。
内心で、舌打ちをしながらステータスを確認する。
SPが残り60に、MPも残り30か……。
幸いにしてパーティーメンバーに、戦闘不能になった者はいない。
クルーネ曰く、レベル10でも蘇生魔法は覚えられなかったらしいから戦闘不能になったら終わりだ。
次にスキルが増えるのはレベル20か……もしかするとレベル15でも増えるかもしれない。
「しっかし、しぶといなぁ」
「本当にな」
ジークの呻きに同意して、今まで意識しないようにしていたカイゼルオーガのHPに目をやる。
カイゼルオーガ Lv20
[ ]
[ ]
[■■■■■■■■ ]
[■■■■■■■■■■]
ようやく半分以下にした、といったところである。
全員SP、MPの残量も心もと無いだろうし、いっそう苦戦を強いられるだろう。
いいじゃねぇか。やってやる。
「クルーネ、MPの残りは?」
「……40%ってところ」
「20%切ったらMPポーション使え」
「……おk」
このまま押せばギリギリ行けるだろう、と考え使用を許可する。
もし、勝ちの目が見えないようだったら使うだけもったいないから事前に「良いと言うまで使うな」と釘を刺しておいた。
『グルォォオオオオオオオ!』
カイゼルオーガが槌を振りかぶって、勢いよく地に叩きつけようとしていた。
HPを3/4まで削った時に一度見た技だ。
地に叩きつけた槌から衝撃波が円状に広がり、範囲ダメージ+スタンという凶悪な技だ。
「やらせるかぁっ! <麻痺弾>ッ!」
フレア・デモニオが火を噴く。
槌が地を打つコンマ何秒か前にカイゼルオーガに当たる。
当たった瞬間に、慣性の法則なぞ無視したかのようにピタリ、と固まった。
「今だ、みんなスキルをッ!」
指示を出しながら自分も、その頭頂部に<魔装弾>を撃ちだした。
各員、自分の持ちうる攻撃技で攻め立てる。
カイゼルオーガは動きを再開したが、範囲攻撃は中止されていた。
「ギルマスよ、ナイスであるが何だったのだ?」
「<麻痺弾>だよ」
「でも、麻痺って相手の行動を遅延させる効果じゃないんですか?」
ノワールの質問に答えると、一度麻痺弾を目撃していたフラックスに突っ込まれる。
「あぁ、それはLv5までの話だ。Lv6からスタンの効果が付いた」
20%という低確率のギャンブルに、いつまでも頼るわけにはいかない。
そう思ってLv5まで上げると、<麻痺弾Lv6>にスタン3秒と記載されていた。
今のスキル習得状況はこうだ。
[Skill]__________________________[×]
【Learning】
<リロードLv5>
┗[A] SPを消費して銃弾を再補充する。消費SP5。
<ロングショットLv2>
┗[P] 有効射程距離が10m広がる。
<ヘッドショットLv3>
┗[P] 銃弾が頭部に当たった場合威力が12%アップ。
<魔装弾Lv2>
┗[A] MPを消費して威力5%アップで物理耐性を無視する銃弾を放つ。消費MP10。
<麻痺弾Lv6>
┗[A] SPを消費して、耐性が無い場合は確実に麻痺とスタン3秒を発生させる弾を発射する。消費SP10。
【UnLearning】スキルポイント残り[0]pt
┗スキルの種類、レベルに寄らず習得にはスキルポイント1ptを要する。
<リロードLv6>
┗[A] SPを消費して銃弾を再補充する。消費SP4。
<ロングショットLv3>
┗[P] 有効射程距離が15m広がる。
<ヘッドショットLv4>
┗[P] 銃弾が頭部に当たった場合威力が16%アップ。
<魔装弾Lv3>
┗[A] MPを消費して威力10%アップで物理耐性を無視する銃弾を放つ。消費MP10。
<麻痺弾Lv7>
┗[A] SPを消費して、耐性が無い場合は確実に麻痺とスタン5秒を発生させる弾を発射する。消費SP10。
<グレネードLv1>
┗[A] SPを消費して爆弾を投擲する。消費SP10。
[P]……パッシブスキル。
[A]……アクティブスキル。
_____________________[Expedition Online]
本当は<グレネード>も習得したかったのだが、スタンの誘惑には勝てなかった。
そのおかげで、凶悪な技を止められてよかった。
最初の1回を食らった時は、危うく壊滅するところだった。
スタンで動けなくなったノワールのHPが尽きる寸前に、スタンが解除されてHPポーションが何とか間に合ったという間一髪のタイミングだ。
ノワールが独断で使ったのだが、良い判断だった。
「よし、1/4まで削るぞ。1/4で行動パターン変わるだろうからそこで再び様子見だ……行くぞ!」
「「「「「了解!」」」」」
そして、再び強大な敵に戦いを挑む。
行動パターンに慣れた俺たちは、効率的にHPを削っていった。
しかし、3段目のHPバーが半分切った時に、範囲攻撃の動作に入った。
麻痺弾を放とうと照準を会わせて、スキル名を叫びながら無慈悲にも引き金が引けない。
目を見開き、そのアラームを見る。
《弾切れ!》
ここまで来て……ッ!
「星言葉は”ナチュラルな穏やかさ” 彼の星の銘は”ベータ・インディ”っ!」
フラックスが時間を作ってくれたおかげで、間に合わない物が間に合う可能性が生まれた。
喉が掠れる勢いで叫ぶ。
「<リロード>ッ! <麻痺弾>ッ!」
秒速1キロメートルの銃弾が、カイゼルオーガのどてっぱらに直撃して『2秒』動きを止めた。
……ちぃ! スタンは使うたびに効果が薄くなっていくタイプかッ!
この後何度、範囲技があるか分からないのが痛い。
「スタンに耐性が出来てる! 多分あと1回しか止められないから、2回目が来たらフラックスの魔法で行動を止めて、大ダメージによるダウン狙いだ!」
「「「「「了解」」」」」
これしかないだろう、と苦虫を噛み潰したような顔で叫ぶ。
SPとMPも自然回復するとはいえ、心もとなくなってきている。
初のインスタンスダンジョンは簡単には勝たせてもらえねぇなぁ。
再び綱渡りのような戦闘が続く。
一歩間違えば、すぐに壊滅するであろうそれは驚異的な集中力により確かに一歩ずつ前進していった。
そして、その時が来た。
BGMが変わる。
今まで部屋を灯していた青白い炎も紫に色を変えて、がらりと雰囲気を変える。
カイゼルオーガ Lv20
[ ]
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[■■■■■■■■■■]
「残り1/4だ! 気合を入れなおせッ!」
叱咤しながら、動きを観察する。
範囲攻撃がくる、そう思っていた。
しかし、予想に反しカイゼルオーガは槌の尻で地を叩き、仁王立ちした。
その体からは紫色のオーラが、溢れんばかりに奔流している。
そして、カイゼルオーガの目の前に1本の4メートルほどの剣状の楔が出現してHPバーが現れる。
「DPSチェックだ! 殴れ!」
DPSチェック。
DPSとはダメージパーセカンド……つまり、時間内に与えるダメージ量の事である。
平たく言えば、時間内に壊さなければゲームオーバーという事だ。
SP、MPに糸目をつけてる余裕はないかッ。
「待つのである!」
引き金を引こうとしたその時に、ノワールの声が鋭く響き渡った。
「待ってる余裕はないだろ!」
ジークが声を荒げながら反論する。
それは同意だが、ノワールが何も考えずに止めるわけもないだろう。
「吾輩が止める」
静かに、だが力強くそう言うノワール。
突拍子も無い事ではあるが……。
「<かばう>のレベルを10に上げた時に<オール・フォー・ミー>というスキルに進化したのである」
「オールフォーミー?」
直訳すると『全てを自分に』という事になるのだろうか。
その和訳により、おおよその内容を理解できた。
「パーティーメンバーのダメージを全て肩代わりするスキルか?」
「そうである」
やはりそうか、でもそれは……。
同じことに考え至っていたアリエルが俺より先に声をあげた。
「それってつよすぎなーい?」
「強いが、デメリットもひどいのである」
そして、つらつらと説明を開始した。
<オール・フォー・ミー>
効果時間は5秒間。効果時間内、パーティーを組んでいるキャラクターへのすべてのダメージを全て自分で受ける。
使用キャラが戦闘不能に陥っても効果時間内はパーティメンバーにダメージが及ぶことはない。
使用キャラは、使用した戦闘中回復・蘇生無効。
使用した戦闘で得られるはずだったマネーと経験値はゼロになる。
使用後、スキルが進化前に戻りレベルが1つ下がる。
再進化は可。
「……確かに、そう簡単に使えそうにないな」
「そういう事である。では後は任せるのである。……ジークよ、SPポーションを渡しておくぞ」
ノワールがインベントリからSPポーションを取り出して、ジークに手渡しした。
ジークはそれを受け取った後、<ベルセルク>を解除する。
「では、勝つのである」
ゴォーン、と低い鐘がなったかのような鈍重な音が聞こえる。
カイゼルオーガが、勝ちを確信したかのような表情を浮かべて楔を引き抜く。
瞬間、今まで猛き狂っていた紫色のオーラが消えた。
左手で槌を持ち、右手で楔を持つカイゼルオーガは、双方を振りかぶり回転を始めた。
それは、どんどんと勢いを増していき、小さき台風のようになる。
風が……暴風が回転の中心である、カイゼルオーガに吸い込まれていく。
システム上、絶対に抗えない暴力に吸い寄せられ、台風に直撃する直前。
「<オール・フォー・ミー>であるッ!」
ノワールがスキルを発動する。
それが発動した瞬間に、暴風が収まった。
……いや、台風はいまだに存在している。
彼の暴風を全てノワールが引き受けてくれたのであろう。
そして、ノワールだけが台風に飲まれ、HPを全損させる。
パーティーメンバーリストのノワールの名前が黒くなり、消えた。
しかし、それだけでは飽き足らぬと、暴風が止まぬまま刻一刻と時間が過ぎていく。
まさか、5秒では足りないのだろうか。
そう嫌な予感が頭によぎる。
だが、唐突にそれは収まった。
なぜお前らがまだいる? そう言いたげに睨みつけてくるカイゼルオーガがそこには居た。
無風となった部屋の中で、カイゼルオーガの持っていた楔が砕け散り、暴力の終わりを告げる。
そして、戦闘は再び動き出した。
――1人の骸を横たえながら。