終
ロンダーク伯爵は午後の紅茶を飲みながら、美しい妻を見つめていた。
「時期に王は自滅する。そうしたらお前もあの男を忘れられるか?」
「もう……忘れています」
荒々しくカップを置くと、伯爵は立ち上がって自分の妻の腕を掴んだ。
「嘘を言うな! 年を取った醜い私を侮り、あの王に未練を残しているのだろう!」
「そんなつまらない嫉妬のために、クリスティーナを捨て駒にしたのですか?」
「違う! ただの私怨ではない。鬼畜王から皆を守るためだ!」
伯爵が怒鳴りながら言葉を続けようとすると、突然部屋の扉が大きな音を立てて開いた。バタバタと兵士がなだれ込んで来て伯爵達を取り囲む。
「なんなんだお前達」
「ロンダーク伯爵。国王殺害未遂の罪で拘束致します」
ゆっくりと室内に入ってきたジョセフは冷たい声でそう告げた。
「そんな馬鹿な! どこに証拠がある」
「証拠ならあります。王妃殿下が遺書として残してくださいました」
「遺書?」
「はい。王妃殿下は亡くなられました。自殺です」
伯爵は茫然自失という風で、その場に膝をつく。カトリーヌも自分の娘が自殺した事がショックで、思わず涙を零した。
「クリスティーナ……まさか自殺だなんて……」
震えた声でカトリーヌが娘の名を呼ぶが、誰も同情する者はいなかった。ロンダークは最後の望みを託して大きな声を張り上げる。
「王は……あの子と床を共にしたのだろう? あの男も死刑だ。皆死んでしまえ!」
「いいえ。お二人は清い関係のままです。王が死罪になる罪状はありません」
王の有能なる秘書官は冷ややかな言葉で突き刺す。
「あの子は裏切ったのではないわ。貴方に愛想を尽かしたのよ。貴方があの子にしてきた事を思えば当然の事ね」
カトリーヌは冷たい言葉でロンダークを突き刺す。ロンダークの味方はもはや誰もいない。非常にあっけない最後だった。
山の中のコテージのデッキに、椅子をおいて座る一人の少女。その手で美しい人形を抱き、どこまでも澄んだ青空を眺めている。
「お嬢様……これで良かったのでしょうか?」
「いいのよ。メイア……」
「しかしお嬢様の目が……」
クリスティーナの左目には眼帯がつけられていた。薔薇の刺が目に刺さり失明したのだ。
「人はね……。不完全な物を美しいと感じるのよ。私も人形じゃなくて、人間らしい美しさを手に入れたの」
椅子と床がこすれあって音をたてる。クリスティーナが立ち上がってメイアの前に立つと、メイアの腹を撫でて言った。
「弟かしら? 妹かしら? 楽しみね」
「もったいないお言葉です。でも……私が陛下の子を……恐ろしい事です」
クリスティーナは無邪気に笑ってメイアを抱きしめる。
「私が望んだ事よ。愛する人の子供が欲しい。でも自分では無理だったから、メイアにお願いしたの。ありがとう」
メイアは涙ぐみながら、涙をこぼすまいと懸命にこらえていた。
「陛下は……カトリーヌ様と再婚されたそうですね。臣下を殺して妻を奪った大罪人。そう呼ばれているそうですよ」
クリスティーナはメイアから離れて微笑む。
「あの方は悪口を言われ慣れているもの。今更そんな噂一つで動揺なんてしないわ。きっとお母様と幸せに過ごしているはずよ。愛する人が幸せでいてくれる事が何より嬉しいの」
メイアはついにこらえきれずに泣きながら言った。
「お嬢様の幸せはどこにあるのですか!」
クリスティーナは左胸にそっと手をおく。
「ここにあるわ。一生分の恋をした。幸せだった思い出。それだけで私には十分よ」
「そんな……」
メイアの手をとってひくと、椅子に座らせて微笑んだ。
「これからはメイアと、私と、産まれてくる子の三人で暮らすの。きっととっても楽しい日々が待っているわ」
そう言いながらまたクリスティーナは空を眺める。空には白い鳥が自由に飛んでいた。
「自由って……難しいのね。私は……今まで決められた事をするだけだった。だから今自由になって、とても嬉しいのと同時に怖いの」
メイアは困惑した表情を浮かべクリスティーナを見つめる。クリスティーナは一瞬寂しげな表情を浮かべた。
「自由に生きろとあの人は言ったわ。でもあの人と共に生きる自由はなかった」
以前より生き生きとした表情のクリスティーナは、大きく空に向かって伸びをして、深呼吸をする。きらびやかな服も装飾品も無かったが、完璧なまでに美しい少女がそこにはいた。
クリスティーナの表情は明るくて、もはや人形とは思えない。
「人間誰もが不自由に生きてるのね」
鬼畜王と人形姫 終
もっと醜くて、暗くて、どろっとした作品を書くつもりが、案外さっぱりと終わってしまいました。
次こそはもっと醜い物語をかきたいです。




