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Episode.03 灰色の世界で ★ / 隠し条件達成

世界は、いつだって平坦で、白けていた。


五歳でショパンを弾きこなした時も、十歳で大人顔負けの絵画を描き上げた時も。


周囲の大人たちは口を揃えて「天才だ」「素晴らしい」と私を讃えた。


だけど、私の心に響くのは、いつも乾いた砂がこぼれ落ちるような音だけだった。


一度見れば、仕組みがわかる。

二度やれば、正解に辿り着く。

三度目には、正解までの最短距離が見えてしまう。


私にとって、この世界は「結末のわかっているミステリー小説」を延々と読まされているようなものだった。


誰が犯人で、どうやってトリックを暴くのか。


ページを捲る前からすべてが視えてしまう退屈な物語。


期待という名の色彩は、年を追うごとに私の視界から剥がれ落ちていった。


――けれど。


「……負けた。……私が、負けるなんて」


独特の匂いが漂う、薄暗いゲームセンター。


安っぽい電子音が鳴り響く中で、私は呆然と画面を見つめていた。


視界の端で赤く点滅する『YOU LOSE』の文字。


私の隣で、相澤君は勝って当然だと言わんばかりに、平然と飲料の缶を開けていた。


――悔しい。


胸の奥が、焼け付くように熱い。


指先が震え、心臓の鼓動が耳元でうるさいほどに鳴っている。


でも――、


「……あはっ。……あはははは!」


私は楽しくて笑いが止まらなかった。


こんなに「思い通りにいかない」ことが、これほどまでに私を震わせるなんて。


私がどれだけ思考を巡らせても、どれだけ効率的な解法を導き出しても、彼はその一歩先で私の予測を嘲笑うように打ち砕いてくる。


予定調和が、今、彼の手によって粉々に粉砕された。


「相澤君。今の私、何色に見える?」


思わず問いかけていた。


色を失いかけていた私の世界に、今、鮮烈な極彩色が流れ込んでいる。


彼の無機質な言葉、冷めた眼差し、そして私を「完璧な象徴」として扱わないその不遜な態度。


そのすべてが、私の網膜に鮮やかな色彩を焼き付けていく。


「さあ。汗臭い先輩にしか見えませんよ」


彼は、私に「不細工なクマのぬいぐるみ」に似ていると言われたことの仕返しなのか、「意地悪なことを言ってやった」みたいな笑みを浮かべてくる。


「ふふっ。キミって本当に、最低で最高の友人ね」


――友人。彼はそう言った。


私に跪く信者でも、私を消費する観客でもなく。


私を一人の「人間」として、対等な場所から突き放す、唯一の存在。



……。


ゲームセンターを出ると、七ツ海の街は燃えるような黄金色に染まっていた。


坂道を下り、海が見える高台の公園で、私たちは足を止めた。


潮風が、熱を帯びた私の肌を優しく撫でていく。


「私、今までずっと、空の青さも、夕焼けの赤さも、ただの記号だと思っていたわ」


私はフェンスに背を預け、遠くの水平線を見つめた。


「でも、今日は違う。キミが私の隣で、私の予想を裏切り続けてくれるから。世界が、こんなに痛いほど鮮やかに見えるの」


私は、鞄の中から彼が取ってくれた不細工なクマのぬいぐるみを取り出した。


彼には「不細工なクマのぬいぐるみ」だと言ったけれど、私はこの子を気に入っている。


キミに似て、めちゃくちゃ可愛い。


ぎゅっと抱きしめると、微かに、彼がいたあの空間の匂いがした。


「友人としてなら、ってキミは言ったけれど。……残念ね、相澤君」


私は、彼の横顔を盗み見る。


彼は相変わらず、私の言葉に靡く様子もなく、ただ淡々と「そろそろ帰らないと、母親に怒られます」なんて現実的なことを言っている。


ああ。


ダメよ、これ。


キミが私を見ないから。


キミが私の思い通りにならないから。


だから、私はキミから目が離せない。


キミと過ごす「初めて」の数だけ、私の世界は色を取り戻していく。


キミと戦う「敗北」の数だけ、私は自分が生きていることを実感できる。


――これは、もう。


私の中では「友人」なんて枠には収まらない、もっと重くて、鋭くて、救いようのない感情。


「いいわ。友人として、キミはこれからも私の側にいて」


私は、無理やり「完璧なお姉さん」の微笑みを仮面に貼り付けた。


今のままでは、彼にこの熱を悟られかねない。


もし私が「恋」を求めてしまえば、彼はまた、私を「最下位」として切り捨ててしまうかもしれないから。


彼という色彩を失わないために。


私は、この「友人」という名の贅沢な拷問を、甘んじて受け入れよう。


「……絶対に、逃がさないんだから。相澤京君」


黄金色の海に、私の誓いが溶けていく。


彼にバレないように、私は彼にそっくりなぬいぐるみの耳をそっと指先でなぞった。


色彩を取り戻した私の世界で、彼だけが、私の心を支配する唯一の存在だった。


「さあ、帰りましょう。明日の朝、一緒に登校しない? 友人なんだからいいでしょ? ね?」


私は、弾むような足取りで坂道を下り始めた。


背後で彼が「勝手に決めないでください」と溜息をつく音が聞こえる。


その声さえも、今の私には、世界で一番美しい音楽のように聞こえていた。



相澤京。


私の世界は、もう、色づき始めた。


キミと一緒に、私は自分の運命と戦い続けるわ。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

          好感度:99 → MAX[状態:戦友(好敵手)

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彼は私を自宅の近くまで送ってくれると「先輩、また明日」とだけ言って、夕闇へと消えていった。


その後ろ姿は、不思議と、迷いのない一人の「戦友」のように見えた。


超生意気な後輩で、私の好敵手(好きな人)


私は、ふと疑問に思った。


彼は私に色をくれた。


私だけじゃなくて、きっと私の妹も、彼の存在に救われる一人なのだろう。


彼は、私に手を差し伸べてくれた。



でも、彼が苦難に直面した時、いったい誰が彼を助けるのだろう?




……。



いいわ。



もし、キミが苦難に直面した時は、今度は私がキミと一緒に戦ってあげるから。



その時がきたら、



「遥先輩、世界一頼りになる!」

「遥先輩、世界一可愛い!」

「遥先輩、世界一大好き!」



って、絶対にキミの口から言わせてみせるから。



――。



――――。



――――――。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

          隠し条件達成[獲得:消えない(キズナ)

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――




―――――あとがき―――――

今作をここまで読んでいただき、誠にありがとうございます。

少しでも続きが気になった方は、モチベーションに繋がりますので、

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