Episode.02 完璧な委員長②
「……ごっこ遊び?」
僕の言葉に、秤の眉が不快そうに跳ね上がった。
美しく整えられた面輪に、隠しきれない困惑が広がる。
彼女が期待していたのは、恐怖に歪む僕の顔か、あるいは欲望に負けて女王の足元へ縋り付いてくる醜態だったはずだ。
そのどちらでもない、どこか事務的ですらある僕の態度が、彼女の計算を狂わせていた。
「アンタ、状況がわかってないの? 私は本気よ。ここで叫べば、アンタの人生は終わる。……さっさと跪いて、私の足を舐めなさいよ」
彼女は苛立ちを隠さず、ローファーの足先で僕の脛を小突いた。
その感触はどこか硬く、彼女が日中、どれほど気を張って過ごしているかを物語っているようだった。
だが、僕は動じない。
それどころか、彼女の足元をじっと観察するように目を細めた。
「一日中、委員長として歩き回って、みんなの顔色を伺って。……大変だよね。足、相当むくんでるんじゃない?」
「なっ……! 何を勝手なことを……!」
「いいよ。肉奴隷でもなんでも、秤さんの気が済むまで付き合ってあげるよ。……ただし、人肌よりも少しあったかいお湯がほしい」
僕は視線を上げ、戸惑う彼女の瞳を真っ直ぐに見据えた。
彼女のような、プライドで自分を塗り固めたタイプは、自分のルールを否定されることには弱いが、より「上位のルール」――プロフェッショナルな響きを持つ提案を提示されると、知らず知らずのうちに従順になるものだ。
「外の水道から、バケツにお湯を汲んできてくれないか。……僕が汲みに行くと、逃げ出さないか心配でしょ?」
「……は? お湯? いったい何をするつもり?」
「秤さんの誇り高い足を……『清める』ためだよ」
僕がわざとらしく、恭しく「清める」という言葉を使うと、秤の頬に微かな朱がさした。
支配欲の強い人間ほど、自分を「特別な存在」として扱われる演出には弱い。
彼女の脳内で、自分を神格化するような都合のいい解釈が始まったのが手に取るようにわかる。
「……ふん。アンタ、意外と気が利くじゃない。私の足を舐めた後に、自分の唾液でタイツを汚さないようにお湯で清めるってことね。いいわ、その殊勝な心がけに免じて、用意してあげる」
秤は、勝ち誇ったような笑みを浮かべて立ち上がった。
彼女がバケツを手に取り、一旦準備室を出ていく。
その足音を聞きながら、僕は準備室の隅にあったエタノールと、私物のハンドクリームを調合し始めた。
即席ではあるが、摩擦を抑え、保湿を兼ねたマッサージクリームとしては十分機能するはずだ。
本当はアロマがあれば申し分ないのだけど。今は仕方がない。
◆
数分後。
秤が、湯気の立つバケツを重そうに抱えて戻ってきた。
施錠を確認し、彼女は再びパイプ椅子に深く腰を下ろす。
「持ってきたわよ。……さあ、始めなさい。まずはその汚い手で、私のタイツを脱がせなさい。……アンタみたいな、私よりも『下』の男に触れられるのは反吐が出るけど、屈服する姿が見られるなら耐えてあげる」
彼女は傲慢に足を投げ出した。
僕はバケツを足元に置き、ゆっくりと、儀式を執り行うようにその前に膝をつく。
指先が、漆黒のタイツに触れる。
17歳の男子なら、指先に伝わる柔らかな肉の感触、生地越しに伝わる体温に理性を失い、獣になっていただろう。
だが、僕が感じたのは、生地越しに伝わる微かな「熱」と、硬く張ったふくらはぎの「疲れ」……彼女が今日一日、蓮見秤という虚像を維持するために酷使した肉体の悲鳴だった。
ゆっくりと、焦らすようにタイツの口を下げていく。
足首から、透き通るような白い肌が露出していく。
一日中タイツに閉じ込められていた足先からは、微かな、けれど確かな少女の体温の匂いが漂ってきた。
その匂いは、彼女の完璧な仮面の下にある、等身大の弱さを露呈させている。
「……っ、ん……。な、なによ、その手。……変なところ触らないでよ……っ」
秤の声が、わずかに震える。
強気な言葉とは裏腹に、彼女の指先が椅子の端を白くなるほど強く握りしめている。
タイツを完全に脱がせると、そこには美しく、けれど酷く疲れた、硝子の細工のような素足が現れた。
「……さあ、舐めなさいよ。私の足の裏から指の股まで、全部アンタの舌で……」
言いかけた彼女の言葉を遮るように、僕は彼女の小さな両足を、温かいお湯の張ったバケツへと滑り込ませた。
「ふあぁっ……!? あ、熱っ! ……じゃない、あったかい……?」
予想外の温度に、彼女は思わず肩を揺らした。
「じっとしてて。まずは血行を良くしないと、汚れも『疲れ』も落ちないから」
僕はバケツの中に手を入れ、お湯の中で彼女の足を優しく包み込んだ。
秤の顔が、驚きと、そして足元から全身に広がる予想外の心地よさに、見たこともないほど赤く染まっていく。
その表情には、もはや女王の影はなく、ただ戸惑う一人の少女があった。
「な、なによこれ……! 舐めるんじゃないの!? なんで、洗ってるのよ……っ!」
一日中歩き回って汗と匂いが染み付いた足を舐めさせることで、僕に屈辱を味合わせたかったのだろうが、そう簡単に、彼女の思い通りになってあげるわけにはいかない。
「言っただろ。最高の奉仕をするって。……秤さんのドSな『ごっこ遊び』より、僕の『足湯マッサージ』の方が、よっぽど秤さんを満足させられると思うよ」
前世では社畜生活を送っていた僕が、自分自身を癒すために始めた『足湯マッサージ』。
僕は、お湯の中で彼女の土踏まずを、親指でぐっと、深く押し込んだ。
「ひゃっ……!?」
完璧な委員長の口から、聞いたこともないような可愛らしい悲鳴が漏れた。
お湯の熱と僕の指圧が、彼女が必死に保っていた「支配」の境界線を、音を立てて溶かし始めていた。
―――――あとがき―――――
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