第14話 楚王の命令
反乱軍というものは、集まると急に名前を欲しがる。
村の者だけなら、村の寄り合いで済む。
町を取っただけなら、沛県の連中で済む。
だが、あちこちで秦に逆らう者が増えると、誰かが言い出す。
旗がいる。
王がいる。
正しい理由がいる。
俺としては、飯がいて、酒がいて、できれば責任を代わりに持つ奴がいれば十分だった。
だが、世の中はそう簡単ではないらしい。
「楚王が立てられました」
蕭何が言った。
「そおう?」
「楚の王です」
「楚って、項羽たちが掲げている昔の国か」
「はい。秦に滅ぼされた国の名です。反秦の旗印としては分かりやすい」
「つまり、みんなで昔の名前を借りるのか」
「乱暴に言えば、そうです」
乱暴に言えば、世の中はだいたい分かりやすい。
丁寧に聞くと眠くなる。
楚王といっても、実際に全部を動かしているわけではないらしい。
各地の将たち、項羽の叔父である項梁、その他の偉そうな連中が、楚の名を使って秦に対抗する。
つまり、俺たちのような小さな反乱者にも、上から命令が来るようになった。
最悪である。
逃げた先でまた上役が増えた。
「命令は」
俺が聞く前に、蕭何はもう竹簡を広げていた。
「先に秦の都、咸陽へ入った者を、関中の王とする」
咸陽。
秦の帝都だ。
関中。
咸陽の周りに広がる、豊かで守りやすい土地だ。
つまり、そこを持てば飯と人が増える。
「王か」
俺は腕を組んだ。
王。
その言葉が出た瞬間、周りの顔が少し変わった。
沛県の男たちも、逃亡者たちも、降った秦兵も、飯に釣られて残った連中も、急に息を詰めた。
俺は冗談のつもりで考えていた。
王になれば、飯が増えるのか。
酒はどうか。
寝る場所は良くなるのか。
だが、周りは冗談ではなかった。
こいつらはもう、俺を逃げた亭長ではなく、何か別のものにしようとしている。
それが分かって、少し背中が寒くなった。
「王になると、飯は増えるか」
「増える可能性はあります」
「酒は」
「状況によります」
「責任は」
「確実に増えます」
「じゃあ、やめる」
「やめられません」
またそれだ。
誰も笑わなかった。
俺はそこで、やっと失敗したと分かった。
いつもの軽口で逃げられる空気ではない。
周りの者たちは、俺を見る。
みんなが、俺が何か言うのを待っている。
俺は咸陽へ行きたいわけではない。
王になりたいわけでもない。
だが、先に入れば関中が手に入る。
後から来るのは項羽かもしれない。
項羽に全部取られる。
その想像は、飯を全部樊噲に食われるより怖かった。
「取れる」
俺は言った。
言ってから、蕭何を見た。
蕭何はまだ頷いていなかった。
しまった、と思った。
だが、沛県の男たちはもう聞いていた。
「取れるんですか」
誰かが言った。
「……たぶん」
「たぶん?」
まずい。
たぶんは弱い。
俺は慌てて咳払いした。
「取れる。取る。先に入る」
蕭何は筆を動かさなかった。
珍しい。
そう思った瞬間、蕭何は竹簡を閉じた。
「書かないのか」
「もう足ります」
「何が」
「周りが覚えました」
俺は周囲を見た。
沛県の男たちが、もう互いに頷いている。
蕭何が書かなくても、言葉は人の顔に残っていた。
「……記録より悪いな」
「はい。消しにくいです」
意味が分からないのに、怖い。
こうして、俺たちは咸陽を目指すことになった。
楚王の命令で。
関中のために。
そして、俺がまた余計なことを言ったせいで。




