【オーバーライド】
「おっ、あれはC地区のカナちゃん。コッチはA地区のアヤちゃん。ん~悩むな~♪」
彼の名は“減田透流太”もうじき16歳になる、この物語の主人公です。
この町の名はニューモート。ここでは16歳になると大人として扱われ、教会から仕事を与えられ、そして結婚することが許されるのです。
どうやら彼は未来の伴侶の観察でもしているようですね。
おや?彼に近づく老人がいますが、もう少し様子を見てみましょうか。
「これ、透流太!何を見とるんじゃ。」
そこへ現れたのは透流太の祖父でした。
「オマエ、まさか女の子を見比べとったんじゃなかろうな?」
「いかん、いかんぞ!この町のルールを忘れたわけじゃあるまい。」
そう言ってこの町の唯一のルールを言い聞かす祖父。
「この町のルール“比較三原則”、比べない、競わない、証明しない!」
「もしそれを破ろうもんなら、教会に目を付けられトラベラーに、つまりこの町を追い出されてしまうぞ。」
「そうオマエの父のようにな。死んだ母を悲しませるな。」
どうやら透流太の父はトラベラーだったようですね。そして母は他界していたようです。
そしてこの町の唯一のルール“比較三原則”。そして、この町の秩序を取り仕切っているのが教会と呼ばれる施設。そのことを透流太に言い聞かせる祖父。幼かった透流太をここまで育てた祖父が、その身を案じるのも無理はありませんよね。
そんな祖父の気も知らずに透流太が何かに気付いたようですが、、、。
「ねぇねぇ、爺ちゃん。何でこの町の人たちって、みんな同じ背格好なの?ホラ、あの人も、この人も、みーんな同じ身長じゃん。」
透流太が指さす先には、お店の看板。そして、その下を通り抜ける人々の背は、みな同じなのでした。
「、、、余計なことを考えるな。」
そう言って祖父は視線を逸らしてしまいました。
その夜、ベッドで寝転がりながら、仕事について思いにふける透流太。
この町では16歳になると仕事を与えられる。
その仕事は、作物を育てるファーマー、建物の修繕を主に行うワーカー、家事や育児を行うケアラー。
そして、とある任を受け町の外へと旅立つトラベラー。
「トラベラー、、、か。外の世界ってどうなっているんだろーな、、、」
やはり蛙の子は蛙、と言った所でしょうか。外の世界に思いを募らせる透流太でした。
「・・・流太・・・ますか・・・」
「透・・・太・・・か・・・」
気のせい、、、ではないようですね。透流太の頭の中に女性の声が響きます。
「ん!?なんだ?、、、声、、、か?」
どうやら気付いたようですね。
そして声は徐々にハッキリと聞こえるようになってきます。
「透流太、聞こえますか。私の声が聞こえたら答えてください。」
今度はハッキリと聞こえたその声は、どうやらこの女性は透流太を呼んでいるようです。
「コレ、頭に直接。誰だ、オレを呼ぶのは誰だ。」
反応する透流太に、謎の女性が答えます。
「やっと聞こえましたね。私の名はミテラケフィ。アナタを導くものです。」
「オレを導く、、、って?ミテラケフィ、まったく話が呑み込めないんだが。アンタは何者で、オレをどうしたいんだ。そもそも、コレどうやって話してるんだ?」
透流太が戸惑うのも無理はありません。とつぜん頭の中に女性の声が聞こえて、戸惑わない方がオカシイのですから。
「この声はアナタの中に在る洸杜を伝い話しかけています。そして私はミテラケフィ。先ほども言った通り、アナタを導くためにこうやって話しかけているのです。」
「洸杜って確か、俺たちの遺伝子の中に在るって言う、なんか便利な機械?だっけ?」
そう“洸杜”とは、遺伝子内に組み込まれた生体AIの事で、主に生体維持や身体強化の役割があります。そして、この町に産まれたときに左手に装着される“グラフィック・ギドラー”で、状態をモニターできるのです。
早い話、洸杜のお陰で病気にならず、元気な体で居られるってことですね。
透流太の問いにミテラケフィが答えます。
「洸杜とは生体維持だけが目的で備わっているのではないのですよ。まぁその辺りの説明は追々するとして。私の目的は、アナタを私の分身の元に導くこと。そしてアナタは会わなければならないのです。」
驚きと、疑惑と、そして好奇心が入り乱れ、逆に冷静になる透流太。実に主人公らしい思考回路ですね。
「ま、まぁ話しは理解した、、、のかな。うん、まぁイイや。で、そのアンタの分身とやらはドコに要るんだ?俺の家から近いのか?俺の家はD地区で町の外れだぞ。」
会いに行くことを前向きに検討する透流太に向かってミテラケフィは続けます。
「私の分身は“龍の巣”におります。そして、その場所はこの町の外の世界、谷を越えた先にあります。」
ミテラケフィの口からは信じられない返事が返ってきましたね。ミテラケフィの言う町の外とは、つまりこの町に住まう者からしたら未知の世界。知る術のない世界なのです。
「つまり、俺に町から出ろと言いたいわけか。」
おや、意外にも冷静な返答ですね。この町に住む者にとって、町の外に出ると言うことは、トラベラーになる以外に手段はありません。
そしてそれは同時に、この町からの便宜上の追放を意味します。
「そうですね、ですがアナタの心はもう決まっているのではないのですか?例えこの言葉が飾られた嘘だったとしても、アナタが信じていればそれは彩に溢れた真実として映っているのではないでしょうか。」
このミテラケフィの言葉は透流太の深層心理に深く突き刺さったことでしょう。
「あぁ、アンタに言われるまでもないよな。俺はやはり父さんの血を引いているんだろうなぁ。」
やはり心は決まっていたようですね。最初から透流太の目は町の外に向いていたのです。
夜が明けた次の日の朝、透流太と祖父は教会から呼び出されます。そして御使と呼ばれる“神を模った神体”から神託を受けます。
「神託を下します。透流太よ、アナタにトラベラーの任を授けます。そしてアナタの役目は“龍玉”を持ち帰ること。外の世界には“龍”と呼ばれる生物がおります。その中の特別な個体が持つ龍玉を持ち帰ることこそがアナタの任なのです。」
がっくりと肩を落とし俯く(うつむく)祖父。それとは逆に胸を張る透流太。
果たして龍とは如何なる生物なのか?それはこの町に住まう住人は誰にも分からないのです。
次の日の朝、町の外へと向かう透流太に、付き添う祖父。言葉はない。
門衛と呼ばれる機械人形が待ち受ける、この町唯一の出口。
「付き添いはここまでにして下さい。」
ここで別れることを告げられる透流太と祖父。
「まだ戻れないと決まった訳じゃないぜ。龍玉、、、だっけ?そいつを見つけてくりゃイイんだろ?」
実に主人公らしい前向きな思考ですね。この言葉には甘さも無知さも含まれています。ですが残された祖父には希望に満ちた言葉に聞こえたことでしょう。
「無理をするんじゃないぞ。危なくなったらすぐに逃げるんじゃ。死んでしまったら何にもならんからの。」
これが最後に聞く祖父の言葉でした。
祖父と町を後にし、門衛に案内されてたどり着いた場所は、ニューモートのある場所から外の世界へと続く唯一の道、いやトンネルでした。
この場所の名はバスケット・フィールド。前後を深い谷に囲われた陸の孤島。その谷とは、ベアーバレーとディープバレーと呼ばれる、旧時代の争いの傷跡なのです。
「このトンネルの名はルート17。まっすぐ進むと谷を出られます。」
そう言うと門衛は透流太の左手を取りこう言いました。
「およそ700日分のポイントを付与します。外の世界で使えるかどうかは分かりませんが、アナタの働きに支払われる報酬です。」
グラフィック・ギドラーが光りだし、ポイントが加算されて行きます。
「そしてコレをお持ちください。アナタの旅にお役立てください。」
そう言うと、一振りの剣とバッグを手渡しました。
産まれて初めて剣を手にする透流太。そしてバッグの中身を確認すると、中には携帯食料と、何やら道具類が詰まっています。
「ありがとう、助かるよ。」
お礼を言う透流太に門衛がこう返します。
「アナタのような方は初めてですよ。ココに来るものは大抵は絶望した顔をして無言なんですが。」
「そう言えば以前にもアナタに良く似たお方が居ましたね。お名前までは存じませんが。と言いますか、ココに来る方のお名前を聞いたことがありませんでした。」
そう言うと門衛は続けてこう問います。
「失礼ですが、お名前をうかがっても宜しいでしょうか。」
一拍おいて透流太が言います。
「オレは透流太。減田透流太だよ。また戻って来た時まで覚えておいてくれよな。」
門衛から機械音と共に門衛の声とは違う機会音声が発せられます。
「(ピー)メモリ、減田透流太。」
そしてさっきまでの門衛の声でこう返します。
「これでもうアナタの名を忘れません。またお会いする日をお待ちしています。」
門衛を後にし、振り返ることなくルート17を進む透流太。
何を思いながら道を進んだのでしょうね。
案内もないルート17、透流太が通った後が道しるべとなるのでしょうか。
「透流太、聞こえますか透流太。私です、ミテラケフィです。」
忘れてました、この声の主はミテラケフィ。透流太が町の外へと出ることを予見していた者であり、透流太を自身の分身の元へと導く、、、と言っている存在です。
普通の人だったら、こんな事を急に言われて「ハイそうですか」と納得するはずはありません。
なのでこの物語の主人公が、如何に無知で無警戒で、そして素直であることが伺えます。
「そのトンネルを真っすぐ進むと開けた場所に出ます。そして目の前に森が広がっているはずです。私の分身の名は久遠望未。森の先にある龍の巣と呼ばれる場所にある館に居ます。まずはこの谷を抜けたらひときわ高い木を目指してください。」
そして最も重要な話を透流太に話し始めます。
「アナタも疑問に思っているはずです。私は誰なのか?そしてなぜアナタは私の分身である久遠望未に会わなければならないのか?その答えはアナタの旅の目的にも関係しています。龍玉、これを手に入れる為にも久遠望未に会わなければなりません。」
どうやらミテラケフィは透流太が受けた任を知っているようです。
そしてその任が透流太に下されることも事前に知っていたようですね。
「へぇ、なんでもお見通しって訳か、、、こりゃ都合が良いな!じゃあその龍の巣まで案内をヨロシク!」
驚きました。ここまでくると素直を通り越して、もはやバカなのではないかと疑ってしまいます。
ミテラケフィが続けます。
「では案内の前に、ひとつアナタの洸杜の封印を解いてあげましょう。」
次の瞬間、透流太のグラフィック・ギドラーが輝きだしました。
「うおっ、まぶしっ!」
ギドラーの放つ光が辺りを包み、その光で何も見えません。そして同時に耳元で蚊が飛ぶようなモスキート音。いやこれは何かが高速で回転しているような、そんな音が響きます。
「か、、、体が、、、いた、、、くない?収まった、のか?うん、どこも痛くないし。なんなら何か、体が、、、軽い。」
光が収まり、状況を把握しようとする透流太。
手を握って開いて。そして軽く飛び上がる。
「ドガン!」
「いってーーーー!何なんだよ一体、、、。」
軽く飛び上がった次の瞬間、透流太は天井に頭をぶつけてしまいます。
何が起きたか理解できない様子の透流太に、ミテラケフィがこう伝えます。
「今アナタの洸杜の封印を解きました。前にも少し話しましたよね。洸杜とは生体維持だけが機能の全てではないのです。洸杜とは人の遺伝子内に組み込まれた生体補助AI。人の身体能力を数十倍に引き上げる事ができます。」
「また五感を共有し、周囲の状況把握を行うこともできます。そして危険察知、最適行動、回避運動、それら全てを自動で行います。つまりアナタは、不意な事故などに会う確率が極めて低くなると言う訳です。」
これは何とも便利な機能ですね。どういう仕組みでそうなってるのか、全く理解が及びません。
「つまり何だ、、、えーっと、どう言う事?」
ですよね。普通の人ならこう反応しますよね。いくら透流太が素直を通り越したバカだとしても、この反応には納得です。
「う~ん、まぁイイか。考えたって分からんもんは分からんし。」
コレである。もはや安心感すら覚えます。
この反応に対してミテラケフィがこう返します。
「そうですね。考えたって分からない、それでも受け入れて納得する。アナタを選んだ理由はそう言うところに有るのかもしれませんね。」
「それともう一つ、重要な機能があります。洸杜は太陽光をエネルギー源に稼働しますが。もう一つ、とても大きなエネルギーを扱えます。それは月のチカラです。月は巨大なエネルギーを産み、それを無限に扱うことができるのです」
月のチカラ、それは旧人類が産み出したエネルギー問題に対する解決策。月自体が巨大なエネルギー収集装置なのです。宇宙を飛び交う放射線を集め、利用可能なエネルギーに変換し、地上へ、そして洸杜へと供給されるのです。
「さぁ、そろそろルート17を抜けますよ。私はいつもアナタのそばに居ますからね。」
そう言うと通信は切れ、そして程なくして透流太の眼前には光さす出口が見えてきました。
ここからが本当の旅の始まりです。




