霧雨
その日は朝から雨だった。空港を出てすぐタクシーに乗り込んで、窓越しに見る久しぶりの地元の景色は、山の輪郭が霧雨でぼやけていて、まるでホラー映画の始まりのような風景だった。
途中、通り過ぎた大きな溜池の周りの土手は一周が丁度1キロで、ランニングしている人やウォーキングしている人を見かけるが、今日は流石にいないだろうと、ふと目をやると、冬の冷たい雨に濡れながらも走っている人がいた。
そういえば、地元のマラソン大会がもうすぐだなと思いながら、昔の出城があった小さな山が目に入ってた。
相変わらず、不気味だ。山の入り口は鬱蒼と草木が生えていて、この上の無人の神社に小学校のとき、肝試しで友人達と登ったのを思い出した、誰かが悲鳴をあげて、皆逃げるように帰ったのを覚えてる。結局、あの悲鳴は誰の悲鳴だったのか、未だに謎なのがリアルに怖い。
そうこう思いを巡らしていると、タクシーは静かに止まり、もう着いたようだ。
後ろの荷物を下ろしてくれるのかと思いきや、自分で取ってと言われて、ああ、そうか、田舎の個人タクシーはセルフだったわ、と思いイラッとした気持ちをため息で誤魔化した。
「おかえり、涼」
玄関から、懐かしい母の声がした。白髪が増えて、目尻の皺も濃くなったが、昔から変わらない明るい声だった。
「ただいま」
久しぶりに人に対して、そう言った。なんだか、それだけなのに、泣きそうになった。
一人暮らしだと、いつもひとりごとのように、『ただいま』を言うが、帰ってくる言葉はない。いや、スピーカーのAIが最初は言ってくれてたが、最近接続トラブルで使えなくなったので、AIさえ答えてくれなくなった。
「あんた、やせたんじゃない? ちゃんと、たべてる? お母さんより色白いねー、外出てないの? 時々は光合成しなさいよ」
荷物を玄関に置いて靴を脱ぎながら、そんな矢継ぎ早に疑問を投げかけられて、苦笑いした。
「ちゃんと、たべてるよ。外は仕事以外はあまり出ないかな」
そう言いながら、リビングに入って、ついたままのテレビでは、ニュース番組が流れていた。
「東京は物騒やね。女の子が通り魔に殺されたらしいんよ。あんたも、男の子やけど、何があるかわからんから、きをつけよ」
ふと目に入ったテレビに映る被害者の名前は、よく知っている彼女の名前だった。




