1日目、 避難開始
「真夏にゾンビとかざけんなよ!出てくるならハロウィンにしやがれ!」
俺は小さく毒づく。
信じたくはないが、池袋にゾンビが出現した。
俺と未来の行くつもりだったサンシャイン方向からは爆発によるものだろう黒煙が、まるで高層ビルが立ち並ぶエリアのど真ん中でぶっ飛ばしたロケットの雲のように天空まで舞い上がる。さらにサンシャイン周辺から聞こえ始める悲鳴と衝突や爆発の大きな炸裂音。
池袋はかなり危険な状態になっていると考えた方がいいと俺の直感が叫ぶ。
ならば、元来た道–––池袋駅方向へ戻るしか無いと判断し、俺は未来の手を引いて走り出した。
「逃げるぞ未来!」
「えっ、うん!」
俺たちが走り出すと同時に周囲にいた人々も事態を理解したようで、池袋はあっという間にパニックに陥った。
俺は走りながらゾンビがいる方向へ視線を向ける。
先程ゾンビ女に肩を喰い千切られたサラリーマンの男性は地面に倒れピクピクと痙攣したあと、青白い肌で身体中のあちこちから赤黒い血を流す『ゾンビ』へと変貌した。
すると男性はのろのろとした動きで起き上がり、何かを見つけたかのようにふらりふらりと歩き出した。
それの向かう先は言うまでもなく、近くにいる生きた人間。目標となってしまったのは買い物袋を両手に持っている主婦と思わしき女性だ。目の前の凄惨な光景に恐怖して動けなくなっている。
「うがあぁぁ……んガアァァァ!」
ゾンビが血混じりの涎を垂らしながら耳触りな大きな呻き声を出す。
余りに大きな声でようやく思考停止状態から解放され、女性は逃げようとしたが、動き始めるのがあまりにも遅すぎた。
シャツを真っ赤に仕立てたゾンビは大きく口を開け、女性の喉元に噛み付いた。
「ふぁがっ……!?」
恐らく声帯を貫かれたのか、血を垂らし声にならない声を漏らしながら倒れ、目から光が消えると10秒経たないうちに手足は青くなり、唇は紫に、瞳は虚ろで燻った赤色へと姿を変えていく。
「ッ!」
一瞬で人が人で無くなる様を見て、俺は思わず歯軋りする。
あんな化け物に噛まれてゾンビなんて死んでも御免だ。とにかく未来とどこか安全な場所に逃げなければならない。
俺はスマートフォンにインストールされている国民的SNSアプリ『RINE』を立ち上げ、
フレンドリストやグループトークに登録されている家族、知人、クラスメート全て対象としたグループを新規作成する。
《東京にゾンビが出た!ゾンビが来れないような場所に逃げたほうがいいぞ》
俺は簡潔な文を送信したあとにカメラ機能を起動させ、走りながら後ろを向き撮影する。
ゾンビが次々と人を襲うところを映像に収める。
10秒程度の動画でも異常事態だということは十分に伝わるはずだ。
俺はそれを添付したものを送信する。
すると、いつもは俺のトークなんて無視して既読なんて付けないくせに、これには反応したらしく既読数が一気に100を超える。
《え、これマジで?》
《映画とかのワンシーンじゃね?》
《それ池袋?》
《バカ、TV見ろ!全ての放送局で臨時ニュースやってるしウソじゃねえだろ》
《全国で出現してるって!政府も混乱してるよ》
《関東のゾンビはどこから来たんだよ!?》
《羽田空港に墜落した飛行機の中にゾンビがいたらしいぞ》
《ヤベェじゃん!!!俺の家、横浜だぞ。母ちゃん無事かな……》
《俺の街にもゾンビ来たみたいだ!逃げるわ》
《逃げるってどこに!?》
《避難所はどこも人でいっぱいだろ?》
《警察とか自衛隊の基地じゃね?武器あるし》
《それか関東から逃げるってのもアリじゃね?》
《いや、交通網は事故やら渋滞やらでズタズタだ。逃げられる可能性は低い》
《ていうか、全国出現なんだから関東から逃げてもムダだろw》
《キタ━(゜∀゜)━!ゾンビ!俺のゾンビ駆逐ターイムだぜ!》
《私たち死んじゃうの?》
《品川、渋谷にもゾンビ出たらしい!》
《私、いま立川だけどどこに逃げたらいい?》
《ショッピングモールじゃね?まずそこなら食料とかあるだろ》
1分もしないうちにトーク数は爆発的に増える。
情報は伝えた。別に親や親戚以外の奴らには知らせなくても良かったがそれぞれがどう行動するのか参考にしたかったために一斉送信したのだ。
あとは奴らが勝手に死のうが避難しようがパニックになろうがどうでもいい。
あとは自分たちの身の安全を確保することだけを優先的に考えればいい。
このまま闇雲に逃げ回るだけではいずれゾンビに捕まってしまうのがオチだ。
俺は足を止めずに思考をフル動員する。
行くならどこかのデカい避難場所か?いや、非常食や災害時用のグッズはあるだろうが、首都圏内じゃ収容能力を超える人々が押し寄せて籠城から数日で食料は底を尽くのが目に見えている。
もし世界中でゾンビが発生しているならば、救助に来る可能性があるのは自衛隊、警察、海上保安庁、消防のどれかになる。だが、もしそれらの機関による救助や支援が来ないで籠城が数日も続けば食料がなくなり、次第に人間同士の奪い合いが始まるだろう。
あまり大人数のいる避難所には行かないほうがいい。それに……もうこの世界では常識が使えないことを俺は直感していた。
ならば中規模のスーパーやショッピングセンターか?
そこであれば食料は避難所よりも多いだろう。
しかし、ゾンビ映画などではそれらの施設に逃げてもゾンビが雪崩れ込めば、全滅というのが定石だ。
多くの人間がいる場所にゾンビは集まってくる。それが映画に出てくるゾンビの習性だ。
もし池袋ーー、いや日本に出現したゾンビも同じならば、避けるべきだ。
ならば人の少ない場所で、食料がある程度あって防火扉などのバリケードなどがある場所が最適だ。
そして何より重要なのは食料よりも武器だ。
遠距離攻撃が可能な銃が理想だろう。
しかし、スーパーで銃弾を販売しているような米国とは違い、法務執行機関や自衛隊、競技用ライフル銃や猟銃の資格を保有する人を除いて日本国民は銃刀法に接触する武器の所有は認められていない。
ならばボウガンやナイフ、包丁、シャベルなどを入手できればいい。
ならばどこが最適か?
一番良いのが様々な道具・機材が揃っているホームセンターだ。
しかし、ホームセンターなんて池袋には無いはずだ。
いやーー、待てよ?
そこで俺はある建物が思い浮かんだ。
俺たちがいるサンシャイン付近からそう遠くないところにある、よく行っていた建物。
あそこなら!
妙案を思いついた俺は未来を連れて、その建物がある場所へと向かうために駆ける足をさらに加速する。
引き返した歩行者専用道路の十字路を通過するたび、左右の道から走ってきた何十、何百もの人々が一斉に集まり、まるで東京ビッグマラソンがスタートした瞬間かのような密度に膨れ上がる。
もしこの中にゾンビが混じっていたら人の多さで判別できない。この状態ではまともに対応できないと焦りを抑えられない。
だが、その心配は杞憂だった。
駅前の大通りに出た途端、人は駅へ向かうか大通りに沿って逃げるかで3方向へ別れ、多少は密度が低くなり、ある程度人と人との間隔ができた。
しかし、それでもやはり人の多い都市である池袋なだけあって、なおも大勢が濁流のように突き進む。
俺と未来は南側へと足を向け、ただひたすらに走る。走る。走る。
ゾンビが来た方向へ続く大通りの横断歩道、その真横にある交番前を駆け抜け、とあるビルの前で立ち止まった。
「未来、ここに入るぞ!」
「えっ、ここって……」
池袋駅前の大通りにあるビルの中の1つ。
その中にあるのは日用品から工具まであらゆる商品を販売している総合ディスカウントストアだ。
武器になる物があるかは判らないが、一番近くにあるのはここしか無い。
「ここで使えそうな物を調達する!」
「えっ、う、うん。わかった」
ゾンビがいる池袋から逃げるためにビルから飛び出してくる人の流れに逆らうように俺たちは店内へ進んだ。
4話を読んでいただき、ありがとうございます。
ゾンビは映画・小説によって視覚・嗅覚・聴覚などがある/ない。が分かれているようですが、この小説のゾンビについて説明します。
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↓はノーマルゾンビの設定です。
視覚・・・ある(しかし見える範囲は5メートル前後。5メートル以内にあるものでもハッキリと視認するのは難しく、ぼんやりとしか見えない)
嗅覚・・・ある(人間並みかそれ以下)
聴覚・・・ある(音には敏感。動物並に強化されている)
味覚・・・ない
触覚・・・ほぼ無い(ただし肉を口に入れたときは若干の感触を感じれる)
それらの五感はゾンビの進化などによって変化・強化させる予定です。
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3話に出てきた総合ディスカウントストアは、池袋駅東口にあるド◯キ・ホーテのつもりです。
次回は11/21〜27までに投稿します。(予告なしに遅れる場合があります)
また別作品「ハードフライト」(本作を優先的に進めるため、しばらくは更新しないと思いますが…)も読んでいただけたら嬉しいです。