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 そんなに眠りが深いのだろうか。

 寝台に入ってすぐ、僕の意識はぷっつりと途切れ、気がつけば朝になっていた。まどろみの全くないことに、僕は違和感を覚える。白昼夢は見るのに、眠るときの夢は見ない、なんていうことがあるだろうか。

 僕は庭に出、昨日の残りの水で口をすすぐ。村人たちはそろそろ起き出し始めていて、朝食の赤い実を食べているものもいた。

 地面に血を垂らし、それが蔓になり茎になり、芽の先に結ばれた赤い実を取って食べる。

 その姿はひどく孤独だった。誰も一緒に食事を取らず、家の前や庭で一人で食べている。

 まるで、自分が、自分以外のものと混じらないように、自分の純度を保つようにそうしているみたいだ。

 僕は黒い長衣の埃をはたいて、門へ向かった。彼女はやはり、もうそこにいた。

「今日はちょっと遅いんじゃない」

 僕らは話しながら海岸へと歩き出す。

「そうかも。どのくらい遅れたかな」

「わからないけど、魚人は時間に厳しいわよ。時間を計る道具を持っているから」

「ああ、時計だね」

「知っているの?」

「うん。僕も昔は持っていた」

 何とはなしに言ってから、僕はしまったかな、と感じた。案の定グレーテは目を見開いて言った。

「昔? 昔っていつのこと? あなたはこの間ここへ来たばかりなのに」

 さらにその前、と言いたい所だが、僕には確証がない。第一、どう説明したらいいのかさっぱりわからない。

 僕は早歩きをしながら、うーん、と言いよどんだ。グレーテが低い宙を飛びながら、ねえねえと答えをせっつく。

「ええと、ずっと昔。うんと昔」

「何それ。魚人たちの言う、神話みたいね」

「神話? 魚人たちには神話があるの?」

 神話があるという事は、文化があるということだ。

「そう。誰も生まれていないくらいずっとずっと昔の話なんだって」

「ヨブに聞いたの」

「あら、ヨブに会ったの?」

「会った。昨日の夕方。お父さんを脅かしたって、怒られちゃったよ」

「あの子、気が強いでしょ」

「それに、律儀で礼儀正しいよ。村にはこういう性格の人はいないね」

「ね」

「あ、時間大丈夫かな、走ろうか」

「あら、走るの?」

 僕がグレーテを促すと、彼女は僕の後へ回り、少し僕と距離を取った。

「気を悪くしないでね。走るなら、大きな息をするでしょ」

「いけないの?」

「私、吸い込まれてしまうの。私の身体は小さな粒でできているから、あまり大きな息だと流されたり、吸われたりしてしまうのよ」

「粒? それで透けているのか」

 触ってもいい、とたずねてからその髪に触れると、確かに砂粒のようにさらさらとした粒子が手に触れた。手を離しても、僅かな数の粒が手に残り、風に乗って溶けて消えた。

「それで君は重いものを持てないんだね。走って飛ばされてしまわない?」

「あなたが全速力で走らないなら、大丈夫よ」

 僕らは速すぎない程度に駆けっこをし、海岸線にたどり着いた。

 波打ち際には二人の小さな人影が僕らを待っていた。

「おはよう、ツァラ、グレーテ」

 ヨブが丁寧に挨拶をしてくれる。僕もおはようと心を込めて挨拶を返した。グレーテはにっこり微笑んで挨拶をする。村にいるときよりもくつろいだ笑顔だ。

「紹介するね。弟のルカだよ」

「よろしくね」

 ルカはヨブより頭一つ小さい。いくつ年下なのだろう。ルカが水かきのついた握手の手を出してくれるので、僕らは交代でそれを握った。

「見て、見て、ここ」

「ここって、目?」

 握手が終わらないうちに、ヨブはルカの目元を指さして言った。

「そう。目、にてない? ぼくら」

「ああ、ほんとだ。目が似てるね」

「顎の形がそっくりだわ」

「鼻筋はあんまり似てないんだね」

「髪の色も違うのね」

 ヨブは栗色の髪、ルカは濃い金色の髪だ。二人とも髪の下でうろこがぴかぴか光っている。

「鱗の模様は一人一人違ったりする?」

「あ、すごいね。何でわかるの」

「僕らも、掌や指の文様が一人一人違うからさ」

「へええ。けど、アニミストたちって、にてる人、いないよね?」

「いないよ。家族がないからね」

 本当は、この子どもたちの家族どうしがどのくらい似ているのか、それから……家族が似ているという事は、魚人が生殖で殖えているということを示しているはずで、尋ねてみたいのだが、子どもを相手に生殖の話をするという破廉恥なことができなくて、僕は遠慮をしてしまった。

「それじゃ、行こう。今日は僕らの宝物を見せてあげる」

 僕らは待ち合わせた浜から、南へと歩いた。魚人の村が近くなる方向だ。

「本当は、村の人間と遊ぶとすごく怒られるんだけど、幽霊は村にいるわけじゃないから、目をつぶってもらえるんだ」

「ちがうよ、お兄ちゃんがごまかしてるんだよ。ほんとはばれたらおこられるよ」

 ルカは声もまだまだヨブより高くて幼い。ヨブはぺろっと舌を出した。

「でも、仲間は大事にしなきゃ、だろ。大事なことだぞ」

「そうそう。こんな村の外れまで来る魚人は少ないし、いざとなったら私は消えちゃうから平気よ」

「消えるなんてできるの」

「できるわよ。粒子の濃度を思いっきり下げるの。風が吹いたら散っちゃって、危ないんだけど、でもできるわ」

 言ってから、グレーテはわざとらしく僕を横目で見た。

「あら、でも、ツァラが残ってしまうわ」

「砂にでも潜るよ」

 僕は肩をすくめる。

「一応だけど、周りもよく見ててね。じゃ、こっちだよ」


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