13
ナットは本名をナタナエルという。
肩までの黒髪をいつも几帳面に後ろで一つに纏めている。額が広く顎が細く、怜悧で知的な面持ちで、ただちょっと、冷たい印象を受ける。しかし内実はそうでもなく、心配性で気配り上手だ。僕らの小隊、といっても最後の小隊にとっては欠かせない存在だった。
彼は斥候に僕が手を挙げるのを見て、慌てて自分もと手を挙げた。僕一人で市街地をうろうろさせるのを不安に思ったらしい。
「この市街地に僕より詳しい人間は、もう残っていないのに」
「ああ、そうか……お前はこのあたりの出身だったな」
ナタナエルは自動小銃を構える手を一旦降ろし、ヘルメットを押さえて、辺りにそびえ立つ摩天楼、その残骸を見渡した。
破壊された建築物をかきわけて進む。
産業の衰退のために、長い距離を隔てて攻撃をする手段というものは、その生産も使用も人類には不可能になっていた。かつては大陸から大陸へと爆撃することもできたというが、僕が生まれた頃にはその技術は絶えてしまっていた。技術は急速に衰え続け、今人類が扱えるのは、せいぜい花火程度のロケット弾くらいだった。
つまり、僕らの領地を攻撃するためには、それにずいぶんと近付かなければならないのだ。
今回は、昔使われていた旧市街地が攻撃された。それは我々ストローフェ族の領土の端ではなく、数十キロ入った所に位置している。スタンツェ族たちは領土の中に入っていたのだ。ただ、未だ留まっているのかはわからない。それを判明させるために僕らは斥候に出た。
廃墟の中、武器を構えて進むのは神経をすり減らす作業だ。こちらも物陰を進むが、敵兵のための物陰でもある。敵がいつ、どこから現れるか、今突如として銃弾が撃ち込まれないか。慎重に歩を進めるが心臓は奇妙な速度で早打ちを続ける。いつでも撃てるよう、と引き金に掛けられた指がぴくりと震える。
僕らは崩れ落ちた建築の側を進み、そろそろ高い街並みが途切れるというところで、ナタナエルがそっと囁いた。
「このくらいにしよう。これから先はこちらの姿が丸見えになる」
僕は小さく一度、首を横に振った。
「いや。待ち伏せがないことを確認しなけりゃ、これから先僕らが動けない」
「旧市街地の中心部では待ち伏せはなかった。それで十分だろう」
「怖いなら僕一人で行くよ」
「そういう行動は慎めよ、ツァラ」
ナタナエルは僕の肩に手袋の手を置いた。
「俺たちは、最後の小隊だ。俺たちが撃破されてはならないんだ」
「それならなおさら進んでやるさ。皆のために」
呆れたように目線を落とし、ふっとナタナエルは短い息を吐く。そして再び僕を真っ直ぐに見て、彼は言った。
「じゃあ、言い方を変えよう。グレーテを泣かせるな」
「なっ」
僕は思わず短い叫びを漏らした。赤面していたかもしれなかった。空は青く、陽は明るい。ナタナエルにはすっかり見えてしまっていただろう。
「ナットには関係ない。それに、彼女は僕が帰ってこなくたって泣きはしないよ」
「そんなことはないだろう」
「彼女の心は僕にはないって言ってるんだ」
「そうなのか?」
「知らないんなら放っといてくれないか」
「でも、彼女……いや」
ナタナエルは肩をすくめた。僕の説得を諦めたらしかった。
「わかったよ。もう少しだけつきあってやる。それで何も見つからなければ帰るんだぞ」
僕は頷く代わりに軽く片手を挙げた。
それから四半時ほどを、僕らは廃墟の検分に当てた。敵は見当たらなかった。今回の攻撃は陽動作戦の疑いが濃かったが、待ち伏せがないのならその疑いは消える。敵は、かなり離れた距離からロケット弾を撃ってきた、それだけだ。人は被弾しなかった、それでこの件は終わりになるのだ。
これで最後と決めた区画を覗き込んだ時、人影を見た。
なんてこった。敵兵だ。瞬時に自動小銃の銃床を肩に当てて構え、照準が合うよう身体を動かした。
この地域にストローフェ族の兵はいない。万一があったとしても、僕は味方の身体的特徴を全て見覚えている。あれは間違いなく、敵兵だ、ヘルメットの色が違う。ならば目が合う前に。奴が僕に気付く前に。
しかし敵兵は顔を上げた。あっと驚くようなモーションも訓練の成果を思わせる短さで、人間に可能な限りの早さで射出体制をとった。
僕と奴との目が合った。




