鈴(りん)
毎日忙しい。
でも、充実している。
高校の時、あいつは私に言った。
「やればいいのに。サッカー」
私は、あの言葉が忘れられなかった。
3 鈴
あいつのサッカーを見始めて、あいつとの生活が始まって、
あいつとあいつの家族が突然消えて、ひとりで小さな子どもを抱えて生きることになった。
地元に両親がいたので頼ることができたけど、あいつが残したこの子と向き合う一対一も悪くないと思った。
子育ては、難しい。大変だ。たくさんの困難がある。
予定通りには行かないことだらけで、メッシと一対一をしてるみたいにほとんど負ける。
私は、それも楽しいと思えた。
万が一でも勝った時の爽快感。
今思えば、
信じて出したノールックパスを瑠が綺麗に回収した時の気持ちに少し似ていた。
そうなるのは簡単なことじゃないけどね。
運悪く私は、家族5人をいっぺんに亡くした。
一度に5人を見送るなんて、誰も経験しないだろう。
悲しむ間も無く、私は5人分のいろんなモノを引き継がなければならなくなった。
子育てにお金はないよりあったほうがいい。
経済的な問題は、心の余裕につながる。
父親や家族の一生分の愛には敵わないけどね。
住むところだけなんとかして、ちゃんと働いて暮らしていこうと思った。
その辺にボールを転がしておいて、この子が蹴ったらこっちのもんだ。
お腹の中でも散々蹴ってきた子だ。
そこをサッカー選手のスタートとしよう。
そう、サッカー選手を1から育てることを「私のサッカー」にしようと決めたんだ。それもワールドクラスの。
(あいつの子だからね。)
この言葉は私のお守りとして信じるだけで、言葉にはしない。
この子には、「失った人生」を背負わせたくなかった。
サッカーは楽しいものだと教えたかった。
夢を追うことを、怖がらない子に育ってほしかった。
だから、普通に、普通のサッカー選手に育てようと。
今ある貯金は、全てそのために使おう。
普段の生活は、決して贅沢はせず、できるとこまでサッカーに掛ける。
そう思ってやってきたら、何だか楽しいこともたくさんあって、あっという間にJリーガーが1人誕生した。自分で自分を褒めてやりたい。
でも、まだワールドクラスではないから褒めるのは、そこクリアしてからだね。
「かあちゃん!も、いっかい!」
そう言ってパスをせがむ笑顔。
「とめる、ける。とめる、ける」
ふたりで公園で繰り返す。
これが幸せだと思った。
あの頃の私は、それで十分だと思っていたんだ。
私のサッカーは、この子を育てることなんだと。
子どものために我慢とかじゃなくて、どっちかというと私のエゴをそっと積み上げた感じかな。
まさか何十年もあとになって、自分がスパイクを履くなんて、夢にも思わなかったけどね。
「やればいいのに。サッカー」
はじめたよ、私も。
だから、心配なんだ。
瑠のこと。
相変わらず、怒鳴りながら、キャプテンとしてチームをリードしてる。
全力でチームを強くするために戦っている。
そう瑠が頑張れば頑張るほど、
行かなくていいの?瑠
そう、思ってしまう。
瑠にWEリーグ所属チームから移籍の話が来ているのは知っていた。
みんな知ってるけど、瑠の前では誰も口にしない。
瑠が言うのを待っているのだ。
今、チームは本当にいい感じだ。
このことを口にすることで、雰囲気が変わるのは間違いない。
特に瑠は、自分以外からこのことが口外されるのは好まないだろう。
機嫌はすこぶる悪くなる。
チームとしては、おめでとうと言いたいのだが、それも気に入らないのだろうな。
「自分の道は自分で決める」
誰の影響も意見もいらない。それが瑠だ。
もし、言う事を聞くとすれば、律なのかもしれない。
そうだ。律はどう思ってるんだろう。
今、うちのチームのオーナーになった律は、本気でWEリーグに参戦させようと奔走している。まずはチームが県リーグで優勝する必要があるが、それ以外にも様々な条件があり、律はそこんとこを何とかしようとしてる。
私たちができるのは、勝つことだけだ。
でも、今シーズン優勝したとしてWEリーグにつながる条件が揃うかはわからない。もう1年、地区リーグで戦うとしたとき、瑠をWEリーグに送ってしまったら、勝てるのだろうか?
それくらい、大きなキャプテンなのだ。
私が律だったら。
送り出す。
送り出した上で「どうしよう?」だな。
私は感情で動くし、律はバカだし。
背中を押すべきなんだろうか。
瑠を待つべきなんだろうか。
……いや。
あの子は、自分で決める。
私は、その日が来たら、
「おめでとう。」
そう言える人でいたい。
明日につづく




