第1話:街丘由佳
――スパイラルタワーの夜は、少し浮き立っていた。
日本GBCがGAIALINQのステークスホルダーであるという立場もあって、私は友人の彩花を誘って今日のGAIALINQのイベントに来ていた。
前半は客寄せと言っても、完璧なRICO×NAOYAの歌のパフォーマンス。
あれはもう、アーティストとして見ても一級品。
RICOさんは絶対NAOYAの事を愛していると分かるけどね。もうモロバレ。
そして数分後にはスーツ姿に変身した「一ノ瀬直也」がステージに現れ、ビジネスプレゼンに切り替わる。
観客の女性陣が一斉に息を呑むのが分かった。
カッコいいアーティストが、ついでにビジネスもできる――そんな軽さではなく、ビジネスを本分とする男が、余技としてすら一流のアーティスト然としている。
その落差が、女性ファンを一瞬で虜にしていた。
「……やばいね、あれ」
横で彩花が小さく息を吐く。
「完全に“GAIALINQの象徴”そのものだよ。あれならエバンジェリストが大量生産できる。直也さんの言葉を受け売りするだけでもいい。本当に理解する人に伝播していく事で、社会的に巨大な影響力を持っていく。それで、五井物産が喜ぶのは分かるけど、電報堂もフェリシテも、もう笑いが止まらないでしょうね」
私は頷くしかなかった。
主催側の人間として、あれ以上の結果は望めない。
だから逆に、もうここから先は、もう直也さんに任せて、私は彩花と少し早めの夕食をとることにした。
いろんなステークスホルダーが顔を出すと、かえって気を使わせてしまう。
私はそんな事で“一ノ瀬直也”を消耗させたくない。
食事を終えて、私たちが向かったのは渋谷の馴染みのカラオケスナック。
この店はオジサン客がほとんど来ないので、女性だけで安心して楽しめる。
ただし――その分、女だけの情念がダダ漏れになる。
歌に託して、恨みも嫉妬も恋慕も渦巻く。
良し悪しはあるけれど、それを眺めるのもまた楽しみのひとつだった。
カウンターに腰を下ろすと、彩花がグラスを片手に笑った。
「直也さん、あれ絶対モテすぎてやばいでしょ。彼に群がる女の目つき、今日やばかったもん」
「……でしょ?」私もつい笑ってしまう。
「しかも直也さんの義妹ちゃんが超絶美人の天使ちゃんで、米国大統領に花束渡したって? ちょっと周囲の女性陣には厳しすぎるよね」
「亜紀さんと玲奈さんは、普通に考えたら勝ち確なのにね。あとDeepFuture AI日本法人代表の神宮寺麻里さんって、実は直也さんの東都大学時代の“元カノ”らしいの。……そして、さっきのRICOさんも実は直也さんの幼馴染とか。もう直也さん女難の相が出ているとしか言いようが無いよね」
私たちは笑い合った。
でもその奥には――ちょっとした不安も隠し切れなかった。
“あれほどの男をめぐって、女たちが火花を散らしたらどうなるんだろう”
そう考えるだけで、胸の奥がざわついてしまうのだった。