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短編1

 

 厳かさと豪華さを併せ持つ王宮。

 どこも常に美しく保たれており、訪れて感嘆の吐息を漏らす者も少なくない。

 それほどに美しい王宮の一角。美しい庭を眺められるその場所は、時に茶会が開かれ、時には楽団が優雅に音楽を奏でる。


 だが今日に限っては王宮には似合わぬ集団がいた。

 作業着を着た男達が数人。それと大掛かりな荷物も。


 事情を知る者は物珍しさから庭に出て集団を囲むようにして眺め、事情を知らぬ者はいったい何事かと建物の影や窓から様子を窺う。


 そんな集団の中央に居るのは美しい風貌の一組の男女。

 レオンハルトとコーネリアだ。

 さすがに二人とも作業着ではないが動きやすさ重視の服装をしている。普段はスカートを着用するコーネリアも今日は細身のズボンを履いており、その時点で既に珍しいと王宮のメイド達が話していた。レオンハルトも同様、普段は厳かさと華やかさのある衣服を纏っているが、今日は随分と軽装だ。

 かといって貧相というわけではない。

 ベストや細部には刺繍が施されており数は少ないが装飾品もある。その姿は普段と違った二人の麗しさと魅力を引き出していた。


「まさか服まで仕立てていたなんて思いもしませんでした」

「俺もコーネリアも動きやすい服はあまり持っていないだろう。どこかで調達しようとも思ったんだが、これから何回も着るなら良い物を用意しておいた方が良いと思ってさ」

「これから何回も……。両陛下とマーティス様の反応次第ですね」

「それは確かにそうだな。まぁ、空が禁止されても陸がある。乗馬の時に着れば良いさ」


 あっさりとレオンハルトが言い切って笑う。

 屈託のない笑顔。話の内容も前向きで明るく、なんとも彼らしい。

 これにはコーネリアもつられて笑ってしまった。

 確かに彼の言う通り、空は駄目でも陸がある。繰り返しの中で始めた乗馬も最近は慣れてきて、今度二人で遠乗りに行こうとも話していたところだ。


 そうして他愛もない会話をしていると、作業着を着た集団の一人が声を掛けてきた。


「準備が整いました。よろしいでしょうか」

「あぁ、分かったありがとう」

「……本当によろしいでしょうか?」


 怪訝な顔で男が念を押すように尋ねてくる。

 これに対してコーネリアとレオンハルトは同時に顔を見合わせた。


 一度目の「よろしいでしょうか」は頃合いを窺うものだろう。『こちらの準備は出来たが、そちらの準備は?』というものだ。

 対して二度目はニュアンスが明らかに違っていた。これは『本当にこんな事をしてしまってよろしいのでしょうか』という意味合いに違いない。

 言葉こそ濁したものの分かりやすい男の態度に、コーネリアはレオンハルトと顔を見合わせてしまった。彼も意外そうな表情をしている。


 そうしてしばし見つめ合い……、ふっとどちらともなく小さく笑った。


 怪訝な表情と声色の「よろしいでしょうか?」も面白ければ、そう言わせるほどの事をこれから自分達がするのも面白い。

 そして実際に行動すれば誰もが驚くだろうと考えればより笑えてきてしまうのだ。


「俺としてはもちろんよろしいんだけど、コーネリアはどうだ?」

「私ももちろんよろしいです」

「そうか、それなら行こうか」


 レオンハルトが片手を差し出してくる。

 コーネリアは微笑んで彼の手を取った。優しく握り返してゆっくりと引き寄せてくれる。

 彼の隣に立ち、コーネリアは目の前の光景を改めて見た。


 数人が入れそうな大きく立派な籠。四方の高さは大人の胸元あたりだろうか。しっかりとした扉もついている。

 これだけではいったい何のための籠だと誰もが疑問に思うだろう。

 移動のためのものとも思えず、さりとて、誰かを閉じ込められるような代物でもない。現にこの籠が最初に運ばれてきた時はメイドや給仕達も警戒の色を見せていた。


 だが今は殆どの者が使用用途を理解していた。

 あれは人が入るための籠だ。


 人が入り、そして、籠から繋がり上空を揺蕩う袋状の布を利用して空に浮かぶのだ。と。



「お嬢様、何かあったらすぐに声をあげてくださいね。このヒルダが助けに参りますから」

「空の上よ?」

「空の上だろうとコーネリアお嬢様のためなら」


 迷いのないヒルダの断言。瞳には強い意志が宿っている。

 もしも空の上でコーネリアが助けを求めたら籠から下がっているロープをよじ登ってでも助けにきそうだ。

 そんな強い意志を宿していたヒルダだったが、ふとコーネリアの片手がレオンハルトに握られているのを見ると表情を和らげた。


「レオンハルト様が一緒でしたらきっと大丈夫ですね。お二人で空の旅を楽しんできてください」


 先程までの気合いすら感じさせる断言から一転、落ち着いた声色でヒルダが告げ、「いってらっしゃいませ」と頭を下げた。

 そこにはレオンハルトへの信頼が込められている。


 繰り返しの中で何度ヒルダの「いったい何様のつもりなのかしら」という発言を聞いただろうか。

 あれが嘘のような信頼具合である。もっとも、あの発言は繰り返しの中に消え去ったので、今のヒルダが発したわけではないのだが。


 それが面白くてコーネリアが小さく笑っていると、レオンハルトが「行こうか」と促してきた。

 二人で籠に入る。もちろん二人きりではなく、操作係と補佐もいる。

 コーネリア達を含めて計四人、それでも籠には余裕があり、窮屈な空の旅にはならなさそうだ。


「では参ります」


 操作係が一声かけ、籠の中央にある装置を動かしだした。

 装置からは元々炎が吹き上がっていたが、それが嵩を増す。コーネリアの肌が熱を覚えてチリとひりつくような感覚がした。

 周囲の空気が熱を帯びるのと同時にゆっくりと籠が地面から離れる。

 見守っていた者達が「おぉ」と感嘆の声をあげ、同じ高さにあった彼等の顔が次第に下がっていった。……否、コーネリアの視界が上がっていったのだ。




 そうしてしばらくすると、見守っていた者達は眼下へと遠ざかり、王宮の屋根に到達しようとしていた。


「凄い、本当に浮かんでいるんですね」

「話には聞いていたし実際に下からなら見たことがあるが、実際に乗ると不思議な感じだな……」

「あ、見てくださいレオンハルト様! 屋根が見えてきましたよ!」


 ほら、とコーネリアが1ヶ所を指差す。

 王宮の屋根。普段は建物を見上げるだけで屋根を見る事は出来ないが、気球に乗って浮かんでいる今ならば別だ。

 既に気球は王宮の高さを越えており、屋根さえも眼下にある。


 そこに描かれた、二羽の鳥の絵。


「描いている時は全景が見えなくてどうなるかと思いましたが綺麗に描けてますね」

「あぁ、すごく綺麗だ」


 嬉しそうに目を細めてレオンハルトが眼下の鳥の絵を眺める。

 金色のペンキで描かれた鳥と、銀色のペンキで描かれた鳥。二羽の鳥は宿り木にとまって仲睦まじく寄り添っている。

 コーネリアとレオンハルトが描いたものだ。

 あの繰り返しの果てに眺める二羽の鳥は、まるで繰り返しを脱した事を喜び互いを労い合っているようにさえ見える。


 そんな鳥の絵を眺めていると、手すりに掛けていたコーネリアの手にそっと別の手が重ねられた。

 レオンハルトだ。彼の手が優しくコーネリアの手を包んでくる。


「コーネリア、きみと二人で描けて、二人で一緒に眺められて、俺は今すごく嬉しいよ」

「私もです。こうやってレオンハルト様と一緒にいられてとても幸せです」

「実は父上とマーティスがこの絵を消さずに残すことを許してくれたんだ。だから、これからも一緒にこうやって絵を見にこないか?」

「えぇ、もちろんです!」


 レオンハルトの誘いに、コーネリアは期待を抱いて弾んだ声で返した。

 彼と一緒に居られるだけでも嬉しいのに、それが二人で気球に乗って空に……、なんて素敵な話ではないか。応じないわけがない。

 そう話せば、レオンハルトもまた嬉しそうに笑った。


「以前に、屋根の絵を見に行くのにコーネリアを誘ってみようかと考えた事があったんだ」

「以前にですか?」

「俺達がまだ婚約関係にあった時。……あの繰り返しよりもずっと前だ」


 以前よりレオンハルトは屋根に絵を描きたいと考えていたという。その後は気球に乗って……。

 それを想像する際、コーネリアを誘ってみるかと思い立った事があったという。

 もっとも、その時の二人の関係は今とは打って変わって冷めたものだった。険悪ではないものの、互いに立場ゆえの婚約関係だと割り切り、愛も無ければ友情も無い。『次期王』と『次期王妃』だけの関係。


 ゆえに、レオンハルトは思い立ってすぐに自分の案を却下したという。


「きみはこんな事に付き合わないだろうし、屋根に昇ったり気球に乗ることを怖がるかもと思ったんだ」

「こんなに楽しいことを断るわけがありません。それにあれほど恐ろしい目にあったんですもの、屋根も気球も、どうという事はありませんよ」

「今のコーネリアなら、……いや、俺が想像していたコーネリアじゃなく本当のコーネリアならそう言うと思ったよ」


 レオンハルトが微笑みながら話す。

 コーネリアの返答も、そう返答すると予想できたことも、すべてが嬉しいと言いたげな笑みだ。温かくて眩しさを感じそうな微笑み。

 その笑みに見惚れていると、コホンと咳払いが聞こえてきた。はっとして振り返ると同行している操作係と補佐役の男性が苦笑している。


「せっかくの空の旅ですから、今は景色を眺めてはいかがですか?」


 苦笑交じりのこの言葉に、レオンハルトとコーネリアはまたも顔を見合わせた。

 次いで照れ臭さで互いに笑みを零す。「そうだな」「えぇ、本当」と交わし合う言葉は気恥ずかしさで上擦ってしまう。



 そうして二人並んで、晴天のもと優雅に漂う気球に乗って鳥の絵を眺めた。

 描いた鳥達のように寄り添って。手を重ねたまま、この幸せを堪能するように指を絡め合わせて。




 …end…



「見てください、レオンハルト様。あんなに遠くまで見渡せるんですね」

「これほどの高さまでくると遠くの畑まで……。ん、あれは?」

「畑でしょうか。ですがなにかおかしいですね。畑の中に道? いえ、道にしては妙に入り組んでいて……」

「この高さまでくると全貌が見えるな。これは、文字?」

「畑の作物の流れを変えて文字を書いてますね。こんなことが……、こ、これは!」


【『繰り返す夜会で、今夜もまた貴方から婚約破棄を』コミカライズ連載中!】


「宣伝!? まさか畑に宣伝の文字を!?」


【コミカライズはナナイロコミックスにて連載中。コミックシーモアでは先行配信もしております】


「畑に書いたとは思えない情報量ですね……」

「あぁ、なんという情報量の多い畑だ」


【コミカライズ作画は雲七紅様。美しい絵で描かれる繰り返しの夜、皆様どうぞよろしくお願い致します】


「私達が言うべきことを畑が代弁してしまいましたね」

「あぁ、まさか言うべきことを畑に言われるとはな。しかしいったい誰がこんなことを……」

「見てくださいレオンハルト様、あそこにいるのは……。リネットさん!?」

「まさか彼女が………?」

「さすがリネットさん。ひとりで繰り返しに堪えていただけありますね……」

「あぁ、俺達では考えつかないことをしてくれる。屋根に絵を描いて気球で眺めるなんてまだまだ甘かったな。俺も見習わなくては」

「見習うのは良いですが、マーティス様に怒られない程度にしてくださいね」

「付き合ってくれないのか?」

「もちろん付き合いますよ。でももしマーティス様に怒られるような事があったら、私は『レオンハルト様に無理強いされて』って言い訳させて頂きます」

「きみも案外に強かだな」

「そりゃぁ、あの繰り返しを脱したぐらいですからね」



・・・・・・・・・・・・・・・


本作『繰り返す夜会で、今夜もまた貴方から婚約破棄を』コミカライズが連載されております!

ナナイロコミックスにて連載中。コミックシーモアでは先行配信もされております。

婚約破棄×タイムループ×恋愛な本作、漫画でも楽しんで頂けると幸いです。


皆様どうぞよろしくお願い致します!






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