ネタばらし
シンと静まる室内。一呼吸置いて沈黙を破る。
「僕は、……いえ、私の名前はシルヴィア・クローバード。シド・クローバードの双子の妹です。私がこの学園に来たのは半年前の真実を知るためです。」
シドは……いや、シルヴィア・クローバードはそこで言葉を切り上げみんなの反応を見た。驚いているものもいれば、何やら考えているものもいれば、ただ微笑みを浮かべ事態を静観しているものもいる。
「半年前と言えば、あの事件の……」
発言したのはユウリだった。その言葉にシルヴィアは軽く頷く。
「はい。エルヴィス・クローバード。エレイナ・クローバードが商談に行ったっきり失踪した。その事件の真実を調べに私はこの学校にやって来ました。」
「なるほど。両親の行方の調査か。だが、それとこの学園がなんの関係があるのだ?それにマイスイートハートはどうした。彼の妹だというのなら、なぜ、彼に協力を仰がない?君がマイスイートハートの真似をして学校に来るより、余程スムーズだろう?」
顎に手をあてキーツが問う。その目には隙がなくシルヴィアを観察をしている。
「それは、今のところ分かっている半年前の概要を知れば、納得いただけると思います。……ただ、皆さんにも衝撃的な内容になると思いますので心の準備をしていただきたいです。」
そこで言葉を区切り、皆の様子を見るも、皆は至って平静な様子だった。それを確認してシルヴィアは続ける。
「先程話しましたがエルヴィス・クローバード。エレイナ・クローバードが商談に行ったっきり失踪した。これが世間一般に伝わっているあの事件の情報です。だけどほんとは違う。エルヴィス・クローバード。エレイナ・クローバードは失踪したんじゃない。殺されたんです。」
「……殺…された」
息を飲む音はチュリッシェの方からだ。思わずと言ったようにその小さな赤い唇から言葉が漏れる。シルヴィアは静かに頷いた。
「二人に外傷はありませんでした。まるで眠っているかのような死に様だったようです。そして、シド・クローバード。私の兄もその事件に巻き込まれました。両親と同じように……殺されました。」
ユウリとチュリッシェの顔がさっと青ざめた。ティムは目を閉じていて表情が読めない。キーツはただじっと話の続きを待つようにしていた。誰かが話し出さないうちに畳み掛ける。
「商談には兄も着いていったんです。将来的にクローバードの事業を継ぐため、父から色々学んでいたようで。そんな矢先の事件でした。使用人達を中心に調べさせていますが、詳しいことはまだあまり分かっていませんが、三人の遺体のそばにこれと同じものが落ちていたそうです。」
シルヴィアは制服のポケットから小さなバッジを取り出す。それはひし形で銀色の背景にPの文字が中心に描かれており、7つの星がその周りを囲っているというものだった。
「うちの校章か。それがここに来た理由ということだな。だが、考えが安直すぎる。なんらかの方法でそれを手に入れたものが落としたものという考えや、偽造という可能性もある。」
「その通りです。キーツさん。でも今のところ手がかりはこれだけです。だから、私にはこれにかけるしか方法がない。」
無茶なことも無謀なことも分かっている。けど、それでもやらなきゃいけないことだし、知らなきゃいけないことだ。シルヴィアはキーツの目を強く見返す。そんな彼女の気持ちを知ってか知らずかチュリッシェが口を開いた。
「正直言ってさ。あんたの言ってることは信用できないよ。確かにシドと顔はそっくりだし、クローバード家での事件があってシドが休んでいたことも本当だよ。だけど、あんたが彼の妹でシドが……事件の被害者だってどう信じろって言うの。それだったら、まだこの半年であたし達が知っているシドが変わっちゃって悪質な嘘をついてるって方が信じられる!」
最初こそ落ち着いて話していたが、最後の方は悲鳴にも似た訴えだった。シルヴィアにもこれがいかに非常識な真似で兄が世話になった方々へ衝撃与え、礼を失する行為だということは嫌というほど理解している。
だから、誰にも気づかれないようにシドを語った。だが、気づかれてしまった以上はどれだけ自己中心的な振る舞いだと気づいていようと思われようと突き通すしかないのだ。
「すみません。ほんとに」
謝るシルヴィアを見てチュリッシェは何か続けようとしたが、キーツがそれよりも速く口を開いた。
「事情は分かった。しかし、これからどうするつもりなのだ?どうやって事件を調べようとしている?」
「生徒会のシークレットジョブをさせていただいて突破口を探そうと思ってました。」
「なるほど、シークレットジョブか。確かにその仕事で関わる人は多く、人脈を広げることはできる。何か手がかりもあるかもだな。だから一生徒としてではなく、わざわざ生徒会に所属しているマイスイートハートに化けてきたのか。」
その言葉には頷きだけ返した。シークレットジョブというのはプロトネ学園生徒会に課された重要な役目だ。今日の授業でもあったがプロトネ学園はもともと能力持ちを保護する学校だった。
当時学園では。能力持ちの保護という仕事は学園の教師はもちろんのこと生徒にも協力をあおいでいたのだ。生徒の中心として活動していたのが生徒会であった。
今もその名残で校内外関係なく能力持ちに関する事件やいざこざ等のトラブルを治める役目を生徒会はおっている。
「うーむ。どうしたものかな。」
イスにのけぞるようにした格好をとったキーツ。
「事情はだいたい分かった。つまり君は事件の調査のためにシド・クローバードとして学園に通い、シークレットジョブに関わりたい。そういうことなのだな。」
「はい。その通りです。」
キーツがイスに座り直す。二人の会話の間に反論の声が1つ響いた。
「反対です!」
と机を叩いて叫んだのは可愛らしい顔を赤く染めたチュリッシェだった。
「こんな話ありえません!そもそも部外者だって知っていて学園に通わせるのはどーなんですか?」
「うむ。マイスイートシスターの意見は分かった。もっともな話だな。後の二人はどうだ?」
キーツはチュリッシェにそう返事をし今まで黙っていた二人に声をかけた。先に反応したのはティムだった。
「俺はいいよ。君さ、シド君として学園に通いなよ。シド君がいなくなっちゃったのがホントなら残念だけど、君が変わりなってくれるなら、なんかおもしろそーじゃん。事件解決に向けてきょーりょくするよ」
「ふむ、ユウリは?」
「私は会長の采配に任せますわ。こういうことを決めるのは会長が適任ですから。」
ティムはニヤッとした笑みをユウリは優しい微笑みを浮かべてそれぞれ答えた。
「分かった。オレの意見はこうだ。マイスイートハートの妹である君の要求を飲もう。」
キーツは最初に部室に入ってきたときのようなふにゃふにゃとした笑顔でそういった。それには当然のごとくチュリッシェから反論があった。
「どーしてですか?会長!!こんな得体の知れない人の話なのに!!」
「うん?ああ。もちろん要求を飲むのは妹君の話が真実だった場合だ。チュリッシェ、君なら出来るであろう?今、妹君が話したことが真実か調べることが。もし、ほんとのことならマイスイートハートが亡くなったと言うのも真実なのだろう。それならオレは仇をとりたい。なぜ彼が死ななくてはならなかったのかを知りたいと思ったのだ。チュリッシェはどうなのだ?」
キーツは優しく諭すような声色であった。
「……信じたくないです。でも…ほんとうなら……会長と同じ気持ちになると思います。」
チュリッシェは泣きそうになりながらも彼の問いに答えた。ここにいる誰よりも情に厚い彼女にとって、生徒会メンバーと言うのは家族と同意。そんなメンバーの一員のシドだ。出来ることはしたいと彼女は思っていた。
「ただ、いくつか条件がある。もし、話したことが虚偽だった場合だ。それなりの処分を覚悟してくれ。それと、君に普通の生徒会業務もやってもらうぞ。シークレットジョブももちろん任せるがな。その変わり我々生徒会メンバーは君の正体のことを一切証さない。シド・クローバードとして扱うことを約束する。他にも細かな制限をさせてもらうかもしれんが、それは勘弁してくれ。」
「はい、もちろんです」
キーツが出してきた条件と言うのはシルヴィアにとっても好都合のものだったのでもちろん異論なんてない。そこにユウリが一言呟くように漏らした。
「会長……そろそろ。」
「ああ、すまなかった。締めとしよう。」
ユウリの能力である空間隔離のタイムリミットが来たのだ。つまり、話し合いもここまで。
「今日の所はここまでだ。まずは妹君の話が真実なのかを調査する。これはマイスイートシスター、チュリッシェに頼む。そのサポートにマイスイートブラザー、ティム。ユウリは能力を使うのに体力を使ったであろうから今日は休養だ。オレは今から生徒会の雑務をこなす。そして、妹君は今日は帰っていい。一日中気を張りつめていただろうし今の話でも消耗しだろう。万全の体制にして明日の放課後にまた来てくれ。以上だ。」
「はい」
「りょーかい」
「承りましたわ」
「分かりました」
キーツに向かい四者四様に返事をしたところで、ユウリが空間維持を解いた。かなり疲れているはずなのに表情に出さないところはさすがといったところだ。
「空間隔離を解きました。」
「うむ、ありがとう。助かったぞ、ユウリ」
「ありがとうございます、ユウリ先輩。それに皆さん本日はお騒がせして大変申し訳ありませんでした。……では、失礼します。」
キーツと共にユウリにお礼をし出来るだけ礼儀正しい挨拶をしたシルヴィアは生徒会の部室を後にした。
「ふぅ。」
自然漏れたため息。キーツに指摘された通り大分気を張っていたせいだろう。今日も残すところ帰宅するだけとなったが、まだ気を抜くわけにはいかない。シルヴィアとしての自分を封印しシドになった彼は廊下を歩く生徒達の間を縫うようにして帰路につく。




