セスとの交渉
「皆様、お待ちしておりました。どうぞ、こちらへ」
クローバード家の玄関でアルベルトは主とその客人達に愛想のいい笑みを向けた。
シドがアルベルトに労いの声をかける。今回は以前の話し合いで使った部屋に客人達を通した。座りかたも前と同じだった。ただ、チュリッシェの隣にリャッカの姿が増えている。アルベルトは主と客人達にお茶と菓子を用意するとシドの後ろに控えた。
「突然の来訪にも関わらず、こうしてで迎えていただき感謝する。今日はよろしくお願いするぞ」
全員が落ち着いたと同時にキーツが口を開く。
「いえ、お忙しいところお越しいただきありがとうございます」
シドはキーツに向かいそんな風に挨拶をした。そこには先ほど雑談していたときの暖かさはなく冷たい緊張があった。
「シドよ、この間は話を遮りあの場を後にした。あの場で話すことではないと判断したのだ。俺の予想通りならばあまりにも話が大きすぎたのだ。だから、今日はまずあの話の続きからしたいと思うのだ。皆に理解をしてもらうためにもな」
キーツは訳知り顔で座っているが他のメンバー達は当然何が起こっているのかなど知らない。むしろ、あのやり取りだけで検討をつけたキーツが異状なのだから。
「そーしてくれると助かるね。俺らは今日なんでここに来てるのかもわかってないし」
「ええ、そうね。確かにシドがさらわれたことは問題だったけど、こんなに風に改まる必要あります?」
「この場合ですと拐われたことよりはその後の一度組織を潰した上で、再構築させて新たな形で組織を復活させるという発言の方が問題視されているのでしょう。あれにどんな意味があったのですか?」
ティムとチュリッシェがそれぞれ首をかしげて、それにユウリが返答していた。キーツが静かに頷く。
「組織を潰せというシークレットジョブを俺達は受けた。後少しのところで、それは達成できるはずだった。なのにだ、こいつはそのチャンスを見逃し、あげく敵の手助けまでしている。ずいぶんご立派なことじゃねぇか」
リャッカが溢れ出しそうな怒りを押さえ呻くように言う。
「落ち着くのだ、リャッカよ。ここで、怒っていても仕方がないぞ。それも問題だが、俺が気にしているのはその先だ。シド、あの話には続きがあるのだろう。組織を一度潰した後新たな形で復活させる。お前はその方法についてあの組織の者と話しておるのだろう?」
キーツがリャッカを宥めながらシドに話をふる。
「はい、皆さんが来てくれる少し前に組織のボスであるセスさんと話をしました。」
「その話の内容を詳しく話すのだ」
キーツが柔らかな口調でシドを促す。皆がシドに注目していることを彼は意識して口を開いた。
リャッカが組織に到着する少し前、シドはアリアが見守る中、セスに向かって、ある提案をしていた。それが、「組織を一度潰した後に新たな形で復活させる」というものだ。
「ずいぶんと面白い考えだね。ひとつずつ聞いていこう。まず、組織を潰すとはどういうことだ」
セスはシドの発言に気を悪くした様子もなく、そう問いかけた。
「潰すと言うよりは選別をするんです。組織にいる罪をおかしたものとそうでないものを」
「選別か…それから?」
「罪をおかしたものに全てをかぶってもらいましょう」
シドがにっこりと笑う。セスはその言葉の意味を正しく読み取った。思わず表情がひきつる。
「そんな笑顔でないので中々えげつないことを言うね。組織のための生け贄にしろとシドはそう言いたいんだろう?」
「えぇ!!」
大声をあげてしまったアリアが自分の口を押さえる。なにか言いたそうな顔をしているが、セスは彼女にそれを言わせなかった。
仲間思いの彼女は誰かに罪を被せることを仕度はないのだろう。だが…
「アリア、ここからは僕がシドと話す。君はティム達の手伝いにいってくれないか?」
「…セス君」
「…頼むよ」
アリアはひどく傷ついたような表情をしていた。セスはその顔に心を痛めながらもアリアに頼む。
「分かったよ。セス君、頼んだよ?」
アリアは目をうるうるさせながらセスにそう言って、部屋を出ていった。セスはふっと息を吐いて、そのやり取りを涼しい顔で静観していたシドに声をかける。
「すまない。もっと早く退出させるべきだった」
「いえ、そんなことはないです。彼女はずいぶんと仲間思いのようですね」
セスは頷く。仲間思いの彼女にはここにいても辛くなるだけだと判断する。仲間のことは大事だが僕は組織を守るための判断をしなければならない。場合によっては残酷な決断をすることになるかもしれない。
「話を戻しますが、生け贄って言うのとは違いますよ。実際に罪をおかしたものは罪があるのですから。細かいものが増えるだけで罪をおかした事実は変わりありません」
「それはそうかもしれないが」
セスが言いよどむとシドは言葉を重ねていく。
「僕は提案しているだけなので、決めるのはセスさんですよ。気に入らなければ却下してもらえばいいだけです」
「まず、最後まで聞くよ。じゃあ次だ。新たな形で復活させるとは何を意味する?」
「それは、選別され残った者達で組織を再構築してもらうことです」
「まだ、何かあるね?」
それだけではないはずだとセスは確信をもってシドを見すえる。
「再構築しただけでは、また潰すと言う話が出るかもしれません。だから、そうさせないために新たな組織には後ろ楯が必要だと思います」
「ああ、確かにね。あのじいさんなら僕らが完全にバラバラになるまで追い込んでくるだろうな」
「あのじいさん…。今回の発端である校長先生のことですね。お知り合いだったんですか?」
「古い知り合いだよ」
セスがなにかを思い出したように苦い顔をする。シドはちらりとドアの方を見た。能力を使っているから分かる。知っているものの思いが流れ込んで来ている。時間がなさそうだ。セスと校長先生の関係は気になるけれど、まずは誰かがここに来る前に話を締めるべきだ。
「その話はまた今度お聞かせください。どうやら、あまり時間が残されていないようなので」
「そうか。後ろ楯の話だったね。問題はその後ろ楯を早急に見つけることだな」
セスは思案顔をする。組織を守るには後ろ楯は必須だが、この組織を守るだけの力を持った者もバックアップしてくれる者の人脈も今のセスには足りないものだった。
「その点は心配いりません。もし、セスさんがこの話に乗るのならば、僕が組織の後ろ楯となります」
「シドがかい?」
セスは驚いたような顔を一瞬見せて、すぐにシドの発言を吟味するように目を細める。
「僕はクローバード家の当主であり、クローバード社の代表です。セスさん達の組織を守るための力はあります」
「だが君はあのじいさんの学園の生徒でもある。確かに君にはその力があるかもしれないがじいさんの権力から組織を守ることができるのかい?」
「僕が組織の後ろ楯となったら、あなた達の組織は僕の会社の傘下についてもらいます。そうなった以上は簡単には手出しできなくなりますし、僕も全力で手を尽くさせてもらいます」
シドの決意がこもった発言は、まるでセスがシドの提案を受け入れると信じているような感じがした。セスとしてもこの上ない申し出なのは分かるがひとつ疑問が残る。
「なぜ…なぜ君はそこまでして組織を守ろうとするんだ?僕らの中には学園や君に害をなしたものがいるんだよ。それなのにどうして会って間もない僕らにそこまでの協力を提案するんだい?」
セスの問いかけは当然のものだった。当然のものだったからこそ、シドはにっこりと笑った。
「理由はいくつかありますけど、一番はこのまま潰すのには惜しい組織だと思ったからです。だから方法を考えて申し出た以上は、その力がある僕が後ろ楯になるくらいしますよ」
「僕らから君に対する見返りはなにを求める?」
「傘下となったら僕の会社の仕事も多少はお願いします。そのために組織の方との面談を行わせてもらいたいです。僕からの要求はこの二点です」
セスはシドの言葉を推し量っていた。シドが言ったそれは見返りと言うよりは当然の条件だった。彼が考えていることを嘘偽りなく全部話してくれたのかは分からない。むしろ全部正直に話している可能性は遥かに低い。
だけど、組織がここまで引っ掻き回され、あのじいさんから目をつけられた以上、組織の立て直しのため選別をするのも後ろ楯が必要なのも確か。
シドに従う選択をするのも悪くないかもしれない。
彼は話すことはすべて話したと言う風にセスの選択を待っている。セスはうつむいた視線をスッとあげて、シドに笑みを向けた。
「その申し出ありがたくお受けしましょう」




