事情徴収
青年は最初からそれが目的だったのだろう。指をボキボキとならすと拳を作り、勢いよくシドに向けてつき出してくる。
ギャラリーに当たらないように後方を確認して、シドはそれを避けた。シュッと耳の横で風が切れる音がする。
(躊躇なく顔面狙いか。どうするかな)
この男を止めるのはもちろんだが、周りのお客さんに対するフォローも必要だ。
ただ、様子を見る限りお客さんの方は二人のやり取りに煽りをするものはいるが、混乱には至ってない。恐らくティムが上手くやってくれているのだろう。
それなら、不安が伝染する前にこの男を止めるのに最善をつくそう。幸いなことに多少無茶をしても問題ないくらいの空間はある。荒っぽくなってしまうが先に手を出したのは向こうだ。勘弁してもらおう。
「そんなひょろい体の癖にちょこまかしやがって!大人しく俺に殴られやがれ!!」
顔や体に目掛けて打ち出される拳をひたすら避け続けると、青年は激昂して顔を赤くした。
「そんな言い分聞けるわけがないだろう。それにそろそろ気はすんだだろう?他の客人もいることだ。この辺りで引いてくれないか?今ならまだ多目に見よう」
シドは今まで使っていた敬語を外して青年に問いかける。暴力を使う相手にそんな対応をする余裕は持ち合わせていない。
息をあげることもないばかりか顔色ひとつ変えないシドに青年はさらに怒りのボルテージをあげ殴りかかってきた。
「ふざけんなー!!」
渾身の力で青年は顔を狙ったパンチをつき出してくる。
当たれば大ダメージになりそうだが、冷静さを欠いている分大振りになっているそれを避けるのはシドにとっては難しくない。
「忠告はしたからな」
繰り出されたパンチを避けたそのままの勢いを利用し、素早く相手の懐に潜り込む。そして、シドが胸元を掴むと青年の体はきれいに一回転をして床に叩きつけられた。
派手な音が室内に響く。青年は自分の身に起きたことが理解できないと言うように、床に倒れたそのままの姿勢で呆然としている。
次の瞬間にはその目に再び闘志が戻る。まだ、向かってくるため立ち上がろうとしている。だから、シドはそれを防ぐため、青年が起き上がる前に彼の両手を後ろ手にねじり動き封じた。
「いててて、やめてくれ」
さっきまでの勢いはどこに消えたのか青年は大人しくなる。少しだけシドは青年を拘束している腕を緩めた。
「おおおー」
「かっけぇー!」
「危ないわねー。子供もいるのに」
ギャラリーから口々に声が上がる。次は他のお客さんへのフォローがいるな。とシドが考えていたとき、ギャラリーの間を縫うようにしてティムがやって来た。
その仕草は舞台役者のようにやや大袈裟な感じがする。
「はい、ごめんねー。通してねー」
この時点でシドは青年に対する拘束をかなり緩めていた。彼に抵抗の意思がないのを感じ取っていたからだ。
ティムはシドににっこりと笑いかけてから今までのやり取りを見ていたギャラリーに対して口を開く。
「プロトネ学園生徒会主催、出張演劇はいかがだったでしょーか!迫力の演技を見せてくれた二人に盛大な拍手をお願いしまーす!」
そう来たか。とシドは若干冷や汗をかいた。ティムはこの一連の出来事をすべて仕組まれていたこととして、全部納めようとしていたのだ。
「えっ、これ仕込み?」
「それにしてはぶっつけ感あったよね」
前の方にいた二人組がティムに向けて問うと他のお客さんもざわつき始める。しかし、ティムは少しも慌てることなくその疑問に答えた。
「はい、リアリティーを出すために練習をたくさんいたしましたー。二人をここまで動けるようになるまでは、かなり時間がかかりました。」
ティムの説明を聞いてお客さんは段々とこれが劇だったと思い始めたようだ。シドは青年に声を潜めて耳打ちをする。
「これ以上騒ぎを起こすならわかっているな?大人しく立っていてくれ。」
それから青年をその場に残し、ティムの隣に立つとシドはにこやかに一礼をする。
「さっ、皆さん盛大な拍手を」
ティムが率先して拍手をすると、パラパラとお客さんの中からも拍手が起こり、それは伝染しお客さん全体から拍手が巻き起こった。
「ハラハラしたけど、面白かった」
「小柄な彼やるねぇ!」
「大きい方の演技もすごかったぞ」
口々に感想を言うお客さんの拍手が収まってきたところで、ティムは此の場をまとめにかかった。
「お騒がせしてしまいましたねー。では、引き続きごゆるりとプロトネ祭を楽しんでいってくださいね」
ティムとシドは揃ってお辞儀をし、呆然としていた男を真ん中に挟み、お客さんが開けてくれた道を通って休憩室からでた。
「さて、事情を聞かせてもらおうか」
やって来たのは安定の生徒会室。応接用のソファーに青年を座らせ、その隣にティムが座る。シドは二人の向かいに腰かけて何か起きたときにつける調書を机に置いた。
生徒会室は何かトラブルが起きたとき及び生徒会メンバーの待機場として使用するため、普段と変わらない内装になっており、一般の生徒やお客さんは立ち入り禁止になっている。今はシド達の他に誰もいないので、ゆっくりと話が聞けるのだ。
先ほどの勢いはどこへやら、うなだれたままの青年にシドはそういった事情を話し、暗に話すまで解放しないと言うことを印象づける。
「じゃあ、まず名前と年齢を教えてくれ」
「だんまり決め込んでもいいけどー、時間の無駄だよー。早く言っちゃって楽になりなよー」
形式に沿ってシドが青年に問うと、ティムはどこぞの刑事ドラマのように茶々をいれた。青年はしばらくうつむいていたが、やがて観念したようにぼそりと話始めた。
「…エゴル・シェイファー。歳は十四だ。」
「えっ、十四歳なのー。見えないねー。」
エゴルと名乗った青年は、青年ではなく少年であった。ティムよりも高い身長に、それに見あった横幅もある。顔もいかつい感じがしていて、とてもでないが中学生には見えない。
しかし、彼の言動やさっきのいちゃもんなんかは反抗期の中学生そのもので外見とのちぐはぐさを感じる。
「まさか年下だとは思わなかったな。身分証とか学生証は持っているか?」
「学生証ならある」
少し腰をあげズボンの後ろポケットから学生証をだしたエゴルはぞんざいに学生証を机に投げた。シドがそれを手に取ろうとすると、ティムが制する。
「エゴル君さぁ。何でここに来ることになったんだっけー。」
キラリと光ったティムの目には有無を言わせない迫力が出る。エゴルは気圧されたようだったが、その質問に答える。
「お、おれが暴れたからです」
ばつの悪そうな消え入りそうな声に、彼が本来は素直な少年なのではとシドは思ったがティムはその程度で容赦はしない。
「うん。そうだねぇー。じゃあ、もうちょっとちゃんとしようねー。」
ティムがエゴルの目を見てにっこりと笑う。エゴルは放り投げた学生証を手にとって、丁寧にシドに差し出した。
「ど、どうぞ」
「ああ、見せてもらうぞ」
その学生証を見るとエゴルの名前と学年が乗っているので、彼が嘘をついていない裏がとれる。シドが能力を使えばそれも必要はないのだが、彼はそういう形式を大事にしている。
「ありがとう、返すよ」
シドは学生証をエゴルに返すと彼はペコッと頭を下げた。
「うんうん。やればできるじゃないー。でさぁ、なんであんなことしたのー?」
ティムがエゴルの頭をぽんっと叩く。その話題は流石に話しにくそうにしていた。シドが助け船を出す。
「君は他校の生徒だな。うちの生徒と交流があって、今日は遊びに来たのか?」
「……彼女がいたんす。でも、今日別れました。」
「ああー」
ティムが全てを察したと言う声を出した。
「それは、なんというか残念だったな」
「彼女、一つ年上で…受験で忙しくなるからって言ってたから、おれ応援してたんす。だけど、彼女は気になる男が出来たって…」
そこまで言ってエゴルはまたうつむいてしまった。今度は少し肩が震えている。
「女の子なんていっぱいいるからー、エゴル君にもまた彼女が出来るよー」
よしよしとティムがエゴルの頭を撫でる。彼はされるがままになっていた。
「で、あそこに行ったら、奴らがいてリア充爆発しろって騒いでいたから……つい頭に血が上って」
震える声でエゴルが言っていたことを繋げて、シドは大体の事情を把握した。
恋人にふられたショックで落ち込んでいたところに、あの三人組がカップルを煽るようなことを言っていたのでプツンと来てしまったということだ。
あの三人は余計なことを言うなぁと思うし、彼も失恋で気の毒だと思う。しかし、だからとはいえ暴れていい理由にはならない。
シドは考えながらゆっくりエゴルに語りかける。




