プロトネ祭前夜
「それでシドよ。今の話はどうだっただろうか?」
キーツが発言したことでティムは荷物を再度机の上に置いた。リャッカだけが
「俺はこれで」
と教室から出ていこうとしたが、キーツが
「シークレットジョブではより情報があった方がいいぞ?」
と止めたため椅子に座り直した。
「校長先生は、プロトネ祭に能力持ちの集団が来ると確信を持っているみたいです。それでなぜか、その集団を捕まえられる自信もあるみたいです」
会長は僕が能力を使ったことが分かっていたから聞いてきた。だけど、すでに自分で結論を出しているだろうなとシドは思った。そこで勿体ぶることなく自分が感じたことを話す。
皆の反応は驚きもなく、やはりそうかといった感じだったが、あの話の不自然さではそう思わせるのには十分だ。
「そうか、それでは気合いをいれて見回りにあたらなくてはな。皆引きとめてすまなかった。気をつけて帰ろう。」
キーツも特に動揺したわけでもなくへらっと話すとそれで今日のところはお開きとなった。
「坊っちゃん、それとレレイム様、おつかれさんでした。」
「ああ、ありがとう」
「よろしくお願いしまーす」
いつものようにジェイドを呼び、彼の運転する車で帰る。夜も遅くなり暗くなってきたので今日はティムもシドと共にジェイドの車に乗ることになった。
ユウリとチュリッシェはキーツと帰る方向が同じで、キーツの家の車で一緒に送ると聞いたので安心だ。
「ふいー、いいなぁ、これふかふかー。」
一緒に後部座席に乗り込んだティムが気持ち良さそうに目を細めて、眠そうにあくびをする。時刻は夜の七時。まだまだ、夜も始まったばかりとはいえ空は星一つなく真っ暗だ。学校も終わり少し気が抜ける。シドもつられてあくびをすると運転席にいるジェイドがクスクスと笑った。
「坊っちゃんもレレイム様も随分お疲れのようで。」
「んー、まあねー。けどもうちょいだからさー。それに楽しーしー」
答えたティムはいつもよりとろんとした声色だ。
「そうだな。」
「いいですねぇ。学園祭は学校生活の花形行事ですからね。あの賑わいと独特の空間ってのは若者達の特権で俺には眩しく見えまさぁ。お二人とも最後まで楽しんでくだせぇ。」
シド達に話しているのと同時にジェイドは自分がまだ学生だった頃を懐かしむような言い方をした。彼が学生だったのはもう二十数年は前になる。そんなジェイドを見てシドは考える。
当たり前だが時間は有限だ。僕がシドでいられるのも後どれくらいのことなんだろう。僕がシドでなくなった後のことを僕はまだ考えていない。
だが少なくとも、僕がシドでなくなったらこうしてジェイドの車で学校から帰宅する何てことはなくなるだろうな。まず学校には通えないだろうし、使用人達も離れてしまうだろう。
時折何かのきっかけでこういったことを考えることは少なくない。だが、今はジェイドもティムもいる。弱気になどなる訳にはいかない。
「すいやせん。年取ると説教臭くなっちまいますねぇ。」
二人が黙っていることに気まずさを感じたジェイド。
「いや、そんなことない。僕なりにいろいろ考えてしまってな。ジェイドの言う通りだ、楽しんで来るよ」
「そーそー。シド君はいちいち考えすぎなのー。もっと簡単にいこーよ。明日から一緒に周る身にもなってよー。ずっと、こんな顔されてちゃたまんないよー?」
目を閉じていたティムが目を開けてこんな顔と眉間にシワを寄せる。
「そんな顔してないぞ」
「してるよー」
「してない」
そこから何度かしてる、してないのやり取りをしていると、またジェイドの笑い声が聞こえた。
「坊っちゃんがご学友とこんなに仲良くされているとは、俺としては嬉しい限りでさぁ」
と彼は豪快に笑う。思わずティムと顔を見合わせる。そっくりな戸惑い顔をしているんだろうなと鏡を見ずとも分かる。ティムも同じように思ったのか、次の瞬間には二人同時に吹き出していた。
車内が明るい声で満たされる。車はティムの家に続く最後の角を曲がる。ひとしきり笑った二人は疲れなど吹っ飛んだかのように生き生きしていた。
歩きでは三十分近くかかる道のりも車で十分もかからない。ジェイドが静かにティムの家の前に車を止め、ドアを開ける。
かばんを肩にかけるようにしてティムは車外に出る。寒そうに震えるとバイバイと手を降った。
「ありがとーございました。じゃね、シド君。」
「ああ、また明日。」
シドが片手を上げてそれに答える。ジェイドはティムに軽く会釈をしてから車内に戻り運転を再開する。
車のライトが見えなくなるまでティムは手を降り続け、やがて暖かな家の中へ帰っていった。
「おかえりなさいませ」
それから数分。シドも自宅へつく。いつも通りジェイドが玄関先で車を止めシドがおりる。すると、アルベルト、ヘザー、ナタリーが迎えてくれた。
「今日もお疲れ様です。夕食のご用意が出来ておりますので、ご準備ができましたら食堂へいらしてください。」
「ああ、分かった。着替えたらすぐにいく」
「承知いたしました」
アルベルトがシドの鞄を持ち部屋の前までついてくる。鞄を受けとると彼は
「食堂で用意をしております」
と言い残して去っていった。
夕食はなるべく屋敷の住人、皆でとるとシドが当主になった際に決めた。あまり皆を待たせたくないという思いから、シドは素早く着替え、すぐに食事へ向かった。
そこには、すでにアルベルト、ジェイド、ヘザー、ナタリーの全員が揃って、シドを待っていた。
「すまない、待たせたな。ではいただこう」
シドが着席したのを見て、従者達も座り、夕食の時間が始まる。
「いいなぁ、プロトネ祭ですかぁ。」
今日の出来事を話しながら食事を進めていると、ナタリーがパンをちぎりながらポツリと呟いた。
今の彼女は学校には通っておらず、ヘザーから勉学を教わっている。学校へはいかず身近な者や家庭教師に習うものもこの国では少なくないのだが、ナタリーにはプロトネ祭が羨ましく映ってしまったのだ。無神経だったなとシドは謝ろうとしたが
「確か、プロトネ祭の式典後は一般の者にも出し物が公開されるのですよね?」
ヘザーが口を開く方が先だった。彼女の優しいアイコンタクトを受けシドははっとする。その目がナタリーをプロトネ祭へ連れていきたいと訴えていたから。謝るよりその方がナタリーも喜んでくれるだろうとシドも思った。
ふと、アルベルトとジェイドを見ると彼らも訳知り顔で見守っていた。後は僕が決めるだけかと、シドはもう一度ヘザーを見て答える。
「ああそうだ。もし仕事の都合がつくようであれば、お前達も顔を出してくれ」
ヘザーを見習い柔らかな笑顔をする。ちぎったパンを頬張っていたナタリーが顔をあげる。
「いいんですか?」
「ああ、お前達にはいつも忙しい思いをさせてばかりだからな、たまには休むことも必要だろう。」
実際、それなりに広い屋敷の中に使用人が四人と言うのは少なめの人数だ。皆働き者のため普段からオーバーワーク気味でもあるしシドもそろそろ休暇をと話すつもりだった。
この際だから、皆にそう呼び掛けてみる。
「坊っちゃん、ありがとうございます」
パンを飲み下したナタリーが身を乗り出してくる。よっぽど興味があったんだろうな。シドは口元に笑みを浮かべる。
「ありがとうございます」
それからヘザーを筆頭に他の使用人にも口々にお礼の言葉を言われる。
「せっかく坊っちゃんがくださった機会です。皆で共に見に行きましょう」
アルベルトがその場をまとめ、クローバード家の使用人達はプロトネ祭の一般公開の際に皆で学園に来ることになった。ナタリーが一番喜び興奮していたようだが、ヘザーやジェイドも楽しみにしてくれていることが分かった。
食事を進めながら、自分達が学生だった頃の学園祭の話をしており、ナタリーながキラキラした瞳でそれを聞いて時おり相づちを打っている。
その隙にアルベルトは意味ありげな笑みをシドに向ける。長い付き合いであるシドにはその意味が正しく読み取れる。あれは
(この機会に学園のご様子、ご学友の様子を探らせていただきます)
という意味が込められている。まったく食えない男だ。
「プロトネ祭の時は僕も校内を周わらせてもらうことになっている。校内は広いし、人も多く来るだろうから、当日会えるかは分からないが、楽しんでくれ。僕も皆が楽しめるプロトネ祭になるように努力する」
話の隙間にシドが語りかけると皆は嬉しそうに返事をした。
その後も学園祭の話で盛り上がる食卓となり、夕食後にシドが仕事のため書斎に行こうとすると、皆がかたづけを任せたアルベルトから声をかけられた。
「今日くらいはきちんとお休みになってください。ここ数日まともにお眠りになっていないでしょう。今お手元にある企画書の方でしたら、種類ごとに分類をしまして、要点をまとめてリストにしました。そちらを確認していただければ問題ありません」
プロトネ祭の準備の方で時間がかかってしまって帰りが遅くなることが多くあった最近。そこから帰ってクローバード社の仕事をこなし、さらに学園での授業の課題をしていたので、寝るのはいつも明け方近くになってからだった。
「バレてたか」
シドが苦笑を浮かべると、アルベルトは呆れたように言い返す。
「当たり前です」
「すまないな、お前のした仕事なら確かに問題ないな。リストを確認したら今日は休む。」
アルベルトにはクローバード社の代表であるシドの補佐の肩書きもある。便宜上、補佐が必要だったのでアルベルトの名前にしたが、普段、会社の仕事はあまり任せないようにしている。だが、今日のようにここぞというときは完璧に動いてくれているので正直シドは助かっている。
「かしこまりました。寝る子は育つと言いますからね。お早めにお休みください。」
一礼して「私も片付けに行きますので」と身を翻したアルベルトの背中にシドはため息をつく。
「一言多いぞ」




