20:千違万別
「はぁ…ようやく終わった」
「おつかれさん、おおー大量だな!」
希樹は浄化された出目金を袋に詰めて光夜へと手渡す。
ざっと20匹は捕まえた出目金は袋にギュウギュウ詰めに詰まって少し気持ち悪い。
ちなみに留香は10匹、並野は1匹捕まえたようで
1匹しか捕まえられなかったことに並野はやや落ち込んでいるようだった。
「はぁ…1匹かぁ…。」
ため息をつきつつようやく取れた1匹を袋越しに撫でる。
しかも並野は妖壁もまだ完璧にマスターはできず
手も傷だらけなのを春日に治療されているのも、情けなさに拍車をかけた。
「まぁ、すぐにはできないよ」
希樹は並野の肩をポンポンと軽く叩く。
かくいう希樹も魔力の移動を含め、防御(妖壁)ができるようになるまで半年はかかった。
これでも、彼女は周りから筋がいい方だと言われた方だ。
そして完璧にマスターするまで5年、そこから自分なりのオリジナルを加えて8年。
一朝一夕でできる方がどうかしている、と希樹は思う。
(…それが出来る天才も中にはいるのだけれど)
希樹はある人物を思い浮かべながら苦笑いをする。
出目金退治も終わり、いつもならここでお開きだが
光夜はポケットから手帳を取り出すと、真面目な表情で皆に話しかけた。
「そういえば…妖石の有力な情報をもらったぜー」
「!光夜おじさんってばそういうのは早く言ってよ…!」
「まぁまぁ焦るな焦るな、急いては事を仕損じるだぞ!
人生には回り道も必要必要……と、よし!」
光夜はペンのキャップを口で咥え、地図を手書きで手帳に書き出す。
サラサラと綺麗な線を描き、最後にでかでかと花丸を描き加えた。
「最近この場所に強い妖力を感じるそうで、弱い妖怪なんかが怯えてるらしいぜ」
「?……逆じゃないの?普通、妖石みたいな力があったら欲しいんじゃない?」
希樹が光夜に話しかけると、彼は驚いたように一瞬目を開くと眉を下げた。
「強すぎる力は破滅の元……あ、こいつは比喩じゃないぜ?
自分の器にあった妖力じゃねーと破裂して死ぬからな、妖怪は」
「え…なんですか、それ…こわっ…」
グロいことを想像してしまった並野は少し顔色を青くさせ
聞いた希樹は『へぇ~すごい~』と真面目に感心しているようだ。
「まぁ明日にでも行ってみてくれ」
と光夜は欠伸を一つするとそろそろ帰るか、と傘を開いた。
どこからともなく風がゆったりと、傘とともにふんわりと飛んでいく。
「……って光夜おじさんは来てくれないの!?」
春日が文句を言うが、既に遅くただ遠くで光夜が手を振るだけだった。
「ぜんっぜん何にもないじゃない!!!光夜おじさんの嘘つきーー!」
「あのジジイ…!」
「光夜おじさん…ひどい…」
「まぁ、こんなときもあるよ……」
次の日、希樹達は光夜から受け取った地図を頼りに妖力を探ってみたが
妖力のよの字も見当たらないほど何もない山の中だった。
1時間くらい4人でうろうろと歩いてみたが妖怪の類も妖力も感じない。
捜索にもだれてきたあたりで、ふと留香が立ち止まった。
「もしかして…結界が張ってるあるのか?」
「結界…そうかもしれないわ」
結界といえば妖精の国へ行った時のようなものか。
希樹も納得いったように次元の裂け目を探そうとするが、並野だけはキョトンとしている。
「ああ、結界というのは妖力を保持した空間のことで
基本的には妖怪や術者が四方に術をかけて現実世界とは違う別空間を作ることよ」
「見つける方法は色々あるけど……君たちはどう探す?」
「代々春日では地図を用意して、そこから術をかけて探すわ
正確性はあるのだけれど、1週間ほど時間がかかるというところが難点ってとこかしら…」
「君のところは?」
希樹は留香に向かって問う。
留香は少し迷った素振りを見せたが、口を開いた。
「俺のところは水を使った術を使う…が俺はまだ使えない。
探るとしたら式神をつかって探させるくらいか…」
そういって留香は懐から小さい白い和紙を取り出すと、ふう、と息を吹きかける。
すると和紙はするすると形を変えていき、1匹の美しい太刀魚へと変身した。
陽の光を反射する太刀魚は虹色に輝いていて美しく
そのまま主人の命令を聞き、空中を泳ぐように消えていった。
それを見送った希樹はようやく留香の視線に気づく。
『自分も手の内を明かしたのだからお前も言え』といったところだろうか、と希樹は思う。
「私はその空間にいる妖精なんかがわかれば匂いをたどったり
知らなければ魔力の流れを探ったりするかな…あと術や陣を使ったり。
あと、自分の魔力を薄く広げて探ったり…まぁ魔力がもったいないからこれはやりたくないけど。」
「色々やり方があるのね…」
「今日のところは魔力の流れを見てみようかな」
そして4人で手分けして探すがさすがに3・4時間なにもないところをウロウロするのにも飽きて
その日は魔を浄化することもなくそのままお開きになってしまった。
◇◆◇
連日遅くまで魔の退治や捜索で希樹は欠伸をしながら
早く登校しつつ、朝の図書室へとむかった。
だが目の前に広がる光景にきょとん、と目を丸くしてしまった。
「……やっぱりその子、タマ先輩の子だったんですか?」
「やっぱりってなんだよ。いや知らない……なんか気づいたら座ってた…」
タマの元へ勉強を教えてもらいに行くとポペが膝の上に座っていた。
希樹はポペにビクビクとしているタマを気にしないように前の席に座る。
「ポペはご主人様の命令を聞いているのでしゅ」
「……命令って俺の膝に乗ることが?」
「……あれ?ちがかったかもでし…」
ポペはうーんと頭を悩まし、ハッとした。
「はっ!ポペは本を返しにきたんでしー!!」
「「それで何故(俺・タマ先輩)の膝にのったー!!!?」」
ごそごそとパンツの中から『ふわふわパンケーキ』という本を取り出すととてとてと返しに向かう。
その様子に毒気を抜かれた2人は顔を見合わせ
「勉強しましょうか…」
「そうだな…」
◇◆◇
今日も日が暮れてから光夜から教えてもらった場所へと向かうことし
今回は2組で別れて探そうということを希樹は提案する。
それに3人とも頷き、並野と希樹、留香と春日というグループで回ることにした。
妖怪に石を取られているということを考えると、戦闘になることが想定されるので
攻撃が出来る留香と希樹をバラしたのだ。
並野と希樹は一緒に山…といっても住宅もちらほらとある
舗装された坂道を並びながら歩く。
「魔力…妖力を探る方法としては妖力を全身に纏うんだよ。
すると相手の妖力も自然と見えてくるし、なんとなく気を感じるかな」
一緒のペアになった並野はガチガチに緊張しつつも
妖力を辿る方法を聞いてきたので希樹は簡単に教えるが
まだ妖壁も会得してない並野にとっては難易度が高く、がっくりと肩を落とした。
それがなんだか子犬がしょぼんとしている様子に似ていて、希樹は軽く微笑む。
「あ、でも多分君にもできる方法が1つあるかな」
「え、え!なんですか!!」
「人差し指を立てて」
並野は大人しく右の指を立てると、希樹はゆっくりとその指を両手で温めた。
並野は近すぎる距離に反射的に顔を赤らめる。
(――ち、ちかい…お面で顔が隠れてるからって、なんだか恥ずかしいなぁ)
「ここにだけ妖力を大きく溜めて…ロウソクの火のイメージだよ。
…妖力を扱うにはイメージが一番大切なんだ、理解できるかい?」
ゆったりと暗示をかけるような声色で呟く希樹に並野は妖力を指先へと集中させる。
「そう、上手上手!」
「わっ、ちょっと集中切らすとすぐ消えちゃうなあ」
「それは君がそういうイメージで妖力を作ってしまってるから」
並野はまた人差し指に妖力を貯め直した。
だがこれをどうすればいいのか、という意味をこめて希樹をみつめた。
「大きな妖力っていっていたから、妖力を感じたら
君の指の妖力がなにかしら『揺れる』とか『消える』とか…
そうじゃなくてもなにか『感じる』と思う。こればかりは感覚の話だけど…」
「ありがとう!やってみる…!ってうわああああああ!!!」
並野は指に収集するあまり道から足を踏み外し、軽く舗装されていない道へと転がってしまう。
希樹もまさか足を踏み外すとは考えていなかったので、そのまま並野が転がるのを見つめてしまった。
「大丈夫?」
「な、なんとか…ってあれ…?」
「――ああ、こんなところにあったんだね」
並野の人差し指の先の先が、ない。
涙目でぎゃーわー騒ぐ並野に希樹は慌てず近づく
「丁度魔力…妖力が溜まってた部分だから、空間を壊したんだろうね」
一本の短刀を魔力で作り出し、宙を斬る。
するとなにもなかった空間がシールをはがしたかのようにぺろりと剥がれ
陽の当たった綺麗な草原が見えた。
日も暮れた山には不釣合いな、春の陽気を感じる草原が一面に広がっている。
少し遠くには、真っ青な湖と一本の大きな木がみえた。
その幻想的な光景に並野はぼんやりと見とれてしまうが
希樹はぱぱっと葉っぱなどがついた身なりを整えると、並野へと手を差し伸べる。
そして、ごくりと生唾を飲み込むと、力強くその手を掴んだ。