音なき世界の「旋律の欠片」
「……あ、師匠! 上を見てください!」
ルカが吹き抜けの上部を指さした。
演奏台の真上、無数のパイプが集中する塔の最深部——空中に吊り下げられた巨大な真鍮の音響板の真ん中に、それがあった。
そこにあったのは、まるで透明な琥珀と金色の光が渦を巻いて交ざり合ったような、気品ある大結晶だった。
大きさは大人の胴体ほどもある。その結晶の内部では、まるで目に見える楽譜のように、無数の金色の光の粒子が波を打ち、繊細な小川のせせらぎや、弦楽器の振動のような可視化された「波形」を描いて美しく揺らめいていた。
「……見事だ」
ヴィンセントが息を呑んだ。
「あれこそが、この奏楽都市が最後に残した『旋律の星結晶』だ。街が音を失う間際、人々の祈りと、ここで奏でられた最後の交響曲の記憶が凝縮して生まれた奇跡の欠片だな」
結晶から放出される澄んだ波動が、塔内に満ちていた「無音の抑圧」を押し返し、二人の肌に心地よい微振動を伝えてくる。
「回収しましょう、先生!」
「待て、ルカ。あそこへ至る階段は崩落している。……私の飛翔魔術を使う」
ヴィンセントがコートのケープを翻し、両手を広げた。
彼の足元に小さな青い魔導陣が浮かび上がり、ふたりを包み込むように重力を消し去る。ふわりと身体が宙に浮き上がり、そのまま二人は滑るように高所の音響板へと引き寄せられていった。
音響板の足場に着地すると、目の前に迫った金色の結晶の温もりが、ダイレクトに身体へと伝わってきた。
ルカは革手袋をはめ、慎重にその結晶に手を伸ばした。
「……冷たくない。どころか……なんだか、指先がピリピリします」
「それは『音の残り香』だ」
ヴィンセントが隣に立ち、静かな声で言った。
「音とは、空気の震え……すなわちエネルギーの動きそのものだ。耳で聴くことはできずとも、この欠片はお前の皮膚と、お前の心に直接『旋律』を訴えかけているのだ」
ルカは欠片を抱え上げた。
ずしりと重い質量とともに、手袋越しに「トントン、トントン」と、まるで心臓の鼓動のような、心地よいテンポのリズムが手首へと伝わってきた。
それは、音のない世界で、確かに鳴り続けている「無声の音楽」だった。




