途絶えた脈動と、凍てつくホーム
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カタコト、カタコト、カタコト。
重く腹の底へと響いていた鉄の脈動が、目に見えてその歩みを緩め始めていた。 線路と車輪が擦れ合う高らかな悲鳴は次第に鈍い濁音へと変わり、やがて「シューッ」という長い溜め息のような排気音とともに、夜行列車『星屑の軌道』はすべるように速度を落としていく。
擦り切れた革ソファーの上で膝を抱えていたルカは、緩やかに前へと傾く身体を支えながら、ゆっくりと顔を上げた。窓ガラスに額を寄せると、そこには自分の青白い顔と、暗闇の向こう側にぽつり、ぽつりと浮かび上がる不気味な建造物の影が映り込んでいた。
「……ついに、止まっちゃいましたね」
ルカの呟きは、誰に聞かせるでもなく車内の静寂の中に溶けていった。
窓の外をかすめていた暗闇の中に、崩れかけた木造のプラットホームが滑り込んでくる。風雨に晒されてペンキの剥げ落ちた屋根、ツタが絡まりついた錆びだらけの駅名標、そして明かりの途絶えた街灯。かつてそこにあった人の営みの気配は綺麗に削ぎ落とされ、ただ「そこに過去存在していた」という骨組みだけが残された廃駅だった。
ガタン、と重い金属音がひとつ車内に響き、列車は完全にその動きを止めた。
直後、車内を優しく満たしていた真鍮ランプの橙色の光が、瞬くように二度、三度と細くなり、ふっと頼りなく縮んだ。壁の奥で常に低く重低音を響かせていた炉の唸り声が途絶え、完全な静寂が津波のように車内へと押し寄せてくる。それと同時に、どこか人工的に保たれていた車内の温もりが、足元から急速に奪われていくのが分かった。
「……星の欠片の寿命だな」
向かいの革ソファーから、低く掠れた声が響いた。
ヴィンセントが重厚な膝を滑らせ、ゆっくりと立ち上がる。漆黒のロングコートがすさりと裾を擦らせる音を立て、肩のケープに施された金糸の刺繍が、弱まったランプの残光を受けてかすかに鈍く揺れた。
「短い途上だったな。だが、炉が完全に冷え切って魔術回路が凝固する前に次の燃料をくべねば、この車内の暖気も完全に途絶える。……おい、弟子。支度をしろ」
「言われなくても、もう準備してます」
ルカはソファーの脇から、厚手の粗布で丈夫に縫われた「かます」と、ガラスの嵌め込まれた重厚な真鍮のランタンを引き寄せた。
ランタンの底には、小さく砕けた星の欠片の残滓が仕込まれており、側面の真鍮ネジを指で回すと、ポッと仄かな青白い光がガラスの筒の中に灯った。太陽の光とは違う、どこか冷ややかで、けれどどこか透き通った幻想的な光が、ルカの幼さの残る顔立ちを照らし出す。
ルカは自分の長衣のボタンを一番上まで留め直し、サスペンダーの革の感触を確かめた。この長衣は、かつてヴィンセントの知り合いの仕立て屋が作ったものらしく、生地は驚くほど頑丈だが、ルカの今の身長には少し丈が長すぎた。歩くたびに裾が揺れて地面をかすめそうになり、袖も少しだけ手元に余っている。
「先生、コートのボタン、また掛け違えてますよ」
ルカが溜め息をつきながら指をさすと、ヴィンセントは威厳たっぷりに胸を張り、コートの胸元を不機嫌そうに見下ろした。確かに、上から三番目の真鍮ボタンが、二番目のボタン穴に無理やり押し込まれていた。
「……ふむ。これは私の過失ではない。このコートの生地が、長年の過酷な旅によって伸縮率の歪みを起こしているのだ。裁縫の構造的欠陥と言ってもいい」
「服のせいにしないでください。じっとしててください、直しますから」
ルカが呆れ顔で近寄り、背伸びをしてヴィンセントの胸元に手を伸ばす。ヴィンセントは一切の表情を変えず、仏頂面のままルカが手際よくボタンを外し、正しい位置に掛け直すのを静かに見下ろしていた。
見上げるほど背が高く、肩幅の広い師匠の佇まいは、まるで旅の途中で出会う巨木か、あるいは古い石造りの塔のようだ。その体温と、かすかに漂う古い羊皮紙と乾いた茶葉の匂いに包まれながら、ルカはボタンを仕留めた。
「はい、できました。……外は冷えますから、手袋もちゃんとはめてくださいね。また指先が凍えてペンが握れなくなったって文句言うんですから」
「私に指図するとは、百年早いぞへっぴり腰」
口ではそう厳しい言葉を吐きながらも、ヴィンセントは素直にコートのポケットから黒革の手袋を取り出し、自分の大きな手へとはめ込んでいった。
ルカが乗降口の重い鉄扉のレバーを引き下げると、キーッという甲高い金属の悲鳴とともに、重厚なドアが外へ向かってゆっくりと開いた。
一瞬にして、凍てつくような荒野の夜風が車内へと雪崩れ込んでくる。その風には、落ち葉の腐植土の匂いでもなく、潮の香りでもない——ただひたすらに乾燥し、すべての生命の呼吸を削ぎ落とした「無の匂い」が混ざっていた。
「行くぞ。……荒野の夜風は、過去の記憶を冷やすのにちょうどいい」
ヴィンセントが重い皮靴の音を響かせてステップを降りる。ルカもそのあとに続き、ランタンをしっかりと握り直して、足元も見えない廃駅のホームへと足を踏み出した。




