待ってます〜ヘルガ〜
一本の鉄塊が国を興した。
歴史はいつまでも続く。
朝起きてすぐ右の壁を眺める。そこに居たはずの姿を思い浮かべる。
「セミダブルぐらいだな」
そう言われた、一人では少し広いベット。
ベットは部屋の大半を占めており、他には大きな姿見と八着ほどのスーツが掛かった衣紋掛けと下着入れ。小さな机と緑色の丸椅子。
椅子なのに、床に座るように胡座をかいて、こちらを眺めている姿を思い出す。
無邪気な笑みで他愛もない話を面白おかしく話してくれる。一時も無駄がなく、自分より他者を重んじていた。
うるさい訳でもなく、かといって無口でもない。欲しい時に言葉をくれた。
「おはよう」
虚しく声を出す。
答える者のいない部屋で一人黙々と朝の支度をする。寝間着など着ない主義なので裸身を姿見に晒しながら身支度を整える。
仕事着を身にまとい、姿見を見ながら薄く紅を差し、くるりと回り身だしなみをチェックする。
主のいない緑の丸椅子に座り机の引き出しから羽根ペンとインクを取り出す。
インク壺を開けると独特の匂いが鼻をつく。羽根ペンを持ち適量のインクをペン先につけ四万と七千四百八十二回目の文を書く。
待ってます。
そう書き記し、綺麗に二つ折りにして封筒に入れる。目の前の壁に鋲で吊るしてある封筒を外し、代わりに今封を閉じた物を吊るす。
二人だけの約束。会えない時の連絡手段。
役目を終えた昨日の手紙を破り捨てクズかごに放り込む。
「約束は守っておるよ。今日こそは帰って来てほしいものじゃ」
何回繰り返した分からない独り言。しかし、今日こそはと願いを込め羽根ペンを机に置き扉に向かい、誰もいない部屋に声を掛ける。
「行ってくるのじゃ」
扉が閉まり、主人が不在となった部屋。音を立てるものはなく静かに刻が流れる。
その静寂を破り、突然ピシリという乾いた音が響く。
机上の羽根ペンに罅が入る。
主人とともに長い年月過ごした羽根ペンがその役目を終える。そう今日は奇跡が起こった。
ペンは想い人に主人の思いを届けたのだ。
鉄塊の国は愛と絆の国です。
彼らの深い愛を引き続きお楽しみください。




