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静かな復讐 奪われたすべてを、完璧に奪い返す  作者: 雫石しま


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第21話 T & M Forever

 拓也との5年間は、遠い記憶の残響だ。ただ一つ、私の手元に残された、ダイヤモンドの指輪のことだけが、心を揺さぶっていた。


 拓也は最後に、麻里奈との関係を悔やんでいるような言葉を残し、私のもとを去った。あの日、バックヤードで崩れ落ちた彼は、震える声で呟いた。「俺の選んだ道だった……」「......麻里奈が怖かった」その言葉の奥に、どれだけの後悔があったのかは、もう知る由もない。


 深紅のジュエリーケースに収められたダイヤモンドの指輪。内側の刻印「T & M Forever」。私は長い間、そのMを麻里奈のMだと信じていた。兄妹の禁断の誓い、泰造の溺愛が生んだ歪んだ絆。


 けれど、ある夜、作業台でジュエリーケースをもう一度開いたとき、ふと気づいた。ダイヤモンドの輝きは、淡く、柔らかく、私のサファイアとは違う。傷1つない完璧な石。もしかして......拓也が私に渡すはずだった、5周年のもう1つの贈り物だったのではないか?


 T & M Forever。Takuya & Mizuho Forever。Mは、瑞穂のM。


 この指輪は、私のために作られたものだったのかもしれない。指輪を掌に載せた瞬間、温もりが残っている気がした。でも、それはもう、過去のもの。


 ペアの指輪が麻里奈の指に嵌まったのは、拓也の迷いの産物。私はジュエリーケースを閉じ、引き出しの奥にしまった。鍵をかける音が、静かに響く。もう、問い詰める必要はない。拓也は、麻里奈を選び、私を失った。


 私は、傷を光に変え、新しい道を歩き始めた。Lueurのショーウィンドーで、拓也がまた立ち止まる日が来るかもしれない。そのとき、私はもう、振り返らない。


 私はサファイアのリングを指に嵌め、ルーペを覗いた。傷跡が、光を屈折させて深い青を生む。私の永遠は、もう誰にも届かない。深紅のケースは、ただの過去の残像。私は微笑んだ。新しいデザインのスケッチブックを開き、鉛筆を走らせた。傷は、もう痛まない。ただ、輝くだけだ。





◇◇◇





 倉橋さんは、Rencontreのカウンターで私の指先を優しく絡めた。指輪のない左手が、彼の温もりに包まれる。吐息が触れる距離。グラスの縁が軽く触れ合い、静かな音が響く。


 アメイジング・グレイスのメロディが、店内に優しく溶けていく。彼はウイスキーを一口飲み、遠くを見るような目をした。初めて会った夜に口にした言葉を、今、ゆっくりと語り始めた。


「創業以来、信頼していた共同経営者に裏切られて……俺は全てを失った」


 声は低く、掠れていた。倉橋はグラスを回しながら、淡々と続ける。


「会社は俺が立ち上げたものだった。10年かけて築いた信頼、社員、取引先……全部を、共同経営者が持ち逃げした。株も資産も、俺の名前で作ったブランドも。警察は動いたけど、海外に逃げられて、回収できたのはごくわずか。結局、会社は清算。俺は借金だけを背負って、夜のバーで酒を飲むだけの男になった」


 私は息を呑んだ。倉橋の穏やかな微笑みの裏に、そんな闇があったなんて。


「だから、あの夜……君が夫のテーブルを痛々しい目で見てるのを見て、放っておけなかった。俺も、同じだったから」


 彼は私の指を軽く握りしめ、静かに続けた。


「永遠だと思っていたものが、一瞬で崩れる。あの絶望を知ってるから、君の傷が、どれだけ深いか……わかったんだ」


 私はワインを一口含み、喉の熱さを味わった。彼の言葉が、ジュエリーの石のように心に響く。拓也の裏切りで砕けた私は、もう誰かに救われる必要はない。でも、この人は……私の静けさを、ただ受け止めてくれる。


「私も……同じだった」


 私は小さく呟いた。倉橋は頷き、指を絡めたまま、私をまっすぐ見た。


「でも、傷は光に変わる。君の『Reborn Eternal』を見たとき、確信したよ。俺も、もう一度、光を探せるかもしれないって」


 私は微笑んだ。頬が熱い。


「瑞穂、君が好きだ。女性として、ひとりの人間として」


 倉橋は目を細め、優しく頷いた。


「ありがとう......倉橋さん」


 私はバッグからジュエリーケースを取り出し、『Reborn Eternal』のリングを彼の掌に置く。


「これは、私の再生の証……あなたに渡すのも、私の選択。依存じゃなく、倉橋さんと、一緒に並んで歩きたいから」


 グラスが再び触れ合い、静かな音が響く。『Reborn Eternal』を嵌めた倉橋の指が、私の指先にそっと重なる。二つの傷跡が、静かに触れ合う。光が屈折して、青く、優しく広がった。

 

 私はサファイアを光に翳した。傷跡は深い青を屈折させ、私だけの永遠を湛える。もう、誰にも届かない輝きを、私は静かに愛した。

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