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静かな復讐 奪われたすべてを、完璧に奪い返す  作者: 雫石しま


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第13話 パンドラの箱を開けた夜

 ふと思いついた私は、スマートフォンを取り出す。黒い画面に思い詰めた顔が映る。


 佐々川泰造……拓也の実の祖父。地主として財閥を築き上げた男は、麻里奈を「宝物」と呼び、異常なまでに溺愛した。拓也には「麻里奈を守れ」と繰り返し命じ、兄妹の境界を曖昧にさせた張本人だ。


 だが、麻里奈さんは本当に拓也の「義理の妹」なのか?画面をスクロールする指が止まらない。


 泰造の若い頃の記事は、どれも地主としての成功ばかり。けれどその中に、豪邸の庭園で微笑む泰造の横に、ぼんやりとした女性の影が何枚か写っている。名前は一切出てこない。ただの「家族」か「秘書」か、それとも……。


 麻里奈さんの生年月日を再確認する。拓也より12歳下。泰造が当時62歳。60歳を超えてから生まれた子は、普通なら孫世代のはずだ。なのに、家族の誰も「麻里奈は誰の子か」と口にしない。泰造が「ワシの宝」と呼ぶときの目は、ただの祖父のものではなかったのかもしれない。


 胸の奥がざわつく。喉が渇き、心臓の音が耳元でうるさい。まさか……泰造の実の娘。拓也と麻里奈さんは、甥と叔母なのではないか。あってはならない仮定が頭の中で渦を巻く。


 近親相姦。


 その言葉が頭の中で何度も反響し、胃がねじれるような吐き気がした。5年間、私が愛した男は、そんな闇を抱えていたのか。私はスマホをテーブルに叩きつけるように置いた。


「そんな……まさか」


 声が震えた。誰もいないアトリエの静けさが、余計に恐怖を増幅させる。私は立ち上がり、非常階段に逃げるように出た。


「2人は......血が繋がっているの?」


 パンドラの箱は、開けなければいい。開ければ、毒が溢れるだけだ。けれど私は復讐を誓った。佐々川家の闇を暴き、静かに、完璧に抹殺すると。


 


 ◇◇◇




 ギャンブルで多額の借金を抱えていた佐々川家の執事は、百万円の札束を前に目の色を変えた。


「麻里奈さんの出生のことが知りたいの……教えてくれる?」

「分かりました、このことは……」

「ええ、あなたの名前は出さないわ。約束します」


 私は執事の言葉を聞き終え、百万円の札束をテーブルに置いた。無口だった男は、札束を数えながら、ようやく口を開いた。声は低く、抑揚のないまま、事実だけを並べていく。


「泰造様が62歳の頃、側にいたのは第一秘書でした。名前は佐伯恵美子。優秀で、泰造様の信頼は厚かった。ですが、関係は秘書と主人の枠を超えていた」


 執事の目は、遠くを眺めるように細まる。


「恵美子さんが妊娠したとき、泰造様は喜んだそうです。『俺の血を継ぐ子だ』と。でも、正妻の顔を立てるため、認知はしなかった。恵美子さんは出産後、すぐに離職しました。麻里奈さんは泰造様の『遠い親戚の娘』として屋敷に迎え入れられました」


 私は息を止めた。パンドラの箱の鍵が、完全に開いた。拓也と麻里奈は実の兄と妹......いや、甥と叔母だった。執事の言葉が頭の中で反響する。泰造の実の娘として生まれた麻里奈は、正妻の手前「親戚の娘」として育てられ、拓也の「義理の妹」として屋敷に迎え入れられた。


 泰造の溺愛は、血のつながりを隠しながら、義理の兄妹という境界を溶かし、禁断の絆を育んだ。怖気が走る。背筋が凍りつく。これまでの結婚生活が、偽りであったことに怒りが湧き起こった。


 田川亜美がグループラインに投稿した、夕焼けに向かい手を繋ぐ男女のスクリーンショット......あれは、拓也と麻里奈だ。亜美のLINEメッセージの「私が手に入れなかったものよ」は、皮肉ではなく本音だったのだろう。彼女は拓也を奪えなかった。奪ったのは、血の繋がった叔母・麻里奈。


 ─もう一度ここから─


 もう一度ここから。私と離婚し、自由になった拓也との将来を思い描いたキャプションだったのだろう。


 私は@Forbidden Glow_2026、禁じられた輝き――という偽アカウントを作った。そして2人の門出を祝う。


 ─残り少ない時間をお幸せに─


 送信ボタンを押した瞬間、画面が一瞬暗くなった。まるで、心の闇が映ったように。私の復讐が始まる。

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