泥棒
体育の授業で使ったシャツが無くなってる。確かにカバンに突っ込んだのに、綺麗に折り畳まれたシャツしかない。汗で汚れていたはずなのに、新品の手触りと匂いがする。
キリコの仕業だな。
隣のクラスに行くと、誰もいなくなった教室にて、シャツを顔に巻きつけたキリコだけがポツンと席に座っていた。教室に足を踏み入れると、キリコは僕に顔を向け、自分のカバンを肩に掛けて僕のもとへ来た。
「じゃあ帰ろっか」
「うん。その前に僕のシャツを返してくれない?」
「シャツ? 返すって?」
「僕が体育で使った汗臭いシャツの事。顔に巻き付けてるソレがそうでしょ」
「これは私の物よ。君のシャツならカバンにあるでしょ?」
「新品のがね?」
「じゃあいいじゃない」
「何も良くないよ? このままじゃプラマイゼロじゃん」
「君は新品のシャツを手に入れる。私は君の汗の臭いが染み込んだシャツを堪能できる。ウィンウィンじゃない」
「やっぱりソレ僕のシャツなんだね」
「ううん。私の物」
久しぶりにキリコが面倒臭いモードを発動してるな。こうなったら何を言っても譲らないし、諦めるしかないんだけど。
「分かった。そのシャツは、キリコの物なんだね?」
「そうよ」
「じゃあ一回外そうか。そのまま帰ったら噂されるよ。顔を布で巻き付けた化け物が居たって。学校の七不思議が八不思議になっちゃうよ。語呂悪くなるじゃん」
「ごめん。意味分かんない」
「今のキリコの姿の方が意味分かんないよ。ほら、取ってあげるから」
キリコの顔に巻き付けてあるシャツを解いていった。今更だが、よく汗で汚れたシャツを顔に巻き付けられるな。
解いていくと、露わになったキリコの目と目が合った。
「……ロマンチックね」
「どこが?」
「こうして見つめ合うと、どんどん相手の瞳に引きずり込まれる。君もそうでしょ?」
「ごめん」
「そう……」
シャツを取り終えると、キリコは当然のように僕の手から僕のシャツを取っていった。
そういえば、キリコの顔は臭くなってないだろうか。今の今まで僕の汗臭いシャツを巻き付けてあったんだし、臭うんじゃないか?
キリコの顔に鼻を近付け、臭いを嗅いでみた。ほんのりと汗の臭いがするが、それよりもキリコの髪の良い匂いを強く感じる。シャンプーの匂いって、翌日でも残るものなんだな。
顔を離すと、キリコは目を瞑って少し唇を尖らせていた。いきなり顔を近付けて驚かせてしまったようだ。
目を瞑っている今がチャンス。キリコの手から僕のシャツを奪い取り、急いで玄関へ向かった。階段を降り始めた頃、キリコが凄い勢いで追ってくる音が聞こえてきた。
玄関に着き、靴箱から靴を取ろうとすると、追いついてきたキリコが横から靴を奪い取った。
「どうして逃げたの」
「追ってきそうだから」
「それ返して」
「嫌だよ。ちゃんと洗ってからあげるから」
「洗った物なんて欲しくないよ。今のその状態が欲しいの」
「汚い物が好きなの?」
「君の汗臭いシャツは汚くなんかないよ。だから返して」
「返しても何も、これは僕のシャツだ」
「どうしてそんなにワガママ言うの?」
「至極真っ当な事を言ってるつもりだけど」
「……はぁ。もうやめましょう。言い争ったって、何も解決しないわ」
まるで僕が悪いようにして話を切り上げると、キリコは自分の靴箱から靴を取り出した。
そうして僕から奪い取った靴に履き替えると、去り際に僕の手から僕のシャツを奪って外へ出ていった。
「……なんでそんなに僕の物を盗ってくのさ!」




