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アオハルデッドライン 3





 アオハルデッドライン







 3










 朝露を纏った青い葉が頭を垂れて、雫が涙のように伝い落ちる。早朝6時、遼介はこの時間に飼い犬であるゴールデンレトリバーのモモの散歩をするのが毎朝のルーティーンとなっていた。リードを手にする音だけで利口なモモはスタスタと玄関までやってきて遼介の足元に頭を寄せる。

「いい子だな」

 しっかりとスニーカーの靴紐を結んで、遼介はモモの首輪に着けたリードを引きながら玄関を出るとやや早足で歩き出す。左手首につけたスマートウォッチで心拍や歩数、身体の状況を測りながらモモと一緒に家の近くの河川敷を歩いていると、待ち合わせの主が現れる。

「おはよう」

「……あんなぁ、俺言うとくけど夜型やねんで?」

「そう言うなよ、朝の散歩気持ちいいぞ?」

 鋭い三白眼を眠そうに擦りながら、翔太がふぁ、と欠伸を噛み殺して文句を言うのをスルーし遼介は歩調を緩めた。

 昨日の夜に翔太へここに来るよう連絡したのは遼介だ。どうしても2人で話したいことがあった。

「お前は葵のあれの事を、どう思ってるか聞きたくて」

 拓真の時と言い、自分だけでなく翔太にも不思議な力がある事を遼介は身を持って知っていた。あの時翔太を介する事で見えなかった生霊が見えた、そして翔太は葵の背後にいた老人の存在にも気が付いていた。

 意味深な笑みで聞いてくる遼介に、翔太は痒くもない後頭部を掻きながら口を開く。

「……あれは怨霊の類とはまたちゃうやろな、言うなら死神とか疫病神みたいなもんや」

「それは、どうにか出来るか?」

 凝り固まった首をぽきぽき鳴らしていた翔太は遼介のその言葉にはたと動きを止める。

「遼介、お前は物理的に霊に干渉できる能力がある。それは拓真の件で明確にわかったやろ?でもな、それは相手が"霊"やったからや。葵のあれはちゃう」

 あれは"神"の類いだと翔太は言った。霊ならばまさしく引き剥がして無理やり除霊が出来るだろうが、葵に取り憑いているのが神だとするならそれはもう自分達の手には負えないと。ただでは済まないと。

「……でも放っておいたら葵は死んでしまう」

「まぁ……あの調子やったらそうやろな」

「見過ごせない」

 遼介の意思はどうやら物凄い硬いらしかった。諦めて見過ごせという翔太の案には絶対に乗ってこない。分かっていたことだが、遼介は人を助ける事に一切の躊躇がない。

 清々しい程広がる青空から昇る太陽の光りが、遼介の真っ直ぐな瞳に反射して本人の意思の様にキラキラ光っていた。   

 その瞳の力に、翔太は抗えない。目に見えるもの全て救おうとする愚直なまでの遼介の引力の前では、計算も嘘も何もかもが無駄なのだ。

「あーもぉ、わかった!わかりましたぁ、ええよ、じいちゃんに相談したるから、ちょお待っとけ……!!」

「翔太……ありがとう、助かる……!!」

 翔太が祖父に連絡を取ってみると言うとぱぁっと顔を輝かせた遼介は、じゃあ頼んだ!とだけ言うと足早にモモを引き連れてその場から離れていった。

 家に帰ると、母親がお帰りと出迎えてくれる。コポコポと沸いているのはコーヒーの香りだ。リビングで新聞を広げた父親がちらりと遼介を確認して、学校まで送っていこうかと聞いてきた瞬間、2階からスリッパを鳴らして急いだ様子で姉二人が降りてきた。

「お父さーん、送るならあたし送って〜!!」

「やっばい、もうこんな時間じゃん!!最悪ぅ!!!」

 一番上の姉の花枝は社会人として商社で働き始めたばかりで、2番目の姉莉々華は今年から短大に通う大学生だ。遼介はこのthe女系家族で生まれ育ち、末の男児弟として姉たちの着せ替え人形になり、はてまた姉たちから男子たるものはと説教を受け見事までの騎士体質に育った。

「あんたたちちょっと、もっと早く起きるとかしなさいよ!!遼介しかちゃんと起きてないじゃないの!」

「「女の子は化粧に時間かかるの!!」」

「はぁ……全く、お父さん、莉々華たち送ってあげて」

「はーい」

 ごめんなぁ、と父親に言われたが遼介は別に気にもしてない。車で送ってもらうほど学校は遠くないし、何せ同じ時間にユウキと家を出れるのだから、車よりは徒歩の方がいい。

「花枝、ご飯食べないの!?」

「いらない!遅刻する!!」

「んじゃあたしもコンビニでカロリーメイト買おー」

「じゃあ母さん、行ってくるから」

 ドタバタ急ぎながら花枝と莉々華を送るために父親も家を出ていくと、母親は深い溜息を吐きながらキッチンを振り返る。遼介は自分に盛られた朝ごはんだけでなく、姉たちの分も綺麗に平らげて皿を片付けようとしていた。

「……ほんとにもう、あの子らは誰に似たんだか!」

「ごちそうさま、俺ももう出るね」

「気を付けてね、いってらっしゃい」

 遼介が家を出ると、バラ園を所有する隣の大豪邸の門からユウキが丁度出てくるところだった。

「ユウキ!おはよう!」

「あ、りょーちゃんおはよう」

 ユウキの家は不動産会社を営んでいる近所でも有名な一家で、真っ白な外壁にレンガで装飾された豪華な家の前に丸々一軒家が建てられる程の広さのバラ園がある。

「勉強はどうだ?」

「ん?葵の?」

「そう、あいつ赤点回避出来そうか?」

「うーん……多分だけど葵は、頭が悪いんじゃないと思う」

 ユウキはそう言うと、癖でくるりと妙な方向へ跳ねている横の髪の毛を耳にかけて本質を突くような発言をする。

「勉強の仕方を知らないだけだよ」

「……なるほどな」

「だからきっと、勉強のやり方さえ覚えたら赤点は回避出来るんじゃないかな」

「やっぱりユウキは教える天才だな」

 昔からユウキは、人の本質を見抜くような不思議な力があった。クラスで大暴れするような暴れん坊の事も、他人の噂話ばかりするような人間のことも、ユウキは絶対に悪く言わない。そもそもユウキから誰かを悪く言うような言葉を聞いたことがなかった。遼介はユウキのそんなところを、とても人として尊敬している。

 二人並んで歩きながら登校する途中いつもの街路樹の立ち並ぶ煉瓦造の道あたりで帝と拓真を見つけて合流した。

「何だ、凄く仲良しになったんだな?」

「……おいその語弊しかねぇ言い方やめろ」

 意外な組み合わせに遼介が驚いていると、帝はグイッと拓真の方を指さして二人に抗議した。

「こいつ、一旦ゲーム始めたら寝る間も惜しんで朝までやってやがんだよ……!!」

「しょ、しょうがないだろ……!!あともう少しでボス戦だったんだ……!!貴重なレアアイテムが手にはいるってなったら寝る暇なんてないんだぞ……!!」

「だぁ~、バカかよ!!寝ろや!!」

 拓真のゲームに対する熱で寝食を忘れる体質は、どうやら帝の世話焼き体質にぴったりと噛み合ってしまったようである。いつの間に連絡先交換したんだろうな、と呟く遼介の隣でユウキは笑いをこらえるように袖口で口元を隠していた。

「おはようさん、人遣い荒い強引飼い主」

 拓真と帝を見守っていた遼介の頭のうえにぺち、と青いファイルのようなものが乗せられて振り返れば、三白眼を寝不足でがっつり真っ赤にした翔太が立っていた。

「おはよう、しょーちゃんどうしたの?その目」

「聞いてくれる〜?誰かさんが俺の事小間使いみたいに使うもんやから寝不足なんよぉ、ユウちゃんのお膝貸して膝枕してくれへん?」

「ははは、俺が代わりにしてやろうか?」

 昨日と同じくユウキに絡んだ翔太を、遼介はファイルを受け取りながら笑って牽制する。にこにこしているが完全に目が笑っていない。

「おぉ、そういや葵は?まだ来てへんの?」

「おっはよー!!!!」

 噂をすればで、後ろから掛かった元気な声に全員が振り返る。葵は背負ったリュックを揺らしながらこちらへぶんぶん両手を振って駆け寄ってきた。

「葵、おはよう」

「おはようさん」

「はよ」

「葵おはよう〜」

「お、おはよう……!」

 返ってくる5人のその挨拶一つで、葵は何だか胸がドキドキしてわくわくする。最後尾にいた翔太の背中を軽く叩いて、葵はあっという間に先頭にいたユウキの元へと走った。

「あのさ……っ、昨日の掛け算のことなんだけど!」

「うん、今日の放課後もやる?」

「いいの!?やったぁ〜!」

 和やかな空気が流れていたその直後、遼介の視線が前方の葵の背中に釘付けになった。

「……っ!」

 昨日の朝は枯れ枝のように細かった老人の影が、すでに風船のようにパンパンに膨らんでいた。しわくちゃの腹が、まるで今にも弾けそうに脈打っている。隣を歩く翔太も同時に気づいたのか、低い声で呟いた。

「……あいつ、どないしたんやあれ。既にもうあんなに膨らんでる」

 遼介は手に持っていた青いファイルを慌てて広げ歩きながら必死に紙面に目を走らせる。そこに挟まれていたのは、全国各地の新聞記事の切り抜きだった。

 "GW中の悲劇"

 "一家5人死亡、アクセルとブレーキを踏み間違ったか"

 見出しにはどれもそんな言葉が並んでいる。北は北海道から南は沖縄まで、全部で10件ほどあるその事故の記事に目を通しながら遼介はあることに気が付いた。

「……全部、黒いワンボックスカー」

 遼介の言葉に翔太が静かに続けた。

「このジジイは“移動する怪異”なんやって。家族が一番幸せな瞬間に狙う。車ごと事故を起こして、魂をまとめて持ってく。生き残った人間はおらん……一人を除いて」

 ファイルの最後のページをめくった瞬間、遼介の息が止まる。そこにあったのは、中学生時代の葵の家族の事故について書かれた記事だった。


 

『家族旅行中のワンボックスカー事故 中学生の男児、奇跡の生還』


 見出しにはそう書かれている。年や場所、葵の証言と照らし合わせても間違いなく同じ事故のことを書いたものだろう。両親は即死、中学生の子どもは直ぐに病院に運ばれて一命を取り留めた、と書いてあった。

「一人だけ生き残ってしもた……その業が葵自身を苦しめて、あのジジイの好き勝手にさせてる原因やと思うわ」

 遼介の指が、紙の端を強く握りしめる。そんな事が許されてたまるものか。家族を失い、失意の中で必死に立ち上がろうとしている葵を、これ以上不幸にするわけにはいかない。

「……放っておいたら、葵は本当に死ぬな」

「せやな。登校中か、授業中か……下手したら今日中に腹を割られる可能性もあるで」

 そうすればまた、命に関わる危険に葵は晒されてしまう。翔太は深いため息を一つだけつくと、ファイルを遼介の手から取り返して代わりに何かを握らせた。

「ん?」

 遼介の手のなかにあったのは、4〜5センチ程の驚くほど真っ黒な色をした丸い玉のようなものだった。

「チートアイテムってやつや。黒水晶、うちの神社代々伝わる魔除けアイテム」

「これを俺にくれるのか?」

 ほんまは売りつけたいところやけどな!と悔し紛れに翔太が言うので、遼介は素直に礼を言った。随分と高価なものなのは触っている感触で分かる。なんというか、触れていると自分自身の魂のようなものが洗練されるような、不思議な感触がするのだ。

「ありがたく使わせてもらう」






 異変を感じたのは、学校に辿り着いてからだった。やけに校内が静かだなと思いながら帝が教室の扉に手を掛けたその一瞬、帝のすぐ後ろにいた葵の背後で血管の浮くほど腫れ上がった腹を老人がぷつん、と割った。

「っ、帝教室に入るな……!!」

「あぁ?」

 嫌な予感がした遼介が叫んだが、その時にはもう帝の手は教室の扉を開けてしまっていた。不気味なほどしんと静まり返った教室に張り詰めたような空気が漂っている。

 数秒の沈黙のあと、ミシミシと軋むような音を立てて突然教室の全部の窓が凄まじい音を立てて割れた。

「っ、な、……!!」

「うわぁっ、……!!」

 破片が飛んで来そうになって思わず腕で顔を庇った帝を遼介が扉から引き離し、隣に立っていた拓真の手を翔太が引いた。すると、教室に置かれている机がガタガタと風もないのに揺れ始めた。

「っ、翔太扉を閉めろ!!」

「りょーっかい……!!」

 遼介の指示で、翔太は長い脚を伸ばすと扉を蹴り上げて閉める。ガタガタと音を立てていた机の一つがどん!と扉に当たる音がした。間違いなく机が不可思議な力によってこちらに跳んできている。

「おい、どーなってんだ……!?」

「全員、走れるか?」

「……りょーちゃん……っ……」

 葵の背後にいる老人は、見境なく今この場で葵だけでなく自分たちも殺そうとしている。遼介は翔太の肩に手を乗せると、低い声で耳打ちした。

「殿は俺が勤める、お前は全員連れて屋上に上がってくれ」

「……任せとき」

 こっちだと拓真の手をつかんだまま翔太は屋上への階段を駆け上がっていく。手を引かれてつんのめりそうになりながら拓真は、震える声で言った。

「な、なぁ、あれ、……っあれ、何なんだよ……!?」

「あれ?」

「今教室の中にいたろ!!しわくちゃのじいさんだよ……!」

 その言葉に翔太は愕然とした面持ちで拓真を見た。その刹那凄まじい轟音と土煙が巻き起こって、閉めたはずの教室の扉が廊下の窓を突き破る勢いで弾け飛んだ。

 ひぃ、と拓真が悲鳴を上げ、葵は何なんだよ誰が暴れてんだ!?と混乱している。遼介の目にもはっきりと見えた、土煙の中からゆっくりと立ち上がるヨボヨボの老人の姿が。

 落ち窪んだ真っ黒な穴、歯のない口からはよだれが流れ、手足は枝のように細いのに腹だけがでっぷりと突き出ている。老人はひひひひひ、と不気味に笑うと、遼介たちを追いかけてきた。

「……悠長な事言ってる場合じゃねぇぞ、っ、ジジイが追いかけてくる……!!」

 帝がそう叫んだ言葉に、ユウキが首を傾げる。遼介はユウキの手を掴むと、先に行くように促した。

「りょーちゃん……」

「お前は、"見えてない"んだな?」

「ごめん、何も状況がわからない」

「翔太の後を追ってくれ、今はそれしか言えない」

「……わかった」

 拓真と帝は明確に今、老人の姿が見えている。葵の背に貼り付いている老人は分裂でもしたのか、教室の中にいたのだ。遼介は全員の後ろを走りながら帝へ叫ぶ。

「帝……!!葵の背中には何か見えるか!?」

「あぁ?!わかんね、けど……」

「え!?俺!?」

 言われて帝は前を走る葵の背中を見ると、視界が何かおかしい事に気が付いた。歪んでいるのだ。葵の背中の空間が歪んでまるですりガラスの向こうに何かがいるかのように見える。遼介は問答無用で帝の肩に手を置いた。

「っ、つ!!」

「見えるか、"あれ"」

 遼介が帝の肩に手を置いた瞬間、歪んでいた視界が戻る。くっきりと帝には、葵の背中にべっとりと張り付いている老人の姿が見えた。

「ちょっ、俺の背中になんかいるの!?」

「葵、屋上に登ったらお前からそれを引き剥がす……!!気をしっかり持て!!」

「う、うん」

 追いかけてくる裸足の足音から逃れるように、6人はするすると階段を登っていく。屋上の踊り場まで来た翔太が、扉に掛かっている鍵を蹴りで壊すとそのまま扉を開けて屋上へ飛び込んだ。次々に屋上へ辿り着いて、最後尾を務めた遼介が扉を閉めてドアノブをがっちり握りしめた。

「何かでドアノブ固定せんと……っ!!」

 翔太の叫びに咄嗟に反応したのは帝だった。屋上の工具置き場に落ちていた金属の鎖を手にすると、遼介の握っているドアノブに巻き付ける。

「"遼介"、手ぇ離せ!!俺が持ってる……!!」

「わかった、頼む……!」

 ドアノブの固定を帝に託すと、遼介は呆然としたままへたり込んでいる葵のそばによって肩を掴んだ。

「っ、りょ、りょーすけ」

 遼介は先程翔太から受け取った黒水晶を手の中に握りしめると、葵の大きな瞳をしっかりと見つめる。背中にいる老人は相変わらずパクパクとその口を忙しなく動かして、邪魔をするなと語りかけて来た。

「お前のそれは、お前の両親に取り憑いて事故を起こし唯一生き残ったお前に今度は取り憑き、"幸せな気持ち"を餌にしてお前に不幸を呼び込んでる」

「……ぇ……」

「ずっと、我慢したり気持ちを押し殺したりしてきたことはないか?」

 その言葉には、と葵は息を呑んだ。大きなどんぐりのような瞳が動揺して揺れる、遼介は黒水晶を持った方の手を背後の老人の方へ伸ばした。

『バカめ』

 その瞬間、遼介の手の中でパリン、と黒水晶が砕け散った。葵の背中の老人はその嗄れた低い声でひひひ、と笑いながら心底楽しそうに告げる。

『たかがガキが!!神に手を出せるとでも思ったか!!!』

「……神?」

『あぁそうじゃ、わしは神と同じ力を持っている!!お主ら人間が持っている巨大な幸せな気持ちを餌にして生きてきた……!!あれは甘美よのぅ』

 幸せな気持ちで満たされた人間に取り憑いて、その幸せを壊すことで莫大な力が流れ込んでくるのだと老人は言った。姿は見えなくとも、葵にはその声が聞こえた。あの夜に見た、夢の中の悍ましい姿の老人と同じ声だった。

『同じ車種の車を見つけては取り憑いてやるのよ、タイヤを突いてパンクさせて足を動かなくさせる、そうすれば人間はあっという間に事故を起こすんじゃ……!!』

 その言葉に葵の脳裏に蘇るのは、事故当時の封じられた記憶だった。祖父母の家に帰省する為に買ったばかりの車に乗って家族で出かけたあの日、首都高速に乗った直後にそれは起こった。

『あれ……?』

『どうしたのお父さん』

『……何か、足が……』

『お父さん?』

 運転席に父親、助手席に母親がいて、葵は後部座席で携帯ゲーム機でゲームをしていた。高速を数メートル走った直後に足の異変を訴えた父親を不審に思った母親が声をかけた瞬間、ギギギギギギギ、とタイヤの軋む嫌な音がしてハンドルを取られた一家の黒いワンボックスカーは、ふらふらと高速道路を左右に揺れだした。

『お父さん!!』

『アクセルから足がっ、離れないんだ……!!』

 葵の視界はそこからあっという間に今度は上下に揺れてめちゃくちゃになる。車の後方から破裂音がして、耳を劈くようなブレーキとクラクションの音、視界は真っ黒になって身体は後部座席と前の座席の間に挟まれた。

『あ、ぉい……っ……』

『かぁ、……さ……ん……』

 助手席にいるはずの母親に伸ばした葵の血だらけの手は、届かなかった。気がつくと病室のベッドの上にいて、そこで両親が死んだことを聞かされた。

「あ……ぁ……っ……」

 わなわなと唇を震わせて、葵は封じ込めていた記憶に絶望とも言える感情に苛まれる。そしてその記憶は、葵の肩に置いた手を通じて遼介にも共有された。

『直ぐに死ぬかと思ったが、此奴は死ぬことよりも幸せで居ることを選んだ!!だからわしは此奴から幸せを奪い、全ての事柄に絶望し死ぬ瞬間を待っておるのよ!!そして次は……っ、さて、この中の誰に取り憑いてやろうかのぅ』

 ひひひひ、と下劣に笑う老人のその細い首を、遼介は躊躇い一つなく水晶の破片で血まみれになった手で掴んだ。

 血が、滾るように熱い。まるで炎を掴んでいるかのような痛みと熱さを全て怒りに変え、遼介の瞳に炎が宿る。

 






「お前が神であろうが、祓えない怨霊や妖怪の類いだろうが……俺には関係ない」





『うぐ、っ、が……っ……!!!』

 黒水晶の破片が砕け散って食い込んだ遼介の手の平から、熱いものが流れ込んでくる。遼介の血と混ざり合った黒水晶が、敢えて砕け散ることによって同化したのだ。

(……ほんまに、こいつは……っ)

(なんて奴や……)

 その光景に翔太は一人下唇を噛み締めた。黒水晶についてはお守りの認識だった、まさか砕け散る事で遼介の血と共鳴するとは思ってもいなかった。

 互いに混じり合って増強された力は老人の首を絞め確実にダメージを与えている。周囲の驚きの視線には目もくれず、遼介はそのまっすぐな瞳で老人を睨みつけた。







「俺の友だちを傷つける奴は、誰であろうと許さない」

『ひぃっ、ぐぇ、っやめ、やめろぉ……!!!』





 メリメリメリ、と音がしてみるみるうちに老人の身体は葵の背中から無理やり剥がされていく。今度は唖然としたままの葵に、遼介は優しく言葉をかけた。

「泣いてもいいんだ」

「ぇ……」

「葵が生き残ったのは、罪なんかじゃない。お前が強く生きたいと願った証なんだ。泣いてもいい、寂しいと縋ってもいい、我慢なんかするなよ」

 泣くことは悪いことなんかじゃない、と遼介の声がそう告げる。その声は力強く優しく、柔らかく、葵の心の奥にすっと染み込んでいくようだった。葵は唇を震わせると、その大きな瞳からするりと一滴の涙を流した。

「りょ、……すけ……おれ」

 ずっと寂しかった。突然両親が死んで、この世にたった一人で取り残され何を恨んでいいかもわからず一人、笑顔でいようとがむしゃらに生きてきた。友だちに囲まれていても埋められずにいた気持ちが爆発するように、葵は両手をコンクリートについて嗚咽混じりに絶叫する。








「悲しくて……寂しかった……!!俺っ、ずっとずっと、寂しかったんだよ……つ……!!!!」







 




 誰か助けてって

 何度も何度も叫んでいた











 腹の底から叫んだ葵に共鳴するように遼介の掌は燃えるような熱さを伴いながら、遂に老人を葵の背中から完全に引き剥がした。同時に遼介は絞めていた首をそのままの勢いで地面へと叩き込む。

『ぎゃぁあああああああっやめろ!!やめてくれ、なん、何でもする、何でもするから……っ……!!』

「謝らなくていい、償わなくていい、……消え失せろ……!」

 静かに遼介がそう言った瞬間、老人は汚い叫び声を上げながらみるみるうちに痩せ細りその場でまるで花火のように爆散した。拓真は思わず悲鳴を上げかけた口を自分の手で塞ぎ、帝は静かになった扉のドアノブから鎖を外す。

 静寂の中で憑き物が落ちて子どものように泣きじゃくる葵に近付くと遼介は正面から力強く抱き寄せた。

「……大丈夫だ、もう……独りじゃない」

「りょ、すけぇ……っ……」

 控えめに伸ばした手が、遼介の背中をしっかりと抱きしめ返す。静かに葵に近付いた拓真が、その肩に手をかけた。

「……頑張ったな」

 拓真には寂しいと口に出すことの難しさや葵の孤独が、手に取るように理解できた。帝は持っていた鎖をその辺に放り投げると、葵の目の前にしゃがみ込んでその頭をぐりぐりと乱暴に撫で回す。

「お前は強ぇよ……胸張っていい」

「みかどぉ……」

 暫くは止まりそうにもない葵の涙をBGMに、翔太は鮮やか過ぎる青空を見上げた。安堵した空気が流れる中、遼介に容赦がなかったのはそれまで黙って事の成り行きをハラハラしながら見守っていたユウキだった。

 音もなく遼介に近寄ると、その水晶を砕いたせいで血まみれの手をぎゅっ、と握りしめたのである。

「いっ、!!てぇええっ……!!!」

「どうして無茶ばっかりするの……!?」

「ゆ、ユウキ……」

「俺、言ったよね?怒ってるって言ったよね?」

 ゴゴゴゴゴ、と後ろからドス黒いオーラを放つユウキに遼介は誤魔化すように苦笑いをしているが、あまりの恐ろしさに帝はドン引きしているし拓真は泣きそうになっていて、翔太だけがこの状況に笑いをこらえていた。

「……りょーちゃんがっ、……いなくなっちゃうかと思った」

「ユウキ……」

 突然、息が止まるかと思うほどユウキの綺麗な垂れ目からハラハラとまるで美しい宝石のように涙が流れ落ちて、全員思わず痛みも恐怖も忘れて魅入ってしまう。

「す、すまん、ほんとごめん……謝るから」

「誤ったって許さないから」

「ユウキ……」

 遼介はユウキの涙にタジタジになりながら、何とか機嫌を取ろうと四苦八苦している。その光景に、先程まで大号泣していた葵がふはは、と堪えきれずに笑い出した。

「りょーすけ、めっちゃ尻に敷かれてるじゃん……!!」

「ありゃ将来苦労すんぞ?」

 呆れたように帝が呟くので、釣られるように拓真が笑って結局怒っていたはずのユウキも吹き出して皆で笑い出してしまった。



 

(父さん、母さん)

(俺、すっげぇ寂しかったけど)

(今もちょっと寂しいけど)





(もう、独りじゃないよ)






 抱えきれないほどの孤独も寂しさも、共にいると忘れられる友が出来た。痛い時に痛いと苦しい時に苦しいと、素直に言える友人が、5人も出来たことは葵にとって大切な一歩を踏み出す勇気になった事だろう。

 丁度その時始業のチャイムが校舎内に響き渡って、拓真はハッとし慌てたように周りをキョロキョロし始めた。

「今のチャイム……っ、始業のチャイムか!?」

「え、多分そうだと思うけど……?」

「嘘だろ……!?俺今まで遅刻なんてしたことないのに……!!」

 生まれて初めて授業を遅刻してしまったと落ち込んだ様子でへなへなと座り込んでしまった拓真の肩を、悪そうな顔をした帝と翔太が両側から掴んだ。

「不良の仲間入りやなぁ、おめでとぉ」

「これでお前は明日から立派な不良だな」

「う、う、嘘だぁあ!!!!」

 完全に両側から不良の勧誘を受けてあたふたしている拓真に、葵は腹を抱えて笑い転げる。全員の顔を見渡したユウキが、いたずらっ子のようにくしゃりと笑った。



 



「たまには学校サボって、皆で遊びに行っちゃう?」





 


 



 to be Continued

 

 

 

 

 




 


 

 

 

 

 

  

 

 

 

 







 

 






 

 

 

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