第63話 戦艦にも悪さしちゃうぞっ!
戦艦 《ニャダートゥル・ドミナンス》の内部は、公爵家の艦らしく無駄に豪奢で、無駄に広く、無駄に警備が厳しかった。
その廊下を、堂々と歩く二つの影があった。
一人は――公爵私設軍中将の軍服を着たカタリナ。
もう一人は――作業用人型ロボット。
中身はもちろんリルである。
二人は戦艦の心臓部、中央制御室へ向かっていた。
カタリナは歩きながら、腰に下げた2本のレーザーブレードの柄を軽く叩いた。
「で、どうする?
私がレーザーブレードでパパッと情報士官たちを無力化してやればいい?」
リルロボットは首をかしげた。
「それでもいいけど〜。
大騒ぎになるよ?
この一隻だけ奪うならそうするけど、戦艦全部に同じ悪さを仕掛けるなら穏便に行く方が良くない?」
カタリナは少し考えたあと、あっさり認めた。
「そうだね。
でも穏便に済ませるのって私、苦手なんだよね」
「知ってる〜」
リルロボットは胸部パネルを開き、小さな黒いイヤホンを取り出した。
「この《超小型骨伝導イヤホン》をつけて。
私がセリフを伝えるから、それを士官にそのまま言ってね。
カタリナは今は中将だから、士官たちはイヤイヤでも無駄話に付き合ってくれるよ〜」
カタリナはイヤホンを耳に押し込みながら言った。
「とりあえずリルちゃんの言ったことを復唱すれば良いの?」
「うん。
私は声に出さなくてもカタリナに伝えられるから。
ちゃんとアドリブで会話を成立させてあげるね〜」
カタリナは親指を立て、リルロボットは満足げに頷いた。
「ラジャ」
「じゃ、行こっか〜。
カタリナは“中将の顔”しててね〜」
「任せて。適当に偉そうにするよ」
・ ・ ・
重厚な扉が開くと、情報士官たちが一斉に振り返った。
見慣れぬ人物に一瞬不審そうな反応を見せたが、肩章を見て将官であることに気づき、背筋を伸ばした。
「ち、中将閣下!?
ご、ご査察ですか!?」
カタリナは堂々と歩み入り、まるで自分の部屋かのように中央のコンソール前に立った。
「うむ。続けてくれたまえ。
これは機密任務だ。質問は許可しない」
情報士官たちは背筋を伸ばし、緊張で固まった。
その横で、リルのロボットが静かに端末へ接続する。
カタリナの耳に、リルの声が直接響いた。
『じゃ、時間稼ぎよろしくね〜。
まずは軽い雑談から入るよ〜』
カタリナは小さく息を吸い、“中将らしい顔”を作った。
「ここに来た理由は……抜き打ちのセキュリティ監査だ。
最近セキュリティが甘い部署があると報告されている。
この監査官ロボットに確認させるぞ。
皆、一旦持ち場を離れて、ここに整列せよ」
士官たちは慌てて持ち場を離れ、中央制御室の壁際に整列した。
「は、はいっ!!中将閣下!!」
カタリナは満足げに頷いた。
『よし、雑談開始〜。
まずは“アクセスログの揺らぎ”の話をして〜
かくかくしかじか、ごにょにょごにょにょ……な感じで』
完璧な雑談セリフを丁寧に説明したリルだったが、カタリナの頭には、途中から「ごにょごにょほげほげ」としか入ってこなかった。
(えー?9割理解できん!)
それでもカタリナは自信満々に言った。
「えー……まずは、アクセスログの……ゆらゆら?
揺れ? 揺れログ?
まぁ、そのへんを確認したい」
士官たちは一瞬固まった。
「……ゆ、揺らぎログのことでしょうか、中将閣下?」
カタリナは堂々と頷いた。
「そう、それだ。揺らぎログ。
最近の若い士官は、揺らぎログを……こう、
“揺らして”読むのが得意だと聞く」
士官たちは内心で叫んだ。
(揺らして読むって何だよ!?)
しかし階級の前では逆らえない。
「は、はい……揺らぎログは、揺らしませんが……
解析は得意であります」
『いいよカタリナ、そのまま続けて〜。
次は“量子署名の整合性チェック”の話〜。
ごにょにょにょ、ごにょにょほげほげほげ。
分かった?』
(いや、分からん)
カタリナは胸を張った。
「では次だ。
量子署名の……整合性チェックを……
えーと、ちゃんと“署名して”いるか確認したい」
士官たちはまた固まった。
(署名するのは俺たちじゃなくてAIだろ……!?)
「は、はい……署名は……AIが自動で……」
カタリナは適当に被せた。
「うむ、AIが署名するのは知っている。
私は中将だからな」
士官たちは心の中で叫んだ。
(いや絶対知らないだろ!!)
しかしやっぱり階級の前では逆らえない。
『いい感じ〜。
次は“セキュリティキーの位相ずれ”の話〜
ほげほげごにょにょにょ、ほげごにょにょ……な感じ!完璧でしょ!』
(あぁ、完璧に分からん)
カタリナは勢いよく言った。
「では次だ。
セキュリティキーの……えー……
位相ずれ? ずれ相? ずれキー?
まぁ、そのへんのずれを確認したい」
士官たちはもう表情を保つのが限界だった。
(ずれキーって何だよ!!)
「は、はい……位相ずれは……現在正常であります……」
カタリナは満足げに頷いた。
「よし。正常なら良い。
私は中将だからな」
士官たちは心の中で叫んだ。
(それしか言わねぇのかよ!!)
その裏で、リルはロボットの指先を端末に接続し、量子制御層へ静かに侵入していた。
『よし、制御AIの深層思考回路の書き換え開始〜』
リルは制御AIの最上位命令層へ侵入し、敵味方識別と権限設定を書き換えていった。
まず、カタリナの声を艦長権限、リルの信号を最上位管理者権限として認識させる。
赤毛猫海賊団を味方として扱い、黒犬海賊団もおまけで味方扱い。
そして公爵家艦隊は敵扱い。
ただし、リルが命令するまでは表面上、従来通りに振る舞わせる。
自爆については実行せず、通告だけを任意のタイミングで行えるように変更。
『うん、もし潜入がばれたら、きっとセキュリティチェックされるはず~!
かなり私なりの最高自信作に仕込んだから、AIの書き換えを見つけるのは困難だろうけど。
完璧には防げないしなぁ。
そうだ!罠を置いておこう!
見つけやすいバックドアウイルス仕込むね〜。
分かりやすいのを三つ。
それから、二重、三重に偽装した見つけにくいのを一つ。
でも、全部ここの人たちなら、頑張れば見つけられるレベルの罠にするよ〜』
端末に小さな光が走る。
『よし、バックドアも完成〜。
ログも“中将が正規アクセスした”って書き換えた〜。
こういうのって1個ヤバイ奴を見つけたら、安心しちゃってミッションコンプリートだもんね!』
・ ・ ・
リルの声が耳に響いた。
『完了〜。撤収して〜』
カタリナは士官たちを見渡し、中将らしく顎を上げた。
「査察は完了した。
特に問題はなかったようだな。
君たちの働きぶりには感心したよ。
引き続き任務に当たれ」
士官たちは一斉に敬礼した。
「は、はいっ!!中将閣下!!」
カタリナは堂々と歩き去り、リルのロボットも静かに後に続いた。
扉が閉まる。
士官たちはその場で固まり、心の中で同じことを叫んだ。
(……あの中将、絶対バカだろ……!!)
しかし――ログには「中将が正規アクセスした」と記録されていた。
そして、AIの深層思考回路は、完全に赤毛猫仕様へと書き換わっていた。




