237 後悔(ドラゴン族の国王視点)
「待て!」
ドラゴン族の国王が立ち上がって手を伸ばした時には既にオーウェン達の姿は消えていた。
玉座の横にいた王妃は赤ん坊を抱いたまま、どうしていいかわからずにオロオロしている。
オーウェンを引き留める事が叶わなかった国王はヨロヨロと後ろに下がると、力無く玉座に腰を下ろした。
「…なんという事だ…」
頭を抱えて呟いた国王に王妃がそっと呼びかけた。
「あなた…。もしかしてあそこにいたドラゴンはあの…」
国王には王妃が何を言おうとしているのかがよくわかった。
「そうだ。私達がオーウェン殿に渡した卵から孵ったのが、あのドラゴンらしい」
「そ、そんな…。あの卵は孵らないのではなかったのですか?」
王妃は腕の中の赤ん坊をギュッと強く抱きしめた。
「うぁ…」
いきなり強く抱かれた事で腕の中の赤ん坊が苦しそうな声を上げる。
「ああ、よしよし。ごめんなさいね、ウィリアム」
王妃がぐずりかけた赤ん坊をあやすと、『ウィリアム』と呼ばれた赤ん坊はまたスヤスヤと寝息を立てた。
ウィリアムが落ち着いたのを見ると、王妃はまた国王に視線を向けた。
「オーウェン殿がどうやったのかはわからないが、どうやら無事に卵から孵ったようだ。それにしても、人型でなく
ドラゴンの姿で生まれてくるとは…」
国王はそう呟きながら、王妃の腕の中にいるウィリアムに目をやった。
ウィリアムは両親の話には我関せずといったふうに一向に目を覚ます気配がない。
国王はウィリアムの寝顔を見つめながら、オーウェンが現れた日の事を思い返していた。
あの日。
ドラゴン族の国王と王妃は生まれたばかりの二つの卵を前に途方に暮れていた。
一度に一つしか産まれないはずの卵が、二つも生まれたからだ。
このドラゴン族の集落では誰もが人間の姿で生活をしていた。
当然、出産も人間の姿で行うが、生まれてくるのは卵のままだった。
国王も王妃が産気づいたため、人払いをして二人で産卵に臨んだ。
王妃は無事に人間の赤ん坊の頭くらいの大きさの卵を産み落とした。
だが、その卵と同時に小さい卵が王妃の股の間からスルリと転がり落ちたのだった。
「「!?」」
国王も驚いたが、当の王妃も目を丸くしていた。
「卵が二つ?」
「え? どういう事なの?」
二つの卵を前に二人はしばし呆然としていた。
だが、二つの卵を孵すわけにはいかなかった。
自分達はドラゴン族の国王夫妻である。
国王夫妻から生まれる卵は一つだけと代々決まっていた。
二つ生まれたからといって今までの慣習を破るわけにはいかなかった。
「かわいそうだが、こちらの小さい卵は孵すわけにはいかないな。これだけ小さいと生まれてから大きくなるのに苦労するだろう。残念だがこのまま潰してしまおう」
「そうですね。私たちの手で自然に返してあげるのが最善でしょう」
王妃も卵を処分する事に納得していた。
二人で卵の上に手を重ねて押しつぶそうとした矢先、目の前が眩しく光りオーウェンが姿を現したのだった。
オーウェンは国王夫妻が処分しようとした卵を欲しいと言ってきた。
一瞬躊躇ったものの、卵を潰さずに済むのは有難かった。
だが、将来「王位を寄越せ」と言われても困るので、『二度とドラゴン族には関わらない』とオーウェンに約束させた。
そもそも無事に孵るかどうかもわからない卵だ。
手放す事にはなんの躊躇もなかった。
だが…。
まさか、あのようにドラゴンの姿で生まれていたとは予想外だった。
手元に残した卵は人間の姿をして生まれてきたというのに…。
一瞬、国王の頭に『後悔』という文字がよぎったが、国王はすぐに頭を振ってそれを打ち消した。
(私はドラゴン族の国王だ。私の行動に『後悔』などという言葉はない!)
国王はそう断言すると王妃の腕からウィリアムを受け取った。
ウィリアムは抱いている人間が変わった事に気づいて薄く目を開けた。
「ウィリアム。大丈夫。これからいくらでも成長出来るからな」
国王はウィリアムに声をかけながらも自分自身に言い聞かせるのだった。




