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伝道師と為った、新撰組隊士 結城無二三伝  作者: 大野 錦


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12/18

其の十二 師との別れ

12話目です。よろしくお願いします。


 本郷中央会堂で結城無二三が主に行っていた仕事は、今風に言うと庶務や会計である。

 又、人事の相談役も引き受けていた。


 会堂では音楽会が度々催される。

 図書室も設けられ、様々な書を読たい者たちが通って来る。


 会堂内の教会では、当時では未だ目新しかった瓦斯(ガス)幻燈が設置されていた。

 そして、パイプオルガン技師でもあるエドワード・ガントレットが、カナダ製のペダル鍵盤付き大型リードオルガンをパイプオルガンに改造し、この教会に据え付けた。


 このガントレットのパイプオルガン演奏と瓦斯幻燈を組み合わせた伝道集会は、次第に東京で大いに評判を得る。


 チャールズ・サミュエル・イビーが最終的に目指していたのは、この会堂を総合大学とすることであったらしい。

 「教会」と名付けず、「会堂」と名付けたのも其の過程への意欲を現わしている。

 故に、彼はかなりの資金を会堂運営に投じていた。

 無二三が貰う給金も「福音士」時代では考えられぬ程である。


 そんなある日。

 中央会堂にデイヴィットソン・マクドナルドと平岩愃保がイビーとの話し合いに現れた。

 明治二十七年(1894年)の頃である。



「何ですと!? この中央会堂の事業打ち切り!?」


 両者がイビーに命じたのは、事業の事実上の打ち切りだ。

 もう金の援助が出来ないのを理由として挙げる。


「イビー牧師。あなたはこの会堂で何をしたいのか? 信徒を増やしたいのか? 日本の多くの人々に西洋の文化を伝えたいのか? 或いは勉学の場を作りたいのか? どれもこれも金が掛かる。今言ったどれか一つなら理解は出来る。だが全て行う等、我々を破産させる気なのか?」


「……」


 イビーも流石に反論が出来ずに、沈黙したまま。


「次の何方かを選びなさい。会堂運営から手を引き、日本の地で宣教師としてのみの活動をする。会堂運営を続けたいのなら、日本から去りカナダに帰り資金を集めて送金する」


 イビーは心中で呟く。

 浮かんで来たのは助手のハーパー・ハヴロック・コーツとサラ・アグネス・ウィントミュート夫妻。


「会堂の運営はあの夫婦に任せれば大丈夫だろう」


 コーツは静かで温厚な人柄で、敵対者を作らないタイプ。

 押しに弱すぎるのが気に為るが、妻のウィントミュートが其処は補佐してくれるだろう。


「だが、資金の調達。これだけは私が遣らなければ為らない……!」


 そして、イビーの中では無二三、そして息子の禮一郎の姿が浮かび、心の中でハラハラと涙で溢れ出るのが止まらない。


「申し訳ない、ムニゾウ。あなたともっと共に仕事がしたかった。申し訳ない、禮一郎クン。君をロンドンへ留学させるのは不可能に為ってしまった」


 イビーは自身の帰国。

 つまり、もう二度と日本の地を踏まない選択をした。



「イビー牧師が帰国……。そして、もう日本に来ない、……だと」


 其の報に接した無二三は即座に平岩の元を訪れる。

 無二三と平岩。

 両者は知り合ってから全くそりが合わず、顔を合わせれば、直ぐに共に喧嘩腰と為り口論をしていた。

 何より、無二三を牧師にするのに反対し、「福音士」と云う碌に給与が貰えない身分を与えた張本人。

 この会堂の仕事にしても、平岩は「結城さんに対して、そんな派遣は決まっていない」と騙していた。


「お願いします、平岩牧師! イビー牧師の帰国の件。如何にか取り止めに出来ないでしょうか!」


 無二三は自身を散々貶めて来た平岩に頭を下げる。


「イビー牧師自ら選択したことです。諦めるのですな」


 冷淡に平岩は言う。

 翻意が不可能と悟った無二三は平岩の元を辞する。


 こうしてチャールズ・サミュエル・イビーの離日の日が来る。



「ムニゾウ、必ずや又会えると信じています」


 結城一家は揃って、イビー一家が帰国する横浜港まで見送りに来た。


「禮一郎クン、勉学を頑張る様に。君ならお父さん以上の人物に為れる」


 イビーは禮一郎の両肩を両手で軽く叩く。


 両家の人々は涙が止まらない。

 だが、無二三とイビーだけが涙を流さず、毅然としている。


「手紙は書きます。だが申し訳ない、ムニゾウ。私は結局日本語で文を書くことが上達しませんでした」


「其れは私も同じです。私も英語で文を書くことは出来ません。手紙は英語で大丈夫です。禮一郎に手伝って貰い、送られた文を読み、私が書く文は英訳して送ります」


 両者が互いの言語を学び始めたのは三十歳前。

 そして、両者が初めて会ったのが三十四歳に為る齢。


 それから十五年の月日が流れ、今や共に四十九歳。

 十九世紀の感覚だと、初老に入る年齢と云ってもいいだろう。

 実際に無二三もイビーも髪や髭に白いものが目立ち始めている。


 だが、無二三とイビーは、まるで若者の様に固く強い握手を交わす。


 船に乗ったイビー一家は甲板上で何時までも手を振り、無二三一家も埠頭で船が見えなくなるまで、有らん限りの声を出して見送った。


 これが結城無二三とチャールズ・サミュエル・イビーの永遠の別れであった。


其の十二 師との別れ 了

続きます。

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【短編、その他】

【春夏秋冬の公式企画集】

【大海の騎兵隊(本編と外伝)】

【江戸怪奇譚集】
― 新着の感想 ―
イビーが、総合大学を作り出すためには、カナダではなく、日本でお金を得るため福沢諭吉レベルのよくまわる舌が必要かもしれませんね。 信念的に、日本人のお金を使うべきでないと思っていたにしろ、外部資金でなく…
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