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銀色の出会い

「あの噂聞いたか? アイツ、今年留年したら退学らしいから今年は真面目に学校来てるみたいだぜ」

「まじかよ! こわっ、近付かないようにしないとな」

 その日教室はどこか、ざわめいていた。唯一気軽に話が出来る相手である桐も、他の生徒との会話に夢中なようだ。俺は全く内容を知らないから、つい桐の顔を見てしまう。

 俺の視線に気付いたように、桐が会話を止めて俺に近寄ってきた。

「なに捨てられた子犬みたいな顔してんだよ」

「どんな例えだ。それよりなんの話しをしてるんだ?」

「ああ、銀髪の男って知ってるだろ。アイツが今年からなんか真面目に学校に通うらしいって噂」 銀髪の男。皆近寄りたがらない相手。関わるとろくな事にならないと言われている。良くない噂も飛び交っているが、果たしてどこまで噂が正しいのか、実際は誰にも分からない。

 ふと思い出す、噂の銀髪に出会った時の事を。

 あれは、俺がまだこの学校に入学したばかりの事だった。

 昼休みだけ屋上が解放されるとの事で、俺は弁当を片手に屋上への階段を駆け上がっていた。しかし、途中で他の生徒に「屋上には銀髪の男っていう不良が居るから、行くのは止めな」と忠告されたが、俺は屋上への好奇心からその扉を開いた。

 俺は高い場所が好きだ。だから、誰が居たって構わない。

 屋上には確かに銀色の髪の男が、仰向けに寝ていた。男は澄んだ青空に手を伸ばしている。空に触れようとしているのか、それとも別の何かに触れようとしているのか、俺には分からないが何も掴めない男の手が、酷く寂しそうに見えた。だから、気付くと俺はその伸ばされた手に手を、重ねていたのだ。

 男の手はぞっとする程冷たく、堅かった。

「なんだお前」

「一年二組、シランだ」

「……聞いてねぇよ」

 男は俺を突き放すように言う。しかし重ねた手は、いつの間にか強く握り締められていた。

「おかしな奴だな、また俺に関わろうとするなんて」

「……?」

 俺の体温がうつり、ほんのり暖かくなった男の手が、離れていく。男は微かに唇を歪めて笑い、俺から離れた。 俺はただ、遠ざかっていく男の背を見送ることしか出来ない。

「名前」

 男が振り返る。俺は思わず引き止めてしまった事に、妙な照れくささを感じ目を逸らしてしまう。

「アンタの名前、聞いてない」

「オレの名前が知りたいのか?」

 男との距離は俺が思っていたより近かったようだ、男が俺に近寄ってくるのなんてあっという間の出来事だった。

「高くつくぜ」

 そう言って笑った顔があどけなくて、俺は思わず男の顔を見詰めてしまう。

 耳を擽るような男の声は今でもはっきり覚えているのに。

「名前……なんだったけ」

「どうしたんだよ?」

 俺が黙り込み考えていたからか、桐が首を傾げる。

「兎に角、お前厄介ごとに巻き込まれやすいんだから気をつけろよ」

 友人の忠告に、俺は頷く事しかできなかった。

 その時、ドアを開く音が教室に響き、ざわめいていた教室が静まり返る。

 誰かが息を呑んだ。

 足音が近づいてくる。

 そしてその足音は俺の前で止まった。銀色の髪がさらさらと揺れている。

「お前、皆勤賞らしいな」

「は?」

 一瞬何を言われているか分からなかったが、すぐに理解した。自分ではあまり気にした事がないが俺は学校を休んだことが一度もない、遅刻や早退すらもまだ経験した事がないのだ。

「だからなんだ?」

「ノートと教科書、貸せよ」

 それが人にものを頼む態度なのだろうか。俺が何も言わないで居ると男が口元を歪めて笑って、そのまま俺に背を向ける。

 何か言いたそうな、何かを訴えかけるような男の目。

 だが俺は、その背をただ見送る事しか出来なかった。

 男が去ると、青ざめた桐がすっ飛んでくる。

「し、シラン! お前大丈夫かよ」

「ああ、大丈夫だが」

「……たく、早速厄介ごとに巻き込まれてるじゃねぇか」

 桐は呆れたように溜め息をつき、首をふった。

 その日の放課後。教室に居る生徒が疎らになってきたころ、俺も帰るべく鞄に教科書やノートを詰め込む。

 学校を出た後、どこからか沸いてきたヒヨが肩に乗っかった。

「プリン食べたいよシラン」

「いきなり現れてなんなんだ」

「だってテレビが面白くてつい」

 呆れて俺はヒヨの頬を抓み引っ張る。

「鏡餅なくせに、まだ食べるのか」

「いひゃい、いひゃい」

 俺は仕方無く、ヒヨを肩に乗せたまま家の近くにあるコンビニに立ち寄ってみた。

 コンビニの自動ドアを抜けると、お決まりの音が鳴る、しかし店員の「いらっしゃいませ」の声は聞こえない。

 気にせず俺はプリン等が並ぶデザートコーナーに行く。ヒヨが目を輝かせ俺の肩から飛んでいき、プリンにくっついた。

「このプリンが食べたい」

「分かった分かった」

 そのプリンを持ち、レジに向かう。後ろを向いているため店員は俺に気付かない、だが。男の髪は銀色だ。その髪を後ろで小さく結っている。嫌な予感がした。

「あの……」

 小さく声をかけると不機嫌そうに男が振り向き、予感は的中する。

「あァ?」

「お前、こんなとこで何してるんだ」

「仕事。それより二度とここには来るな」

 店員がそんな事言って良いのだろうか、裏から店長らしき中年の男が青ざめた顔で覗き見ているのが見え、店長の苦労が窺える。

「そんなのは俺の勝手だ、早くレジを打ってくれ」

「温めますか?」

「は?」

「こちらの商品温めます」

「それはプリンだ!」

 二度と来ない事を約束させられ、俺はなんとか温まらずに済んだプリンを手に入れた。レジ袋に男がプリンを入れ終えると、先程の中年の男が現れ銀髪の男に何か話している。

「あ、ああ……キミ、休憩入っていいからね」

「あ? ああ」

 俺と銀髪の男は顔を見合わせた。

「ほら、これ」

 丁度休憩時間に入った、銀髪の男と俺は何故かコンビニの近くにある公園に来ていた。

 夕暮れ時、もう公園で遊ぶ子供の姿は無く、忘れられたボールや、作りかけの砂の山を優しい茜色が染めあげている。

 公園のベンチに腰掛け、俺は男から渡された缶ジュースに手をつける。 プシュッと爽やかな音をたて、グレープ味の炭酸飲料が顔面にかかる。

「ぶふっ!」

「ぷっ、引っかかってやんの」

「…………」

 男を睨みつけるも、男は腹を抱えて笑うばかりだ。

「アンタ、案外やることが子供だな」

「まァ、まだ一応学生だし」

 そう言って男が笑うが、この男は何回留年しているんだったか、思いだそうとして止めた。

「あんな所で働いてるから、留年するんだろ? そんなに金が必要なのか」

「必要だ、オレが働かなきゃ食えなくなる」

 急に男の目が鋭くなる。大人びたその表情に、男が背負ってるものの大きさを少しだが感じるような気がした。

「そろそろ行く、……またここでお前と話せて良かった」

「また?」

「忘れたならいい、じゃあな」

 一瞬見せる、男の寂しげな表情。「また」とは何の事なのか。

「ソウ」

「なんだよ」

「明日、ノートと教科書持って行く」

「あァ、頼む」

 俺は思い出していた。男の名とそれと、雨の日の事を。

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