魔法少年の代償
光る汗。楽しげな声と共に、ボールが宙を舞う。
時刻は四限目、体育の授業。今日は体育館が空いていたので、バスケの授業となった。俺が世界で二番目に苦手な競技である。
ドリブルとシュート練習が始まり、体育館にボールの弾む音が響く。
他の男子生徒達は楽しげにボールを弾ませ、ゴールに投げ込む。試合となれば更に盛り上がるのだろう、俺は気が重くなった。
しかし、やらねば三だった成績が二になりかねない。それはマズいのでボールの入ったカゴから一つ取り、他の生徒を真似するようにドリブルを始める。
「……ん?」
ボールに違和感を感じたが、以前教師にボールを見ずゴールを見ながらやれと言われたのを思い出し、俺はそのままボールを弾ませゴールまで走る、そして思いっ切りボールを投げた。
べちょっ、という音と共にボール、ではなく着物の妖精さんヒヨがゴールに嵌る。
「……何しているんだ」
「遊びに来たんだよ~、それにしても酷いよ! ボクはボールじゃないぞ」
頬を膨らませて怒るヒヨを無視して、俺はボールを取りに行った。
ヒヨの姿を見ると実感する。この学校にインキュバスが潜んでいて、俺が魔法少年になったという事を。
ふと周りを見るがヒヨを気にする生徒は居ない、見えていないのだろうか。
「なあ、桐……変なもの見えないか?」
「変なもの? なんだそりゃ」
クラスメートの桐は気さくで話しやすい、クラスのムードメーカーだ。 桐は首を傾げて、見えないと言った。多分ヒヨの姿は俺にしか見えないのだろう。
「ところでシラン、お前腹筋って割れてるか?」
「は? なんだいきなり」
「ちょっと見せろよ」
「いや、割れてないから見なくていいだろ」
おかしな流れになってきた。俺が後ずさると桐もじりじりと寄ってくる。気付くと他の生徒達も、バスケットボールを放り投げ俺に近寄ってきていた。
「な、なんなんだ」
気付くと回りこんだ生徒に背後から肩を抑えつけられる。暴れても男から逃れられず、近寄って来た桐が俺の体操服を掴み捲り上げてきた。
「うわっ、白っ!」
「…………」
何故か歓喜の声が周りから上がる。意味が分からない。
「もう見たんだから離せよ、って……どこ触ってるんだ」
あろうことか桐はぺたぺたと俺の腹を触る、手は脇腹をくすぐりそのまま下に滑り落ち、短パンに潜り込もうとしていた。俺はギョッとして桐を見る。すると桐は昨日の男子生徒のように発情していた。桐だけではなく、他の生徒もまた発情し、目を血走らせている。
「ヒヨっ!」
「は~い」
間の抜けた声でヒヨが飛んできた。俺は背後に立つ男の足を思いっ切り踏み、手の力が緩んだ隙をついて男の拘束から逃れる。そしてヒヨの頭の上で揺れる花を引っこ抜いた。
眩い光りを放ち、引っこ抜いた花は「ヒヨヒヨステッキ」に変わる。
「なあ、魔法少年っていっても俺……特に変身とかはしなくて良いのか?」
「変身ならしてるよ」
そこで俺は自分の体に違和感を感じる事に気付いた。前回の時もそうだったが視線が低い気がする。その上靴がぶかぶかだ、靴だけではなく服も同じくいつもより大きい。
自分の体の違和感の意味を探していたその時、興奮した生徒が襲いかかって来た。
あわててそれを避けると、するりと体操着の短パンとパンツが脱げる。
「は?」
「ゴムだからね」
「そういう問題なのか」
唖然とする俺にヒヨはのんびり答えた。俺の落とした短パンとパンツに、興奮した生徒達が群がっていた。これは精神的にダメージが高い。
「な、何が起きている」
「つまりこういう事」
そう言ったヒヨがぽんっと音を立て、鏡に姿を変えた。そこに映る俺の姿に俺は驚かされる。
小さな体、まるで小学生だ。服もぶかぶかで体操服だけでまるで幼児用のワンピースのよう。手もこんなに小さかったのか。
「昨日は慌てていたから気付かなかった……」
「ちょうど殴ると相手の脛を殴れる便利なサイズだよ」
「……便利なのか」
鏡に姿を変えたヒヨが楽しげに言う。鏡を割りたい気持ちになったが仕方ない。これもインキュバスさえ倒してしまえば済むことと、自分に言い聞かせる。
「生徒が操られているという事は、奴は近くに居るんだな」
「きっとそうだよ」
「さっさとインキュバスを引きずり出す」
ゆらゆらと亡霊のように近寄ってくる生徒に向かって走り込む、体が小さいせいか早く走れるような気がした。それだけではなく、男達の手からも逃れやすい。
俺を捕まえられず、混乱していく男達に俺はヒヨヒヨステッキを振り上げ、その脛を思いっ切り打った。
「ぎゃあっ!」
よろけた男に飛びかかり、もう一発。
ぴこんっという可愛い音と共に男は倒れていく。
「さっきは脛を殴れて便利と言っていたが、アイツ等頭を打たないと気絶しないじゃないか」
「テヘッ」
可愛く舌を出すヒヨを俺はヒヨヒヨステッキで思いっ切り殴り飛ばす。
ヒヨはそのまま勢いよく男達に突っ込んでいき、ドミノ倒しのように男達が倒れていった。その間にも右から突っ込んできた男を避け、背後から全身を使った体当たりを食らわせ頭を殴る。俺が動き回る度、体操服の裾が揺れ、辺りから歓声が上がったが気にせずヒヨヒヨステッキを振るう。
そして立っているのは俺だけとなった。
ヒヨヒヨステッキがふわりと手のなかから消える。
「全く、厄介な事を引き受けた」
インキュバスは結局見つけられなかった。
そのうち倒れていた男子生徒達が目を覚まし起き上がっていく。だが何故か視線が痛い。ふと、桐が俺と目を合わせず、
「シラン、あのさ……いくら男子校だからってそれは……ないだろ」
そう言って桐は、俺の短パンを差し出す。俺ははっと気付き視線を下げた。もう元の姿に戻ったため、体操服は丁度良いサイズ。
「…………」
俺はもうこの場に居られず半泣きで体育館を出た。
「ぷっ、可愛い奴」
桐の呟いた声は勿論俺には聞こえない。
走っているとどこから沸いてきたのかヒヨが隣に現れ、
「若さ故の過ちだね!」
「お前が言うな!」




