表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/14

戦え、魔法少年シラン!

 腹筋を何度かしてみる。

 体が軋むように痛くなった。

 走ってみる事にしたら、数分も保たなかった。

「シラン体力無さ過ぎ」

 空をふわふわ飛ぶヒヨがふにゃりと笑って言ったから腹が立ったので頬を思いっきり引っ張ってやった。

 あの時以来オレは体を鍛えていた。自分の身は自分で守れるように、そうすればソウに迷惑はかけないはずだ。

 だがそう上手くはいかないもので、ちょっと動いただけでこの様だ。

 ヒヨの頬をむにむに引っ張っていたらヒヨが不意に真面目な顔をする。

「どうした?」

「なんか変なものを感じた気がする」

 そう言ってヒヨがふわふわと飛んでいく、少し気にはなったが俺は数分走ってから家に帰った。

 翌日案の定オレは筋肉痛になった。

 痛む足をさすりつつ、俺は学校にむかう。

 一日は何事もなく過ぎていき、結局放課後になるまでソウを見かけることは無かった。放課後になりソウの姿を探して校内を歩き回ってみたがやはり見つからなかった。

 窓から射し込む夕陽が茜色に染める階段を上がり、屋上に出てみる。

 以前アイツが居た場所には、今はただ風が虚しく通り過ぎるだけだった。

 渋々探すのは諦めて荷物を取りに教室に戻る。

 教室の扉を開こうと手を伸ばすと手にピリッと何かを感じた。不意に何かを感じるもガラッと開いてみる。

 オレは目を見開いた。

 何故なら、教室にアイツが居たからだ。

 数センチ開けられた窓から吹き込む風にふわりと銀色の髪が揺れる。

 ソウがゆっくりと振り返った。

「シラン、来いよ」

 ソウが手招く、俺は吸い込まれるように教室に足を踏み込んだ。

 ぐらりと視界が歪む。

「な、なんだ?」

 先程まで教室だった筈の場所が禍々しい赤と黒の混ざった歪んだ空間に変わっている。

 俺はキョロキョロと周りを見渡すも、出口も窓も見当たらない。

「ようこそ」

 不意に低い声が響いた。

 目の前に立つ男の黒く長い髪から覗く赤い瞳に、情けなく怯える自分の姿が見える。

 男の耳は尖り、背中には黒い蝙蝠のような羽が見えた。

「お前が……インキュバス」

 男はゆったりと頷いた。俺は慌てて距離をとる。

「ヒヨ」

 ヒヨを呼ぶも、返事はなかった。

「ふはは、ここはオレの世界だ。天使は入れない」

「……っ……」

「つまりお前は変身出来ないということだ」

 冷や汗が流れる。

「今まで散々邪魔してくれたお礼をたっぷりしてやるよ」

 インキュバスが動いた。避ける暇もなく俺は床に押し倒され、その上にインキュバスが跨ってくる。

 反射的に俺は思いっきり殴りかかった。

「ごふっ」

 インキュバスが転がる。

 案外ヒヨが居なくても何とかなるかも知れない。

 俺は痛みに悶えるインキュバスにさらに蹴りを入れ、踏みつけてみた。

 インキュバスは痛がりながらもなんだか嬉しそうに見える。

「も、もっと強く!」

「え、こうか?」

 尻を思いっ切り蹴るとインキュバスは悶えた。

 このまま倒せると思ったその時。

 ぬるりとした、例えるなら鰻のようなものが俺の体に巻き付いてきた。

「な、なんだ?」

「ふはは! 俺は興奮するほど強くなるんだ」

「なんだと、……ぁっ」

 ぬるりとした生物がズボンの裾からぬるぬると這い上がってきた。慌ててそれ以上登ってくるのを阻止しようとするが上手く掴めず、腕や首にも巻き付かれてしまった。

「んんっ、んぐ」

 あろうことか口の中に入り込もうとされ俺は必死に抵抗する。

 そんな俺を見てニヤニヤしているインキュバスが憎たらしい。

 だがこの鰻もどきに体を好き勝手されたまま俺は身動きが取れない。

 どうしたらいいか思考を巡らせるも、邪魔をするように太腿をぬるりとしたそれが這い上がってきた。

「……ンッ」

 息が上がる。こんな訳の分からない生物に好き勝手されている状況に涙すら出そうだ。もうどうしたらいいか分からないそんな時、不意に光の矢がインキュバスの肩を貫いた。。

 それは俺に希望を与える一筋の光。

 光の先に、大きな翼を背負ったギルドラが立っていた。 いつの間にか景色はもとの教室に戻り、鰻もどきも消えて俺は一安心する。

「またせたな」

「ああ、待ちくたびれたよ」

 ヒヨが勢いよく飛びついてきた。

「シランごめんね!」

「平気だ」

 ヒヨの頭を撫でてやれば嬉しそうにヒヨは笑った。

「なに戦いは終わったみたいな雰囲気になっているんですか?」

 不意に響いた声にその場の雰囲気が変わる。

 長い金髪を揺らし、フィオーレがゆったりと登場した。その姿を見てギルが唸るような声を洩らした。

「お前は何が目的なんだ」

「ただの気紛れですよ。暇なんです魔界は」

 フィオーレが髪をふわりと揺らして歌うように答える。それと同時に双方が煌めく武器を手にぶつかり合った。

「ギル!」

 思わず名を呼ぶも、オレの敵はフィオーレじゃない。

 ヒヨの頭からヒヨヒヨステッキを引っこ抜いた。

 相変わらず幼稚園児が描いた落書きのような間抜けな花に緑の柄が突き刺さったというなんとも言えない武器に、なんとも言えなくなる。

 ギルが持つのは優しい光を放つ刃渡り三十センチ程のダガー、息つく暇もなく与えられる攻撃を防ぐフィオーレの武器は、妖しい光を放つクレイモアと呼ばれる長剣。

 オレはもう一度ヒヨヒヨステッキを見て虚しくなった。


 だがこの虚しさも今日で終わる。

 何故ならこのインキュバスを倒せば全てが終わるのだから。

 俺は強くヒヨヒヨステッキを握りしめた。


 踏み込みインキュバスめがけてステッキを振るう。しかしそれはインキュバスに当たらなかった、インキュバスは素早くオレの背後に回る。

 振り返ろうとした俺の背を素早く蹴り飛ばす。

 オレは呆気なく前に転がった。

 体に鈍い痛みが走る。

「くく、本気を出せば魔法少年など容易く倒せるぞ」

「くそっ」

「よし、魔法少年をオレ のペットにしてやろう」

 インキュバスは赤い舌をベロベロ出して舌なめずりしている。

 鳥肌が立った。

「やがては人間界と魔界を繋げ、人間界を我等のものにする」

「そんな事はさせねぇ!」

 ギルとフィオーレはなんだかかっこいい事を言いながら戦っている。のにもかかわらず俺は……。

 俺は半分八つ当たり気味に突進した。

 するとインキュバスに腕を掴まれてしまう。

 しまったともがいても手から逃れられない。

「ははは! 魔法少年を捕まえたぞ」

「シラン!」

 ギルが此方を見た瞬間――。

 フィオーレの長剣がギルの胸を貫いた。

「ふふっ、よそ見はいけませんね」

「な……っ……」

「ギル!」

 赤いものがギルの胸から吹き上げるのをただ俺は見ているだけしか出来ない。

「ギル……ギルっ!」

「魔法少年よ、辛いだろ憎いだろ。……こんな世界は辛いだけだ」

 囁くようにインキュバスが耳元で言う。

「それなら捨ててしまえ、感情も理性も全て」

「全て……」

 声が遠ざかる。全てどうでもいい気がした。

 瞼が重たく、体が怠い。

 ふと、途切れそうになるオレの意識のなかに、歌が聞こえてきた。

 優しくて心に響く歌。

「ヒヨ……」

 ヒヨは小さなもっちりした姿から、少年の姿に変わっていた。

 それと同時に、

「うぐぅ!」

 インキュバスが呻く。 俺はインキュバスの胸に先程までヒヨヒヨステッキだった、綺麗な花の模様が刻まれた剣を突き刺したのだ。

「これで終わりだ」

 インキュバスから剣を引き抜くと赤い花弁が舞い上がり、インキュバスは砂のように消えていった。

「ちっ、あの役立たずが」

 フィオーレがぼそりと呟くもちらりと床に倒れたギルを見て唇を歪めた。

「まあ、いいでしょう。収穫はありました」

 そう言って踵を返そうとした時、

「よそ見は……よくないんじゃないのか?」

 ギルのダガーがフィオーレの肩に突き刺さる。

「くっ、しぶとい奴め」

「生憎、冥府の扉は開かなかったんでな俺はまだお呼びじゃないそうだ」

 ギルは悪戯っぽく笑った。そんなギルを見て俺は安堵する。

 フィオーレは憎々しげに睨み付け、ふわりと姿を消した。

 黒い羽根を一枚残して。


「お、終わったのか」

 俺はどっと疲れてその場に座り込んだ。

「お疲れ様、シラン」

 紅い綺麗な着物姿のヒヨがそっと俺の肩に手を置く。

「こんな大変な事に巻き込んでごめんね」

「今更だろう」

 ヒヨはにっこりと笑っていた。

「そろそろ行かないと」

「行くって……」

 ヒヨは少しだけ寂しそうに笑って俺の額にそっと唇を寄せた。

「じゃあね、シラン」

 ヒヨの体がふわりと宙に浮く、一瞬顔を近付け耳元でヒヨが囁いた。

 俺がその言葉に戸惑っているうちにヒヨは悪戯っぽく笑って消えた。


「シラン」

 ヒヨが消えた寂しさに浸っているとギルに声をかけられ、振り向いた瞬間、

「悪いな」

 悲しげな表情をしたギルの大きな手が俺の目を覆う。

 一瞬視界が塞がれ俺の視界を遮るものが無くなった瞬間、オレの中のヒヨやギルとの記憶は現実味がなくなり、かなりあやふやな記憶となっていた。


 ただ、ふと俺はソウに会いたくなっていた。

 いや、会わなきゃいけない、そう感じたのだ。


 俺は屋上に走る。

 屋上の扉を開くと、以前のように空に手を伸ばすソウが居た。

 寂しげで何かを求めているような、誰かに握り返されたいと願うようなそんな姿に見えて俺は以前のように手に手を重ねた。

「アンタに守られなくたって俺は大丈夫だ、自分で自分を守る」

「…………」

「だからこれからも俺は俺の好きにさせてもらうからな」

 何故必死になっているのだろう。この男に突き放されただけで、何故苦しくなるんだろうか。

 ふとどこかで聞いた言葉を思い出した。

『インキュバスは見る者の想い人の姿に化けるんだよ』

 分かっているが認める勇気が俺にはない。

「なら、好きにしろ」

 そう言って、ソウが手を握り返してきた。

「お前の手はあったかいなァ」

 ぼんやりと呟きソウが唇を歪めて笑った。

 俺は満たされた気持ちになり、暫く二人そのまま手を握りあっていた。




 俺の体育の成績は、ぎりぎり三だ。体を動かすのは正直好きではない上に、帰宅部な俺はもうこれ以上走れなかった。

 何故朝から走らなくてはならないのだろう。

 朝練顔負けの運動量じゃないのか。

 俺は明日から運動部に入れるんじゃないかなんて余計な事を考えながら走っていたら背後に迫る男に捕まった。

「テメェ、銀髪はどこだよ」

「知らない」

「なら言わせるまでだ」

 朝から絶体絶命だ。

 冷や汗が背中を這う。

「朝から元気だなお前等」

 その声に男の気が逸れた一瞬の隙に俺は男の手から逃れる。

「はあ、ダルい。……行くぞ」

 ソウが俺の手を握り走り出す。

 あれから、俺達は行動を共にするようになった。案の定俺は追われる身になったが後悔はしていない。

 何故ならこうやってソウが、手を握ってくれるから。

 だから俺は何も怖くない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ