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魔法少年現る!

 聞こえるのは足音と自分の荒い呼吸。口からは熱い吐息が洩れる。

 額を汗が伝い落ちていく。走っても走っても出口は見つからない。それどころか窓すら開かない。

 見慣れた、もう二年も通った学校の筈なのに、まるで見たこともない知らない世界に迷い込んだように、俺はさまよい走り続けていた。

 そして、ひたひたと俺を追う足音。

 聞こえるのはそれだけ。

 夕方とはいえ平日の学校なのに、生徒どころか教師にも会わないのは何故なのか、何故俺が追われなきゃならないのか分からないまま、俺は長い長い廊下を走り図書室に飛び込んだ。

 呼吸が続かない。残念ながら俺の体育の成績は、ぎりぎり三だ。体を動かすのは正直好きではない上に、帰宅部な俺には、もうこれ以上走れなかった。

 這い蹲りながら、本棚と本棚の間に隠れる。

 どうか気付かず過ぎ去ってくれと、祈らずにはいられない。

「……何故こんな事になったんだ」

 絞り出した自分の声は酷く頼りなく、掠れていた。



 遡る事およそ一時間前、放課後に俺は借りた本を返しに図書室に来ていた。いつものように手続きを済ませた俺はそのまま図書室の奥に進んだ、勿論本を借りるためだ、しかしそこで俺を待っていたのは、目を血走らせ、涎を垂らし発情した犬のように荒い呼吸を繰り返す男子生徒だった。

 そしてその発情した生徒は、雄叫びを上げながら俺に飛びかかってきたのだ。その男子生徒の手が俺の学ランのボタンを乱暴に引きちぎる。跳ねとんでいったのは丁度第二ボタンだ。

 卒業式に好きな人の第二ボタンを貰うなんていう話を聞いたことがあるが、これはその類のものなのか等と考えている間に、ボタンが次々奪われていく。なんて欲張りな奴なんだと思いながら俺は、尻に当たった何か不可思議な熱に身の危険、いや貞操の危険を感じ慌てて男の下から這い出て、走り出した。そうして、発情した男子生徒と俺の追いかけっこが始まったのである。



 静かな図書室。足音は聞こえない。ほっと胸を撫で下ろしたのもつかの間。

 コツコツと足音が響いてくる。

 だんだんと近付いてくる足音、そして――。

 足音は図書室の前で止まった。

 ドアが開く音。近付く足音。

「その綺麗な黒髪、穢れのない雪のように白い肌……食べて……いい!」

 ノイズがかかったような、雑音のような男の声と同時に目の前に現れた男が俺に飛びかかってきた。

 もう駄目だと目を瞑った瞬間、目を瞑っていても分かる程辺りが明るく光る。

「キミ! 早くボクの頭からヒヨヒヨステッキを引き抜いて」

「は?」

 眩い光りのなか鏡餅くらいの大きさの、人間のような姿形をしているが、栗色のサラサラした髪の頭から赤い花を咲かせそれと同じ色の着物に身を包み、背中からは虫の羽のようなものを生やし、それをパタパタと忙しなく動かし宙に浮いている例えようのない者に声をかけられた。

 俺はそれを仮に「妖精」だとする事にした。発情した男子生徒が現れるんだから妖精が現れたっておかしくないと、混乱しそうな頭に言い聞かせてなんとか落ち着きを保つ。いや、既に俺の頭のなかは混乱状態だ。

「早く、ヒヨヒヨステッキを抜いてアイツを倒すんだ!」

 俺は半分自棄になり、その妖精の頭に生えている花を引っこ抜く。するとそれは、赤い花の形をした飾りが先端にちょこんとくっついた緑色のステッキに形を変えた。

「これでどうやってアイツを倒すんだ」

「ヒヨヒヨステッキでアイツを殴るんだよ」

「……実にシンプルな使い方だな」

 光りが薄くなり、現れた先程の発情した男子生徒に向かって走り込む、そしてなりふり構わずヒヨヒヨステッキを振り回した。

 ぴこん、ぴこんと可愛らしい音とは裏腹に発情した生徒は思いっきり殴られたような反応を見せる。そして、倒れていった。

「ま、まさか……死んでないよな」

「大丈夫、ヒヨヒヨステッキは相手を死なせないように出来てるから」

 そう言って、ふわふわ浮いている妖精がウィンクをした。

 手にしていたステッキが消え、また妖精の頭から花が生える。俺は力が抜けてその場に座り込んでしまった。

「アイツは何故発情していたんだ。男子校だから確かに色々溜まるかも知れないが、だからって男の俺に発情するなんて可笑しいぞ」

「そうだね、確かにキミ、シランは色白だし、睫も長いし……通好みの顔してるけど、操られてなければ発情したりしないよ」

「それって……」

 目の前をふわふわと飛ぶ、もっちりとしたほっぺたにくびれのない体の鏡餅、ではなく妖精は俺の肩に乗っかる。

「インキュバスという人の精を奪う悪魔がこの人間界のこの学校に紛れ込んでいるみたいなんだ。ボクは天界の門の番人で、ソイツを魔界に送り返さなくてはならない」

「はあ……」

「自己紹介が遅れたね、ボクは天界の門の番人ヒヨだよ! またの名を着物の妖精さん」

 またの名の意味がいまいち分からないが、どうやら妖精で一応は合っていたようだ。ヒヨが話している間に気絶していた男子生徒はひょこっと起き上がり何事も無かったかのようにすたすた歩いていってしまった。

「彼等はインキュバスに操られてただけだから、目を覚ませば今までの事は覚えていない……ねえシラン! ボクはキミを天界からずっと見てたんだ、キミならインキュバスを倒せるって思ってね。だから協力してインキュバスを倒してくれない?」

「いや、帰ってからバイトがあるしな」

 インキュバスがどんな悪魔なのか知らないが、普通に考えて悪魔と戦うなんて無理な話だ。

「あの魔法少年にタダでなれるんだよ! バイトなんかやってる場合じゃないでしょ」

「いや、別に魔法少年になりたくはないしな」

 可愛らしくヒヨが強請るように言うが、やはり俺は首を縦には振れない。と言うより、どこの世界に貞操を奪われかねない魔法少年になりたがる奴が居るのだろうか。

「でもさっき、シランはヒヨヒヨステッキを引き抜いたよね」

 ヒヨの声音が変わり、思わず俺は後ずさる。すると肩から降りたヒヨが羽をパタパタさせながら浮き、

「もうその時点でキミは魔法少年として契約済みなんだよ、キミの体はもう、インキュバスに好かれやすい、男に追われやすい体となったんだ」

 びしっと指を突きつけられる。言っている意味が分からない、いや分かりたくない。

「つまり、インキュバスを倒さない限り今日みたいに追われるって事か」

「そうそう、今日よりもっと追い回されるし、インキュバスを倒さないと、学校内だけじゃなく、全国の男共から追われるようになるよ。元から追われやすい体質だったんだからね、さっさとインキュバス倒さないとキミの貞操は」

「……分かった、協力する」

 俺がそう言うとヒヨはにんまり笑って俺の肩に乗っかった。

「お前、自分では倒せないのか」

「それが人間界に来たらこんなずんぐりむっくりな体になっちゃったからね、あいにく戦えないんだよ、ステッキすら握れないしね……という事で宜しくねシラン」

「あ、ああ……、でもなんでインキュバスはこんな男子校を選んだんだ」

「まあ彼は変わった性格をしてるからね」

 ヒヨの言葉の意味がいまいち分からず、俺は首を傾げる。

 こうして俺は、可愛い顔して悪魔のような天使、いや妖精さんヒヨに協力する事を決め魔法少年となり、己の貞操を守るためインキュバスを倒すこととなったのだ。慌ただしい毎日の幕開けである。

「でも魔法少年って」

「そこ気にしないの」



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