肉のパン包みフリッターガーリック風味8
「アリシャ、火を起こしておくから家から鍋を運んできてくれる? あとテーブルもなきゃ何も作れないわね。家のをここに運びましょ」
「そうしたら、レゼナさんたちが困りませんか?」
「んー、料理はここでするじゃない? あとはテーブルを使うのって針仕事くらいかしらね。大丈夫よ、新しいのを作って貰うわ。さっき見たでしょ? テーブル用の整えられた板もたっぷりあるしね」
テーブルのような歪むと困るものはしっかり乾かしてカンナをかけた板でないとならない。逆にベッドはそこまで細かいことは気にしなくても問題ないので新しい木を切って作ってくれたのだ。レゼナの言うとおり、板はしっかり備蓄されていた。
「領主様が居ないのよ、ここの村は。私達、税金を払わなくていいの。だから生活に困らないどころか結構ゆとりがあるってわけ」
そこまで言うと振り返って、まるで秘密を打ち明ける少女みたいにニンマリと笑って見せた。
「食料庫、見たら腰を抜かすわよ。今ならクマだって飼えちゃうんだから!」
「クマですか?」
「そう、冬眠から起きだした腹ペコクマだって養えるわ。鍋を取りに行ったら食料庫にも寄ってくるといいわ。朝一番に鍵は開けておいたから入れるわよ。ついでに使いそうなものを運んでいらっしゃい」
コロコロと転がるように走って来た犬をアリシャは再び抱え上げた。
「置いていってもいいわよ?」
既に背を向けているのにレゼナはアリシャが子犬を抱き上げたことに気づいたらしい。
「連れていきたいんです。早く慣れてもらわなきゃ」
「いっときも離れたくないのよねー。まぁ、邪魔になりそうだけど連れていらっしゃい」
「行ってきます!」
外へ飛び出して、それから地面に子犬を下ろしてやった。
若い青草の上に座り込んだまま、アリシャを見上げて尻尾を振っている。
「あなた女のコよね。じゃあ……名前はね、名前は、ココなんてどうかしら?」
真っ黒な尻尾を左右に振っている。きっと同意してくれたのだとアリシャは微笑む。ココは真っ黒な瞳でアリシャを見たまま、ピコピコと尻尾を振り続けていた。
「お腹空いたでしょ? ココ。ほら、一緒に走って行くわよ」
アリシャが小走りすると、ココは目を見開いてから慌てて立ち上がりついてきた。アリシャはココがついてこられる速度で走って行く。実際は歩いているのと変わらないのだが、それでもココが嬉しそうに飛び跳ねて走るから、ゆっくり小走り。
「ねぇココ、私達は運がいいわ。きっと神様のお導きがあったのね」
ココは小さな身体で一所懸命追いかけてきていた。おいかけっこをしている子供のようにココの目は輝いていた。
ドクの家の横にはこれまた立派な家畜小屋があり、そこにいたドクが手を振ってくれたのでアリシャも振り返した。畑で鍬を掲げていたウィンも気がついて手を振る。
疲れたのか少しスピードの落ちてきたココを抱き上げると、ウィンは犬にも気がついて、麦わら帽子を取って一端のお辞儀をしてみせた。ウィンの遊びに付き合ってアリシャもスカートを持ち上げてお辞儀を返す。
「ウィンは優しいわね」
ココに顔を近づけてヒソヒソと打ち明けると、同意したのかココがアリシャの鼻をペロリと舐めた。
笑いながらドクの家に入っていき、残っていたパンと鍋、調理用の大きなスプーンを手に入れおもてに出てきた。
「鍋一つで足りなければ倉庫にあるよ。この街の人の置き土産だから嫌だったらあれだけどね」
鍬を肩に担いだウィンが家の前まで来ていた。
「あ、ウィンが炉を掃除してくれたんじゃないかって聞いたけどそうなの?」
「ああ、そんなに汚れてなかったからやっておいたよ」
「ありがとう!」
「ご褒美はきっと美味いご飯だと思うんだけど?」
「そうね、頑張って作る。掃除する手間も省けたし」
「なにか運ぶものがあれば運んであげるよ」
鍬を家の壁に立て掛けたのをみると、本気で運んでくれようとしているのが伝わってきた。
しかし、春は何かと忙しいはずだ。それでなくてもドクの家は農業も家畜の世話も狩りすら自分たちでやっているようなので、いそがしくないはずがない。
「ウィン、気持ちは嬉しいけどやらなきゃならないことが沢山あるんじゃない?」
ウィンはブラウンの髪を揺すってから、髪をかき上げた。
「下心があるからさ」
「え。下心?」
鳶色の瞳がキラリと光らせてウィンはアリシャの手から鍋を取り上げた。
「君の大切な……」
思わせぶりにウィンはそこで勿体つける。焦れてついついアリシャは問い返していた。
「大切な?」
「スリを貸してほしいんだ。ほら、ずっと繋がれたままじゃ可哀想だし。もし貸してくれたら畑仕事は捗るし、収穫高もかなり上がるはず」
拍子抜けで吹き出してしまったが、ウィンも一緒に息を吐いてから笑いだした。
「何かと思ったのにー」
「ちょっとドキドキさせてみようと思ってさ」
ココがアリシャの腕の中でもがいて下りたそうにしたので、アリシャは笑いながら屈み込んだ。地面に下ろして貰ったココはまた辺りを嗅いでいる。
「スリに無理させないでくれるなら、もちろん断る理由はないわ」
「馬は牛より耕すのが早いのは知っていたけど、なかなか手が出なくてね……助かる」
立ち上がったアリシャを待ってから、ウィンは歩き出し、のんびり草を食んでいる牛に視線を投げた。横には子牛が並んでいた。
「ミルクを出してくれるから牛にしたけど、やっぱり馬がいるといい。うちの馬はここに来たときに売ったんだ」
「そうなのね」
アリシャが歩き出すとココもぴょんぴょん後をついてきた。
「馬は高く売れるから。でもまあ、弟のエドが泣いて大変だったよ」
「泣きたくなる気持ちはわかるわ。私も毎年冬前には大号泣してたもの。ヤギを殺さないでって」
アリシャの家では主にヤギを飼育していた。冬になると餌が大変になるので、最低限の数だけ残して処分せねばならなかった。小さい時はヤギたちに名前を付けたりしていたが、だんだん距離を置くようになってしまった。やはり別れは理解していても辛かったのだ。
食料庫の扉をウィンが開けてくれると、アリシャは歓声を上げながら中に入っていった。もちろんココもいい匂いに気づいたようで大はしゃぎだった。




