肉のパン包みフリッターガーリック風味9
樽の並んだ壁際に駆け寄ると一つ、一つ蓋を開ける。ライ麦、小麦、えん麦、挽いて粉にしてあるものとそうではないもの。塩漬けの肉や魚、燻製肉は上から梁にぶら下げられている。それにまだ処理されていない野ウサギも紐で吊るされていた。
造り付けの棚にある壺も中身を確認せずにはいられない。塩、黒胡椒、蜂蜜、アーモンド、干し葡萄、なんでもあった。それ以外にチーズやバターまで布に包まれて樽に入れられている。
「すごいわ」
「母さんは使いこなせなかったから、ぜひアリシャには使ってほしい」
「どれを使ってもいいのね。でもなぜこんなに様々なものが揃っているの?」
「レオさんだよ。あの人が作る薬はとても効くって遠くから買いに来るのさ。お金が用意できない人には物でも交換するから、食料庫も倉庫もパンパン」
足元に寄ってきたココを抱き上げてやると、ウサギの臭いを嗅がせてやる。ココの鼻は猛烈にヒクヒクして相当気になるようだった。
「でもそれなら、お代はどうしたらいいのかしら? レオさんの薬の代金なのでしょ?」
「これまでは、うちで作った物とか肉をレオさんも食べるから、互いにお金のやりとりはしてなかったよ。まぁ、気になるなら食事の時にでも話題に出してみよう」
ウサギに手を伸ばしたり舌を伸ばしてみたりしているココを床に置いて「そうしてみる」と答えた。
「ウサギを捌いていいかしら?」
「それならやってあげるよ。君はここから麦とか食材を持っていくといい。あっちにカゴとほら使ってない鍋もある。何往復かしないとね」
動物を捌くのは力がいるので、とても有難い提案だった。
ドクの家から借りてきた鍋に樽からライ麦の粉を掬って入れ、塩と胡椒は壺ごと持っていくことにした。一度退けておいたドクの家から運んできたレゼナお手製のパンを、てっぺんに乗せる。
「それ、豚にあげてもいいよ。残ったのはそうしてるから」
踏み台を出してきたウィンがパンを見て言うが、アリシャは首を横に振る。
「せっかく焼いたのにそれはないわ。ねぇ、そこにぶら下げられているニンニクも一束下ろして」
了解。と、ニンニクから下ろしてくれたのでそれは腕に掛けた。ニンニクは建物の梁に沢山ぶら下がっているし、玉ねぎも負けじと幅をきかせていた。
「この玉ねぎはそろそろ食べないと悪くなるわね」
「下ろすかい?」
「暇な時に下ろしてくれるかしら? 今日は使わないから」
見上げたままのウィンが「わかったー」と答えてくれたので、アリシャは一度宿屋に戻ることにした。
アリシャが歩き出すと、ココはウィンとアリシャを交互に見てからアリシャの方へとついてくる。小さいからだろうがぴょんぴょん小さく跳ねて走ってくる姿は直ぐにでも抱きしめたくなる可愛さだ。
「そんなに可愛くされたんじゃ愛さずにはいられないじゃない。ココってば」
足元をうろつくココに話しかけるが、ココの方は走ることが楽しくて仕方がなく、アリシャの言葉にはまるで反応しない。
「どうやって言うことを聞かせられるのか……飼ったことがないからなぁ」
犬を飼っていた羊飼いたちがどんなふうにしていたのか思い出そうとしたが、結局なにも思い出せずに宿屋に戻ってきてしまった。
火を起こし終わったレゼナはどうやら宿屋をあちこち掃き出してくれていたようだ。料理部屋の隅に溜まっていた埃や枯れ葉が消えている。
「おかえりなさい」
「お待たせしました。掃いてくださったんですね! スッキリしました」
手にしていた手箒でレゼナは窓を指し「窓の角は入れ替えないと駄目ね。割れているのがあるし隙間も出来ちゃってる」と眉を寄せた。
「住んでいるわけではないので、後回しで問題ないですよ」
「そうね。それより手桶とか必要な物が沢山あるし……買ってしまうのも手だけど」
やっと料理部屋の炉の近くに鍋を置くと、アリシャはずっと首から下げていた巾着を外した。
「私はいま九百五十銅貨しかありません。この辺りの物価がわかりませんが、先程買ってきて貰った物のお支払いをしても残りますか?」
「あら、随分持っていること!」
「冬の間に作りためた衣服を売りに行った帰りだったので……」
そのつもりはなくても、アリシャの表情はみるみる曇っていく。それをレゼナが見逃すはずもなく、手箒を放り投げてアリシャを抱き締めた。地面に落ちてきた手箒に驚きココが飛び上がっていた。
「嫌なことを思い出させたわね。ごめんなさい」
ギュッとレゼナを抱き締め返してからアリシャは身を引いた。
「それが……谷底に落とされたみたいな気持ちにはなるのに、直ぐに戻ってしまうんです。自分でも訳がわからなくて」
(今も鮮やかに、楽しかった日々と残酷な景色がどっと押し寄せてきたのに……乾いた土に降った雨みたいに引いていったわ。どうしてなの)
「神様が守ってくださっているのよ。お金はそうね……五百銅貨だけいただくわ」
レゼナの示した金額は破格だった。シーツ二枚に布団用の布だ。どれも高額だし、それに加えて下着まで揃えてくれたのだ。
「それはあまりにも……」
レゼナは戸惑うアリシャに手を振って、気にするなと伝えた。
「食料庫を見たでしょ? 生活は苦しくないし、むしろ物は売るほどあるのよ。まぁレオ様のお陰だけどね。しばらくは甘えていて頂戴。娘からお金をとるなんてホント嫌なのよ。でもアリシャの気が済まないでしょうから五百銅貨よ。それ以上は絶対に譲らない」
金を払ってもらう立場の人がこんな風にいうことを聞いたことがないアリシャだった。それがレゼナの優しさからきていることを理解していて、涙腺が緩んだ。
「見ず知らずの私に、ここまで親切にしてくださって……」
「お礼は美味しい料理でお願いね。さ、まだまだやることがあるでしょ?」




