うなぎの団子入りクリームシチュー4
「ルク……私はそんな話は聞いて──」
アリシャに最後まで言わせたくなかったのかジャンヌは「止めて!」と話に割り込んできた。
「そうやって私のルクを取り入ろうとするのね! ルク、わかったでしょう。アリシャはこうやってみんなを味方につけるのよ。ボリスやエド、他の皆もね」
ジャンヌの言葉より、その虚言に深く頷くルクにアリシャはショックを受けた。
「おい! ルク、お前正気か?」
険しい顔で腕を組んで聞いていたエドが問う。
「ああ、もちろんだ。エドもこれからはジャンヌに言い寄らないでくれ。俺の妻に触れることは許さないよ」
これにはエドも組んでいた腕を解いて驚愕していた。
「は? 言い寄るってなんだよ。触れるって触ってきたのはそっちなのに」
ルクが言い返そうと口を開いたとき、ジャンヌはルクの唇を親指でなぞった。
「いいのよ。それは今は関係ない話だから」
ボリスが「わかった。とにかく君等はナジのところで一緒に住むんだな。逃げないならとりあえずそれでいいさ」と、収拾のつかないこの場を収めようとした。
「ああ。逃げも隠れもしない。宿の代金は俺が払うしね。アリシャはもうジャンヌをいじめないでくれ。それにボリスもジャンヌを口説くのは金輪際やめてくれ」
行こうとジャンヌの手を引いたルクは宿屋から出ていってしまった。残された三人は止めもせずに狐につままれた気分で見送っていた。
「すごいな」
やっと口を開いたボリスが小声で言った。
「言っておくがジャンヌに触れたことはない」
エドが憮然として言うと「俺だって口説いたりしてないさ」と、ボリスが続いた。
「私、ストルカ国ルヴェリ町の領主の娘だったなんてさっき初めて聞いたわ。火事の話も知らないし」
ボリスがこれには笑って教えてくれた。
「ストルカ国ルヴェリ町の領主の娘はやり過ぎだな。ルヴェリはストルカの主要都市の一つだ。そこの領主の娘だったら、絶対に一人でいるわけがない。ぞろぞろお付きが居るはずだし、娼婦の隠語を知る由もないはずだ」
「服も態度もてんで領主の娘らしくねぇしな」
二人が嘘だと確信しているようだ。アリシャもこれまでの虚言の数々を思えばやはり眉唾ものだと感じていた。
「でも……ルクは信じているのよね。なぜあんなにも信じているのかしら」
アリシャの素朴な疑問にボリスとエドが顔を見合わせて、ボリスが口を一度への字にしてから語りだす。
「ルクは……ジャンヌと寝てたからだ。純朴なルクを誘惑し取り込んでいったんだろ」
そんな風になっていたなんてアリシャはまるで気がついてなかった。そう言われると誰も居ない時間にルクが宿屋にいたことに説明がつく。
「俺らも誘われたしね。ただ、ジャンヌには惹かれないから個室に入るのを拒んだのが真実なんだけど……ルクには違うように伝わってるらしいな」
ボリスの《《俺ら》》という箇所に心臓がギュッと絞られたようになったが、そうなのねと何とか答えることが出来た。
「今夜、レオさんに全部話しておくよ。さあ、暖炉だ。あと十日もかからないと思うけど、寒さがキツくなってきたからやっちゃわないとな」
エドは肩を上げて「邪魔しにくる奴が居なくなったし五日ありゃ終わんだろ」と、始めに持っていた石を取り上げた。
暖炉は見た感じ完成しているかのようだった。ただ、隙間を粘土で埋めたり調整したりするのに時間が掛かると聞かされていた。外から宿屋を眺めた時に煙突がニョキッと顔を出しているさまは、不完全だったものに足りなかったパーツを加えたみたいな安心感があった。
「お願いします。暖かいのってそれだけで幸せだから」
アリシャは心からそう思っていた。ボリスはアリシャの言葉に微笑んで「喜んでもらえるのは嬉しいよ」と目を細めた。
アリシャは二人から離れ、遅れていた夕飯の準備に戻っていった。
その夜、ジャンヌとルクは宿屋に姿を見せることなく、アリシャは壺にシチューをいれてパンと団子と一緒にカゴに入れナジに渡した。
「悪いね、アリシャ」
申し訳無さそうなナジの目元に疲労が浮かぶ。アリシャは首を横に振った。
「これからも夕飯は来ないのでしょうか?」
わからんとナジは答えて、視線を落とした。
「急にジャンヌと一緒になりたいとかほざいて、許してくれないなら村から出ていくと騒いでな。何がなんだか……」
「ナジさんは許したんですよね?」
アリシャの問いにナジは頭を掻いた。
「許すというより頭を冷やして貰いたいから猶予をやったつもりなんだが……」
そこまで話すとチラリとリアナと話しているユーリの横顔に視線を投げた。二人は仲良く暖炉の中を覗いている。
「家でああもいちゃつかれたんじゃなぁ。ユーリだって大人の世界がまるっきりわからん歳でもないから」
思わずそれなら宿屋にルク達をこさせたらと提案しそうになったが、それはそれであまり良くないような気がして咄嗟に堪えた。
「明日のことはわからんが、所帯をもつ心構えも出来とらんだろう。とりあえずここでの食事代は自分たちで払うように言っておくよ。払えないってんなら自分たちで作ればいいさ。俺はユーリと二人、ここで食うから頼むよ」
使い終わった食器を重ねると、アリシャはテーブルの上を拭きながら「はい」と返事をした。
ウィンとアヴリルの時は祝福ムードで誰しも幸福だったのを考えると、重く沈んだ空気がすべてを物語っているようだった。




