トリの柔らか煮込み3
道に沿っていくとエドは森の開けたところに入っていく。誰かが焚き火をした跡があり、近くにあるブナの木に荷車を外したスリを繋いだ。
「ここで火を焚いておくからスリと荷車はここで留守番だ」
「じゃあ私はスリが見える範囲でベリーを摘むわ」
「ああ。周りには気をつけろよ」
朝日が昇る前に村を出てきたので太陽はまだ真上どころか朝日に近い。そんな太陽を見上げるエドは「昼過ぎには撤退だな。お前居るから野宿はな……」と、言う。
アリシャは腰に手を当てて眉を吊り上げた。
「そうやっていつもいつも邪魔者みたいに!」
「んなこと言ってねーし。違うだろ。お前女なんだし、俺の優しさだ。バーカ」
少し怯んで、でもやはりツンとして言い返す。
「それなら言い方ってものがあるじゃない。優しさなら優しく言ってほしいわ」
あほらしと呟くとカゴに入れてあったパンを包みから出して咥えた。
弓矢と矢筒は既に携帯していたので、槍を一本掴んでさっさと狩りに出ていってしまった。
「自分で火を焚くみたいなこと言って、なによ!」
怒って火を焚くのを忘れて行ってしまったことに悪態をついたが、スリが見ていたので口を噤む。それからスリに近寄ってスリの身体に額をつけた。
「なんでかなぁ。エド相手だと上手くいかないのよ。ホントはさ、感謝しているのよ? だって助けてくれた人だし、色々言いながらもこうやって連れてきてくれたんだもの」
自分がただの足手まといなのは承知していたし、だからエドの態度はまぁまぁ寛大だと頭では思っていた。
「帰りは仲良く出来るようにする。よし、そうしよう。じゃあ、火を起こすわね。まずは木を集めましょ」
落ちている枝を集め、火を点けると白い煙が上がる。これで遠くからでも場所がわかるし、狼などからスリを守れるのだ。
荷台からカゴを掴むとスリに言って聞かせる。
「ベリーを採ってくるわね。ベリーのパイは最高に美味しいのよ。遠くには行かないから待っていてね」
スリの顔を撫でるとアリシャもすぐ近くの森に入っていく。落ち葉が積み重なった森は独特の臭いがした。
探すという程手間もかからずベリーの大きな茂みがアリシャの前に現れて、鈴なりのベリーに心が踊った。振り返ると木々の合間から頭を垂れているスリが見えた。場所も悪くない。アリシャは屈んで青く熟したベリーを摘み始める。
コロコロの実を掌に落とし込むように摘んでいき、ある程度手の中に貯まるとカゴへ。同じ動作の繰り返し。やってもやっても嬉しいのか悲しいのか、まるで木のベリーが減っているようには感じない。
これは何も考えずとにかく摘むことに集中しないと心が折れると思ったアリシャは無心に手を動かしていった。甘熟したベリーは甘い匂いを漂わせ、それに惹きつけられた蜂がブンブン羽音を立てている。単純作業は楽しいとは言えないが香りや羽音を楽しめるのは悪くない。
時々カゴを覗けば頑張った分だけベリーの山が築かれていて気分が良かった。
ベリー摘みに集中していたアリシャの耳に、突然風を切る音がした。その直後、鳴き叫びながら森を走り回る猪の姿を間近で見て思わず尻もちをついていた。
いつの間にか猪がアリシャのすぐ横まで来ていたらしい。人間を見つけると攻撃態勢に入るのは熊や狼だけではない。猪も襲ってくるのだ。
「アリシャ! こっちだ! 走ってこい!」
尻もちをついたまま声のする方に顔を向けると、エドが弓を引いた状態で荒れ狂う猪を狙っていた。それでなくても気性の荒い猪なのに、エドが放った矢が背に刺さっていて怒り狂っている。
「早く!」
エドに急かされるがアリシャは震えて立ち上がることも出来ない。
「エド!」
這って移動をするアリシャに、エドは弓を構えるのを諦めて、槍を持って走ってくる。
アリシャはエドの背後から突進してくる猪の姿を見ていた。ぐるりと回ってきた猪はエドに狙いを定め、さっきまでとは違い一直線に駆けてきた。
「エド! 後ろ!」
エドは直ぐに振り向くが、槍を構える時間的余裕はなかった。
(ダメーー!)
叫んだのかどうかすらわからなかった。ただ、アリシャはエドが傷付くのを見たくなかった。
その時、エドの前方に凄まじい風が吹いた。それは扇状に広がり草を薙ぎ倒し猪を吹き飛ばした。
森の木々に居たであろう鳥達が一斉に空へと飛び立って危機を知らせる警戒音を叫び大騒ぎを始めた。
アリシャは自分の目の前に広がる光景に愕然とし、震え慄いていた。
(村が……私の村が……。母さん、父さん)
火のついた家がバリバリと音を立てて崩れていく。焦げ臭さや土の匂いや、生臭さ。折り重なるように亡くなっているのは牛飼いのナジ一家。まだ三つにしかなってない末っ子のイムまであり得ない方向に首が向いている。
(なんてことなの……あぁ、なんで)
「……おい! アリシャ! しっかりしろ」
遠く、遥か彼方から聞いたことのある声がしていた。アリシャは止まらない涙を拭うが、見えるのは父と母の無惨な姿だけだった。
「またか……アリシャ。泣くな、俺を見ろ」
涙で滲む世界に見たことのある顔。
「そうだ。俺が誰だかわかるか?」
「村が……村が燃えているの。ああ、みんなが……」
「しっかりしろ! 俺はエドだ。お前はもう違う生活をしてるだろ?」
「エド……エド……?」
錯乱し涙を滴らせるアリシャを抱き寄せ力強く抱きしめた。
「そうだ。思い出せ。レオさんに、父さんはドクだ。母さんはレゼナ。ウィンやリアナやジャンがいたろ」
アリシャはエドにしがみつき「村が燃えているの。私はどうしたら……どうしたらいいの?」と、またパニックに陥っていく。




