トリの柔らか煮込み1
過ごしやすかった春が過ぎ、太陽が照りつける季節がやってきた。
ボリスは約束通り春中大工仕事に明け暮れて、村を後にした。アリシャはこのままボリスが居付くのではないかと思っていたので、少しばかり寂しく感じていた。気障なところを除けば一緒にいるのが楽しい人だった。
村を去る前にボリスとドクを中心にエドも手伝いアリシャの部屋を作り上げてくれた。流石に時間のかかる石造りとはいかなかったが石灰石を混ぜ込んだ漆喰は、十分に素晴らしい出来だった。
「部屋の住心地はどうだい? アリシャ」
ドクは農作業の合間に料理部屋にやってきて声をかけてきた。
「ええ、凄くいいです。白い壁だとそれだけで明るく感じますね。ありがとうございました」
実際、塔の家から移りたくないと思っていたはずなのに、今の部屋は住心地が良すぎてまるで王族のようだと思っていた。
「ひび割れを見つけたら言ってくれよな。塗り直せば大丈夫だから」
「はい。お願いします」
麦わら帽子を取り、胸に抱えたドクは頭を掻く。
「ジャンのも比較的傷みの少ない家を選んだからそんなには時間はかからんはずだが、なんせエドにやらしてるだろ? あれは大工仕事は好きじゃないから想像以上に進まんな」
今はエドだけで家の修繕を行っている。ジャンはまだ療養中で動けないし、この村には鉄を打つ工場もまだない。よってまだウィンも農作業を手伝っているが、工場を作る為の石を掘り出したりして農作業は片手間になっている。だからドクは急ぎではない家作りはエドに任せることにし、農作業に復帰したのだった。
「宿屋にリアナ達が寝泊まりしてくれると、なんとなく私は安心できます」
そうなんだがな。と、ドクはまた頭を掻いた。
「泊まりたいという人が来たら困るしな。せっかくの現金収入のチャンスだろ? 出来れば早いところ移ってもらうに越したことない。それにジャンには階段がキツイだろうしな」
それはそうですねと返しながら、ジャンの姿を思い出していた。足を引きずっては居るが一人で歩けるようになり、先日はアリシャの馬であるスリに蹄鉄をつけてくれた。蹄鉄以外に鉄はないが傷んだ道具の修理をしてくれたりして動けないなりに働き始めている。
「家は早くやっちまわないとなぁ。エドもそろそろ我慢の限界が近そうだし」
「我慢の限界?」
「ずっと狩りに行けてないだろ? それが不満で不満で仕方ないんだよ」
ボリスが村を後にし自分の家に戻るとなったとき、エドは見送りに行くと譲らなかった。しっかり弓を担いでいたのだから目的は狩りだったことは誰の目にも明らかだ。それなのにちょっとそこまでついて行くだけだと言い張り、最終的にはレオにやるべきことをやりなさいと諭されて不貞腐れていた。
「最近、元気もないですもんね」
口は悪いが何も話さないエドはちょっと物足らない。会うたびにイラッとさせられても、元気なエドの方がアリシャは良かった。
そんな話をしていたから、エドが狩りに行くことになったと聞いても驚かなかった。まだジャンの家はおわってないがそろそろ大工仕事がしたいから代われとドクに言われたらしい。
「んでさ、レオさんは狩りに行くのにアリシャを連れてけって言うんだよ」
戸口に現れて干し肉を噛りながらエドは不満そうに言う。足元にはちゃっかりお座りをしてエドの干し肉を見上げているアリシャの愛犬ココ。
「え? 私を? 狩りなんてしたことないわ」
「狩りはしなくていい。ここらの地理を少し覚えたほうがいいだろうってさ。だから俺には遠くに行くなって」
今日もエドは口の中で干し肉を噛み、柔らかくしてからココに与えていた。もう大きいから柔らかくしてあげなくてもいいんじゃないの? と聞いたら、犬にはしょっぱ過ぎるからということだった。
「元から遠出なんてするつもりなかったのになぁ。俺だけじゃ大物は狙えないし」
「私もを連れて行くのが不満なのね?」
言葉の端々から伝わってくる不満を、ウィンならばなんとか誤魔化してそんなことないと言うだろう。しかし相手はエドだ。
「まあな。気が散るじゃん」
連れて行きたくないことを全く隠しもしない。
フンッと鼻を鳴らして腰に手をやる。
「邪魔なんてしないわ。空気のように存在を消しておきますからお気遣いなく!」
アリシャが不機嫌に返してもエドはまるで気にしない。
「そうしてくれ」
でも、狩りをしないとなるとアリシャは何をして待っていればいいのだろうか。ただ黙ってエドを眺めているだなんて時間の無駄使いだ。
「地理を覚えるだけの為に行くのは無駄よね?」
「ああ、ベリーの茂みがあるからずっと採ってりゃいいさ」
「えー、でも持てるだけしか摘めないわ」
エドは残りの干し肉を口の中に押し込んで「スリがいるじゃねぇか」とモグモグする。
「え! スリ? 連れて行っていいの?」
「ああ。だからちょっと離れたところにいろよな。あと、ココは置いていけよ。コイツにはまだ早い」
「ココは置いていくわ。ねぇ、いつ行くの? いつ? パンを多めに焼いとかなきゃ」
急激に機嫌を直してソワソワしだすと、エドが呆れ顔で「明日だな」と答えて、用意しとけと言い残すと出ていった。
一緒に逃げて来た栗毛色の馬スリはアリシャの財産であり恩人でもあった。優しい目をしたスリはアリシャの姿を認めると耳をパタパタ揺らして挨拶してくれる。スリに跨がるのは久しぶりだ。艷やかな身体はいつでも温かくて幸せな気持ちにしてくれる。
「ココはお留守番よ。キティに負けない働きをして皆を驚かせてね」
頭を撫でてやるとココの目は輝くのだった。




