チーズとかぼちゃのタルト蜂蜜掛け6
アリシャは横をご機嫌で歩くココをぼんやり眺めながら二人の話に耳を傾けていた。
ルクがジャンヌを失っても村に戻らなかったなら、酷く悲しいことだと思った。協力し生きてきた村の人々をもう頼るつもりはなく、育ててくれた父ナジを裏切ったことを謝るつもりもないということだ。
(ルクにとってここでの暮らしはなんだったのだろう)
アリシャの記憶の中で、ルクはいつだってはにかんだ顔で笑っている。あの瞬間をルクは忘れたのだろうか。それとも捨ててしまったのか。そんな風に思うとなんだかアリシャは虚しくなっていく。
チラリと横を歩くエドを盗み見て、更に悲しみがアリシャを覆う。
(エクトルが言うようにお金の為に私を……いえ、そんなことないわ。エドを信じなきゃ。私はエドを愛しているのだから)
ルクの事も信じていた。愛しているのとは違っても、二人の間に友情があったと信じ切っていた。それなのにルクはアリシャとの友情を踏まえた、村のことを一切合切捨てたのだと思うと、アリシャは疑心暗鬼に囚われて気分が悪くなっていった。
(私も泣くのかしら。ナジのように……。愛したものに裏切られて)
エクトルの言葉なんかには負けないと思っていても、動揺してしまう自分がアリシャは心底嫌だった。
宿屋に戻ると冷えた体を温めるようにと、残った人達が湯浴みの準備をしてくれていた。広間の端をシーツで囲い、その中で湯浴みを交代でし、準備してくれていたカボチャのパイと塩漬けの肉で夕飯を食べた。
塩味の効いたサクサクのパイ生地に甘いカボチャ。その上に塩気のあるチーズがとろりとかかっていて、最後にまた甘いハチミツだ。
「美味しい……」
暖かな部屋、さっぱりとした身体。食事は美味しく、この上ない幸福感のはずだった。
アリシャはパイを手にしたまま動きを止め、それに気がついたレゼナがアリシャの顔を覗き込んだ。
「大丈夫?」
「……はい。こんなに幸せな生活なのにルクはなぜ出ていってしまったのか。なぜ戻ってこなかったのか。考えるとなんだか──」
「そうね。きっと考えてもわからないことなのよ。それにね……もう、ルクのことは忘れたほうがいいと思うの」
レゼナは暖炉に薪を焚べているナジを見つめ、そのあとアリシャの空いている方の手を握った。
「私の考えだけど、ジャンヌを殺めたのはルクなんだと思う」
レゼナは感情を込めず、まるで書いてあるものを読んでいるように言った。アリシャが身を固くしたのを感じたのか、握っている手に力を込めた。
「転んで頭のあんな場所に傷を負うことはないわ。殴られたのよ。たぶんルクにね」
人が変わってしまったみたいだったが、ルクがそこまでするだろうかと疑問に思った。またルクの笑顔が浮かんできてアリシャの気持は不安定になる。
(そんな……ルクが? ウソ……)
「ルクの物はなにもないのよ。そしてジャンヌの荷物も。持ち去ったからに他ならないとは思うわ」
レゼナの言葉を信じたくなくて、アリシャは反論する。
「脅されたとか! そう、何者かに襲われて脅されて連れ去られたんだわ」
レゼナは「アリシャ」と名を呼んで手を両手で包み込んだ。
「身代金もとれない庶民を連れ去ることはほとんどないはずよ。力のある男を生かしておくのはリスクが高いしね。生かしておくなら女の方になると思う。娼館に売れるから」
それでもルクが人を殺すなんて信じられなかった。しかも相手は愛した女性なのだから。
「私はそう思っているって話よ。でもアリシャにもあまりルクに期待してほしくないのよ。ナジもアリシャも、もうルクは忘れたほうがいいわ」
レゼナがアリシャの手を離すと食べましょうといつもの調子でアリシャに促した。アリシャは渦巻く疑問をなにも解決出来ぬまま、ぎごちなく頷くしかなかった。
(レゼナが思い付きで言うわけ無いし……きっとレゼナがこう言い切るほど頭部の傷は他殺を物語っていて他にも理由があるのかもしれない)
食事を終え、翌日のパン生地の仕込みまで終わらせると、アリシャは自室に入っていった。既にエドが寝転がってアリシャを待っていた。
今日もキチンとカゴの中で眠っているココの頭を撫でているとエドが藁の布団を捲り声をかけてきた。
「早く来いよ。体が冷える」
ルクのことでも頭の中がごちゃごちゃしているのに、その頭の隙間をエクトルの言葉が蠢いてアリシャに頭痛を与えていた。
「エド。今日、エクトルが──エドがお金の為に私と、その……」
「寝てるって?」
エドは眉間にシワを寄せると「来いよ」と顎でしゃくってアリシャを呼び寄せる。アリシャが迷っていると上半身を起こしアリシャの方へと腕を伸ばした。あっという間に腕を掴まれて、エドの胸の中に引き寄せられていた。
「そんなことで不安になるか? そもそも子供が出来ないように気をつけてんのに」
エドとアリシャは暫く子供はやめておこうと話し合って決めていた。エドが若く、生活の基盤が出来ていないのが理由で、アリシャその点はエドの気持ちを尊重したいと思っていた。
「そうなんだけど……」
エドを信用しているはずなのに不安になる自分が嫌で落ち込んでいると、エドが反転してアリシャを自分の下に組み敷いた。
「気をつけてても出来るかもしれないけどな。毎晩抱いてるし、それじゃ足らないくらいだし」
求められていると思うとそれだけでアリシャの頬は今日も熱く火照ってくる。頬に唇を寄せたエドが「赤くなってるだろ?」とそのまま頬に舌を滑らせた。
「エクトルがいる間は子供は可能な限り出来ないようにする。意味わかるか?」
「わからない……」
エドの手がアリシャの身体を彷徨いだすから、アリシャは考えることが出来ずに答えた。
「お前もお前との子も、エクトルは連れ去ろうとしてるからだよ。だからアイツの思い通りにはさせないってこと。金が欲しいならさっさと子供を作るだろ? そうはしないんだからわかれよ」
そこまで言うとエドは「ま、運次第だけど。もし子供が出来たら俺達が姿を眩ませるのもありだしな」と、部屋が暗いのに器用にアリシャの服を脱がせていった。
「ここは出て行きたくないわ……」
「知ってる」
エドの冷たい指が地肌に触れるたび飛び上がりそうになるのに、決まってアリシャの肌の方は熱を上げていくのだった。




