Case36.ターニング・ポイント
ロマ少年いわく、ぼくとノマドは兄妹だと称して活動をしていたが、失踪する少し前の時期に「妙な噂」が立っていたらしい。
「あのふたりは怪しい関係なんじゃないのって、ご近所さんも言ってたよ」
手を繋いでいたり、ひとつの買い物バスケットをふたりで持っていたり、兄が妹を負ぶっていたり、嘘か誠かキスをしていたり。最後のは信じられないが、ほかの行動にしても成人設定の兄妹でおこなうには厳しいな。
「マジか……」
「マジもマジ。おれもヘンだと思ったんだ。ちなみに、おれがふたりがアンドロイドだって知ったのは、最後に会った日。頭のチップのことを相談しに行ったら、ハンバーガー屋ではぐれ兵器に襲われたときだよ。それまでは、アルツたちのことは宇宙人だと思ってた」
「宇宙人?」
「筋肉星人か何かだってね。だって、ふたりともときどき見つめ合って黙りこんで、テレパシーで会話してるみたいだったんだもん。ノマド姉ちゃんとか、よくアルツの行動を予言して当ててたし」
「なるほど、通信機能のたぐいがあったのか。だったら、今も使えるのか?」
ぼくは試しに意識を集中し、研究所の方角を向いてノマドへ語りかけた。
――筋トレをやらないか? ――妹キャラより筋トレキャラがお勧めだ。
「できた?」
「無理だ。感覚が分からない。向こうからも話しかけてこないしな」
「会話する気がないのかも。それで、アルツの記憶が書き換えられたのがそのあとのことらしいから、書き換えられる直前は恋人同士だったんじゃないかって」
「ぼくがルネと恋仲になって異常をきたしたのか? いや、当のノマドがぼくらを恋人同士にしたんだぞ?」
「おれに言われたって分かんないよ。ルネさんに聞いたらいいんじゃない?」
勧めに従って、ルネに訊ねてみることにした。そもそものところ、ノマドはルネを嫌っている。記憶改ざんの前後どちらでもらしい。
ルネのほうは根気よく話しかけているようだったが、ノマドはそっけなく答えるか無視するか。コミュニケーションもできていないルネに分かるとは思えないが……。
「ノマドがこころの病気?」
「最近の退行現象は目に余るものがある」
ルネはしばらく考えこむそぶりを見せると、「それはない気がする」と言った。
「私とふたりきりのときには前と同じクールな態度なのよ。ほかのひとに対してだけ。間違いなくわざとやってる。博士が言ってたパーソナリティを試してる、ってやつじゃない?」
「そうか。だったら、ぼくの考えすぎか」
「気になるんだったら、私が本人から聞いてあげる」
「ありがたいが、ケンカにならないようにしてくれよ」
これ以上、悩ませられるのは勘弁だ。
ルネの見解が事実かどうか確かめるために、ノマドの言動を注意深く観察するようにした。すると、はっきりとした現場は見なかったものの、奇行に移る前に一瞬の「間」があることに気づいた。わざとというのは本当らしい。ルネに対してだけ使い分けているのだけが引っかかるが……。
さて、私事にばかりもかまけていられない。次の手を打っておく段階だ。
地下組のマイドに計画を知らせ、人間サイドにも味方を作っておく。
ところが、地下組の王はハイマー博士がメッセージを届けさせても聞く耳持たず。森組の力を借りずに独自の路線でいくとの回答だ。これまでの戦闘で相当に消耗もしているし、国民感情を考慮しても受け入れられないのだろう。
「アルツ! てめえ、俺を騙してやがったな!」
青いレーザーがぼくの脇をかすめる。味方づくりも難航だ。誰とも友好を結べないままフロイデンの宣戦布告予定日になってしまった。
プフィル中佐は発見できず、カミヤ少佐をようやく見つけてコンタクトを取ろうと彼の戦場に出向いたのだが、このざまだ。
「騙していたわけじゃない! ぼくはノマド……エンテに記憶を消されてて、自分がアンドロイドだということも知らなかったんです!」
ライフルの再チャージ音。ヘルメットの向こうに苦悶の表情。
「うるせえ! 戦いを止めるなんて中途半端なことしやがって。正義のヒーロー気取りか?」
「これもやらされてることで……。いや、目的は同じなんですが」
また撃たれる。脇腹に当たるがジャケットで難を逃れた。
「戦いをやめさせたかったら、てめえの国のキングに伝えりゃ済む話じゃねえか!」
「これにも複雑な事情があって! 人間とマイドとぼくらとフロイデンとで、よつどもえ状態で……」
「総司令がなんだってんだ!」
ふたたびリチャージ。
話を聞く気がないというよりは、我を見失っているというほうが正しいようだ。
隊長らしくもないが、少し嬉しいような気もする。
ぼくらは悩みを共有した仲だ。それを敵国の斥候だと勘違いしてしまったら、エビングハウス回路にプログラムが走るはずだ。彼はそれでもぼくにこだわり続けてくれている。
まずは武器を奪って落ち着かせよう。ぼくはひとの範疇を超えた力を解除し、回りこもうとこころみる。
……が、進行方向には、すでに青い熱線が罠となって待ち受けていた。
なんとか停止するも、身体の複数点に熱と痛覚センサーの警告。名うてのスナイパーは青ライフルを小脇にかかえたまま、チャージタイムの短いクラス・レッドの銃を連射していた。
「レーザーが効かねえ! やっぱり機械か!」
青く光る銃口はぴたりとついてくる。否、常に一歩先を狙っている。
瞬間、視界がブルー・アウト。まっさおな閃光に包まれた。
えぐれる地面。熱で融解したコンクリートの不快なにおい。
光が通りすぎたあとには、町を横断する巨大なクレバスができあがっていた。
射手ははるか上空、禁じられた航空自律兵器FFFFだ。
「黒い自律兵器! クソ、あれも青色を積んでやがる!」
隊長は繰り返す。チクショウ。
眼下、断面に覗くのは溶断された地下街。そして避難所……。
「自律兵器は暴走していたんじゃない。フロイデンが仕掛けていたんだ」
「なんだって!?」
隊長から緊急の着信音が鳴り響く。彼がヘルメットのサイドに手を掛けると、バイザーにフロイデンの顔が映しだされた。腹立たしいことにナイスタイミングだ。
フロイデンは「愚かなる人類たち」に宣戦布告をした。
人間だけじゃない、マイドも含めたすべての人類に。
遺伝子を残すに足る優秀な人間だけを残し、ほかは処分すると言った。
殺しあえと、憎しみあえと。
たとえチップがそれを消そうとも、常に怒りと悲しみと隣りあわせるがいいと。
「オールドの独裁者たちもまっさおだぜ。俺たちはヤツの片棒を担がされてたのか」
演説が終わると隊長はヘルメットを外し、激しく頭を振った。
「人間とマイドで争っている場合ではないんです」
「つっても、これだけ殺しあったあとに手を結ぶなんて無理だろ……」
隊長は瓦礫の上に、どかりと座りこんだ。
「共通の敵がいれば手が取りあえるってか? 映画じゃねえんだからよ」
彼は空を見上げている。それから、「おまえは逃げろ」と言った。
「ゲームオーバーだ。大将は本気で滅ぼす気らしいぜ」
空にとどろく黒鳥の羽ばたき。一羽じゃない。群れだ。
死の編隊、その腹がいっせいに青き光を宿すのが見えた。
次の瞬間、空に巨大な光の五芒星が浮かび上がった。
その中のフォーエフたちが蒸発。風となって消え去った。
隊長が渇いた笑いを漏らす。
「わけが分かんねえぜ。魔法陣ってことは、マイドどもがなんとかしてくれたのか?」
ぼくも混乱しかけたが、理解した。あれはレーザーを魔法陣に見えるように反射しただけだ。こんなことができるのは、ひとりしかいない。
「幾何学ほど芸術的でマジカルなイメージのものはないと思わない? 風まで計算して羽を撒くのに苦労したわ。針穴に糸を通すような仕事ね」
白い外套をひるがえしてアンドロイドの女が下りてくる。
「でも、お気に入りのジェラート屋さんが守れたから、頑張った甲斐があったわ」
彼女が乱れた髪を払うと、生白い手と漆黒ドレスの袖が見えた。肉体つきでも飛び回れるように改良してもらったようだ。
「お久しぶり、カミヤさん。あなた流に言えば、会心の一撃ってところかしら?」
ノマドはローファーを鳴らして隊長へと近づいていく。
「エンテがやったのか。最近見なかったが、おまえはフロイデンの人形じゃ……」
人差し指が彼の額を、つんと突く。
途端に隊長は目をいっぱいに見開き、顔じゅうに汗を吹き出させた。
「俺と、おまえたちは、前にも会っている……?」
「書き換えたのは少しだけだったから、耐えられるわね?」
「そ、そうだ……俺は死んじまった連中のことを思い出そうと思って……」
「クライエントだったのよ。わたしたちも人間との再融和を目指していたけど、もっと穏便なやり方だった。説明はこれで充分ね?」
彼女はそれだけ言うと、ぼくらに背を向けた。
内側から冷気が溢れてマントが揺れる。
「待ってくれ」
彼女は離陸を中断すると、「もうっ!」と、下の衣装ごとめくれ上がったマントを押さえつけた。
「ずいぶんとクールになってるようだが。あれはもう終わりか?」
「……」
睨まれた。ジト目というやつだ。それからふかーいため息。
「あなたが鈍感だからやめたのよ。あの子は気づいてくれたのに」
ノマドは、しかめっ面をして舌を出し、乱暴に冷却ガスを噴射して飛んで行ってしまった。なんなんだ……。
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