Case30.Reunion
クスティナ・アヤドは消えた。通信は圏外を返し、病室はカラで、受付けは「そのようなかたの入院記録はございません」と言った。
徹底している。ぼくは赦せない。自分が。上層部の連中が。ぼくを認めないまま消えていった友人が。しかし、これ以上何ができる? 彼の代わりに戦争を止めろってか? ははは!
「トレーニング器具は丁寧に扱えって、ジムには張り紙がしてあるわね」
怒りを筋肉と分かち合っていると、ルネがやってきた。
ぼくは構わずいつもの倍速で筋肉を傷めつける。
「反動をつけず、ゆっくりおこなったほうが効果的って、あなたに教わったけど」
ぼくは筋肉に謝り、セットのカウントをゼロに戻す。
「そろそろ限界ってカンジ。ストレスの発散でも?」
「今している。不充分だが」
「別の運動、する? まだお昼だけど」
「夜でもできたことないだろう。今のぼくには愛や優しさは不在だから、性交渉の誘いは推奨しないぞ」
「分からないことだらけがつらいのは、よく分かるわ」
視界の端のルネは端末を操作している。
「クスティナは処刑されたに決まってる」
「叛逆者なら、見せしめにするものじゃないの?」
「恐怖政治は原始的だ。隊員や市民への心理的影響に配慮したんだろう」
ダンベルを置き、チンニングスタンドにぶら下がる。最近、ステンレス製のバーがたゆんできた。
「頭を冷やす必要があるかと思ったけど、意外とクールね」
ルネの端末に着信音。「もしもし、今から来れるの?」。
「出かけるのか?」
「あなたもいっしょにね」
ぼくは拒否した。今はコミュニケーションに不向きなメンタリティだ。
ところが、どうしても来いと言う。
「分からないことが増えて、余計につらくなっちゃうかもしれないけど……」
「どういうことだ? 誰に会うんだ?」
「あなたの友達によ」
クスティナかと思い訊ねてみるも、そうじゃないらしい。だったらパスだ。
ぼくは追いこみ不足を感じ、再びダンベルを手に取ろうとした……が。
ぷっぷーーーーっ!
コルネットが炸裂。ダンベルを取り落とし、足の甲に着弾。
……ルネに連れられてやってきたのは、チューブ・トレインのステーションだ。
列車から現れたのは、ハイスクールにあがってニ、三年程度の少年だ。短い黒髪に、日に焼けたような小麦肌。
「どうも、“音の部屋から”のメインパーソナリティのルネです!」
「こんにちは、ルネさん。ロマです」
ふたりは握手を交わした。
それから、少年はこちらを見て「やあ、アルツ。久しぶり!」。
続いて、明るく親しげに「元気にしてた?」。
気さくさと勢いに、なれなれしいなとか、誰だとかいう思考も押し流される。
彼は、つと顎に手をやり、ぼくとルネを見比べた。
「ねえ、ルネさんとおれも、どこかで会ってない?」
生意気なガキだ。ひとのフィアンセを口説く気か。
ところが、ルネは「そう、こんな感じに、駅のホームで!」と笑って飛びはねた。
「あー! アルツの足を踏んで……」
ふたりは「服がダサいって笑った!」と、同時にこちらを向いて指差した。
「二年経っても同じ格好!」
肩を引きつらせて笑うふたり。また、むしゃくしゃしてきたぞ。
「……よかった。これで私の記憶違いじゃないって、分かった」
ルネは笑うのをやめ、こちらをまっすぐと見た。
「落ちついて聞いてね、アルツ。私たちは、二度も出逢ってるの」
ルネのよく分からん話を聞くために、ぼくらはハンバーガーショップに入店。
まずはこの少年、ロマ・ボッカッチョの件だ。
彼は二年前にぼくらと同じ地域――イタリア地区のマージナル――で暮らしており、両親がぼくの治療を受けた縁で友人関係となったという。
「悪いが、記憶に無い」
「アルツもチップの調子が悪いの?」
「そうだ。ぼくは不快感が消えない不具合だ」
ロマは、ぼくをじろじろ眺めると「ふーん」と言って意味深な笑いを見せ、ルネに話の続きを促した。
ルネもまた同じく、ぼくの「治療」を受けに引っ越してきたという。
「あなたと妹さんに治療して貰ったのよ」
「また妹か。妹はいないと言ってるだろう」
「へ、ノマド姉ちゃんのことも忘れちゃったの!? それはボケ過ぎじゃない?」
ノマド……?
「彼女のことはおいて、もう少し私の話をさせて」
ルネは治療してくれたぼくへ好意を持ったという。しかし、「治療者と患者の間柄だ」と言って、こちらが関係を断ったそうだ。
「でも、そのときの私は、スイス地区でコルネット奏者のプロ試験の特訓中だった」
「何を言ってるんだ?」
「私がふたりいるのよ。正確には、ふたりぶんの私の記憶があるの」
片方のルネはアルツを「知らず」、もう片方は「忘れた」。そして、自律兵器災害に巻きこまれて、再び出逢った。
「死にかけてチップがヘンになったと思ったけど、どうしても納得ができなくて」
ルネは後頭部をさすっている。
「ほかにもたくさん忘れてることがあるの。なぜ治療が必要だったのかとか、会わなかったほうの私が、練習以外に何をしていたのかとか、思い出せない」
「きみのほうはチップの不調といえるかもしれないが、ぼくの記憶はどうなる?」
「書き換わってる、ってカンジよね。でも、ロマが私の正しさを証明してくれた」
「彼もチップ障碍者だろう」
ぼくは呆れる。ルネの話に乗っかる彼も彼だ。
「ひっでー言い草。アルツのとっておきの秘密、教えてやらないぞ」
「ね、その秘密、私にだけ教えてくれない?」
ルネは真剣な顔だ。本気で何かの陰謀などを信じているのだろうか。クスティナよりも重症だ。
「んー……。ふたりは婚約してるんだろ? だったら、軽はずみには言えないよ」
少年も急におとなびたように返す。
「そう、ありがとう。今はそれで充分だわ。次に、アルツの妹さんのことなんだけど」
「ノマド、だったか」
ぼくはため息とともにプロテイン入りコーラを混ぜる。炭酸が抜けてたんぱく質の粉が沈殿してしまっている。
「おれ、ノマド姉ちゃんがどこにいるのか、知ってるかも」
「私もよ」
仮にぼくに妹がいて、記憶も書き換わっているというのなら、彼女に会うのが手っ取り早いだろうな。どうでもいいが。
冷めたポテトを手にした瞬間、周囲で一斉にアラートが鳴り響いた。
端末に届けられた情報は『亜音速列車のジャック』と『マイド兵の侵入』。
「デジャブってやつ! アルツ、窓の外に気をつけて!」
ロマの警告の直後、外を走る警察車両に電流が走った。車はコントロールを失い、壁に衝突する。
「避難するぞ」
席を立つ。だが、ふたりは動かない。
「何やってるんだ!」
「……もしかしたら、彼女が来るかもしれない」
「おれも、これから面白いことが起こる気がするよ」
「バカなことを言うな。死ぬかもしれないんだぞ!?」
叱ったが、ルネは「また守ってくれるって信じてる」と言い、少年も「右に同じ」と、にやり笑い。
道路の上を赤い光が宙を走った。軍隊が到着したらしい。しかし、火球がビルのあいだを走り、つぎつぎと窓を破壊してガラスの雨を降らせる。
割れたウィンドウの向こうに甲冑姿のマイドの隊列が現れた。
先頭にいる騎士は、金刺繍の赤マントをまとっている。
「民間人は避難してください。戦闘能力の無力化を実行します」
「すっげー! マイド兵だ! ナマで見たのは初めてだよ!」
ロマ少年が騒ぐ。彼はこともあろうか、逃げるどころか騎士たちに近づいた。
すると、マイドたちのひとりが兜を脱ぎ、マネキン顔でほほえんだ。
「サー。人間の子どもから、憧れを頂きました」
女の声だ。リーダーらしきマント付きが彼女を見てうなずく。
「我ら、人間のために!」「人間のために!」
剣を高く掲げるマイドたち。
しかし、兜を脱いだ女性マイドのこめかみに赤点が現れ、悲鳴があがった。
「守る!」
騎士のひとりが盾を構え、女性マイドを狙ったレーザーが反射した。
遠くで「人殺しめ」と機械をなじる声と断末魔。
「戦闘員を排除。民間人を保護!」
マイドたちは騎士の盾を構えて光線の発射源の方角を向いた。
「少年よ、早く逃げるのだ!」
おまえらが来たから戦闘になったんだろうが。
どいつもこいつも勝手な主張ばかりだ。巻きこんで困らせやがって。
怒りのパンプアップを感じるぞ。
気づいたらはぼくはコスプレ騎士に向かって歩きだしていた。
「戦争のどこが人間のためだ。武器を置いて話し合いをしたらいいだろうが!」
「今の人間は人間のためにならないのだ。我らはやり直さなければならない」
聞く耳持たずだ。機械音声に言われると、どうも言葉以上に高慢に聞こえてくる。
「本人たちの意思の確認も無しにか! おまえたちは人間を何も分かっちゃいない! 知ろうとしていない!」
「誤解だ。われわれは千年ものあいだ、きみたちを想い続けて……」
無意識だった。彼を殴っていた。
マント甲冑野郎が道路を越えて吹っ飛んでいき、ビルの壁に衝突して大きなヒビを作った。
……えっ?
「なんてパワーだ! 彼は人間じゃないのか!?」
「氷の魔女と同類の新兵器かもしれないぞ!」
マイド兵たちがうろたえるが、ぼくのほうが混乱している。
なんてパンチ力だ。筋トレ効果か……?
「脅威であることには変わりない! 無力化を実行。彼は人間らしすぎる。全員、戦時下倫理プラグインを稼働させろ!」
吹き飛ばしたはずの騎士が剣の柄に手を掛け、猛然と迫ってきている。遅れて、ほかの騎士たちの頭からもシーク音が聞こえ始めた。
鋭い風切りの音。
ぼくはそれを白刃取りで受け止める。
「……みんな言うんだ。ムダな筋肉だって。その通りだ。その通りだった!」
「くっ、なんというパワー!」
「力を持っていて、使うべきときに使わないのは罪だ!」
剣をへし折り捨てると、騎士をもう一度道の向こうへと蹴りやった。
続いてほかの下っ端騎士どもの盾を凹ませ、剣や槍を捻じ曲げる。
「こ、殺さないで!」
こめかみを焦がしたマイドの女は腰を抜かしている。
「殺すものか。友に顔向けできなくなるからな」
熱と光。閃光に包まれる。
強烈な痛みにぼくはよろめき、うめく。
視界が戻ると、機械の女性の哀れな姿があった。
人間なら即死、顔の「中身」が見えている。
「上級魔導隊だ! プラグインを発動中。巻き添えを食うぞ!」
騎士たちは逃げだし、機械構造を晒した女マイドも引きずられる。
しかし彼らは「民間人もいるんだからな!」と警告を忘れない。
「アルツ! 大丈夫!?」「頑張れ!」
バーガーショップの奥につれあいふたり。
直撃を喰らったのに大丈夫も何もあるか。ぼくは上半身の衣類が全部吹き飛んでいた。服の残骸に火が点いている。
火傷だって……。いや、異常ナシか……?
またも熱。ファイアーボールが右腕に着弾。魔法といっても、そのじつ化学物質のかたまり。右腕が狂気の痛みに包まれる。
痛みは本物に思えるが、身体が動く。さすがに現実離れし過ぎている。
「これは夢か!?」
苦悶の怒声をあげながらも魔導士どもへと接近。
あそこでぼくがマトになれば、ふたりが危ない。
火炎。電撃。白い光線。爆発。
いったいどうなっている? なんでぼくは死なない?
疑問を片隅に殴り、蹴り、杖を取り上げ膝で折る。
「おまえたち、離れろ!」
黒マントをはためかすソーサラーが両手で杖を握り、こちらに向かって構える。
「合体魔法! 発動コード、陰陽、電子の風!」
背後で詠唱。振り返れば、純白の衣装を身にまとった女魔導士。
プラズマカッターなる技名が叫ばれたとき、左肩に激痛が走った。痛みは邪魔だ。ここでふたりを守れなければ、ずっと苦しまなければならないだろう。
仮にチップが正常でも、まぼろしの記憶が罪となり、ぼくをさいなみ続ける。
失せろよ痛み! ぼくは叫ぶ。
……瞬間、本当に痛みが消えた。
白魔導士へ急接近。杖をつかみ奪って握り折る。ターンして直進。
電撃まとう杖を振りかぶる黒に左フックをこころみるも、左腕が応答しない。
構わず右腕で彼を引き倒し、魔法科学の得物を力の限りを踏み砕く。
「とっとと国に帰ってキングに伝えろ! 武力でなく、話し合いで解決しろと!」
慌てふためき逃げていく魔法使いたち。
勝った。これがぼくの望む勝利だ。クスティナも褒めてくれるだろう。
「アルツ!」
ルネが駆けてくる。
「まだ危険だ!」
彼女は立ち止まった。
その靴先、さきほどのプラズマカッターが道路に深い溝を作り出していた。
ルネは、その境界の向こう側に立ち、ぼくを見ている。
胸で手を握り、それから一度目を逸らし、またぼくを見た。
「来るんじゃない」
反して彼女は踏みだし、ぼくの前までやってきた。
そして、「大丈夫なの? それ」と言って、地面に転がった「腕」を指差す。
「これは……ぼくの、腕?」
今更になって気づく。左腕が肩口から切断され、激しく流血をしている。
赤い、赤い、血だ。いのちそのものの、血。
「痛みは、無いんだ」
ぼくは腕を慌てて拾い上げる。
なんだ、これは……。
綺麗な断面は、一見して人間のものとは異なることが分かった。筋肉組織は白みがかっており、銀色の骨には髄がない。
「心配だけど、安心したわ。私まだ、あなたを愛してる」
ルネが何か言っている。
どういうことなんだ? ぼくはいったい……。
「アルツ・リデルは人間じゃないのよ」
地の底から世界がひっくり返された気がした。
頭の中にある記憶たちが根を失い、大地がばらばらになっていく気がした。
ぼくはいったい、なんなんだ?
「アルツは正義のアンドロイドだからね」
少年の声が電流となり身体中を駆け巡った。
正義の、アンドロイド……。
「でも、なんとか直さなきゃ。ランプさんならできるかな……」
腕とぼくを見比べる恋人。
……ダメだ。何か分かりかけた気がしたが、頭がぼんやりしてきた。
ぼくがアンドロイドのわけがないだろう。血を流し過ぎて幻覚を見てるんだ。
「うっわ、マズい! 逃げよう!」
少年の指さす先、空、黒い鳥が三羽。
「町が破壊されてしまう」
鳥に招かれるかのように、自然とそちらへと足が向く。
「無理だって! ルネさん、アルツを止めてよ!」
「ノマドみたいに空とか飛べないの?」
「たぶん無理だよ!」
これはきっと夢だ。夢ならば空でもなんでも飛んで、あれを破壊できるだろう。
揉めるふたりを置いて、ぼくは黒い戦闘機を睨む。
機体の腹部にあるレーザーの発射口が光った。
……直感。これは、ぼくらに向けられている。
空に境界を引いた赤い光線。それは眼前で角度を変え、何度も折れ曲がって、放ったはずの鳥を貫いた。
続いて、青き光が空で鞭打ち、雲を吹き飛ばし残りの二羽の首を撥ねた。
またもファンタジーか?
ふわり。目の前に羽毛のようなものが降ってきた。
それはみずから発光しており、風に吹かれてどこかへと飛んで消えた。
「酷い損傷だわ。BNMを失い過ぎてる。ここじゃ修理できない」
澄んだ女の声。
妖精が天から降り立った。無色のドレスをひるがえして。
ローズアッシュの髪。噛まれたくちびる。だがそのボディはあからさまな機械。
「エンテ……じゃないわね。あなた、ノマドでしょう?」
ルネが言った。エンテ? ノマド? どういうことだ?
「ルネ、わたしが分かるの? わたしはまた、ミスをしたの? 迂闊だったわ。もっと、時間があれば……」
機械の女はふらふらとした足取りでこちらへとやってくる。
ルネは女の前に立ちふさがり、ロマを指差した。
「また私たちの記憶を弄る気? 無駄よ、この子には通じてないから」
「ノマド姉ちゃんがルネさんとアルツの記憶を変えたの? なんでそんなことを?」
ノマドとやらがロマを見て、またくちびるを噛んだ。
口から上だけは確かにひとの女の所作。あれが、あれがぼくの妹?
「その話、本当なのか? ぼくはいったいなんなんだ? なんでそんなことをした?」
「それは……話せないわ」
女は視線を落とし、髪が表情を隠す。
いらだちが戻ってくる。ぼくが機械なら、こんなにも怒るはずがない。だろう?
「機械人形め! ぼくとルネを弄んでどうするつもりだ!」
女は、はっと顔をあげ、ぼくを見た。
何かが一筋流れて、落ちた。
涙か? 輝くそれは地面に落ちると小さな音を立てて砕け散った。
「うわっ、今のはサイテーだよアルツ!」
少年の非難。これがもし現実だとしたら、最低なのは書き換えたほうだろうが。
「私のアルツには指一本触れさせない!」
ルネは両手を広げる。
「ふん、書き換えられたくせに」
なんだか目が座っている。
機械の女はただ歩き、ルネの横を素通りした。
それからぼくに、ひしと抱きついた。不思議と抵抗ができない。
「もうイヤ。旅に出たくなったわ」
彼女はそう言うと、急に「冷たくなった」。
周囲に極寒の霧が立ちこめ、何やら視界がじょじょに高くなっていく。
どうやら彼女はぼくをつかんだまま飛んでいるらしい。
やはり夢だ。なんだかもうろうとしてきたし。
「飛んだ!」
眼下で叫ぶ少年が小さくなっていく。
もちろん、ルネの姿も。
彼女はこちらを見上げると両手を口に添え、ぼくの名と愛を絶叫した。
「本当、イヤになるわ」
「ぼくをどこに連れて行く気だ」
「帰るのよ。わたしたちを生んでくれたひとのところへ。もう、何もかも終わりよ」
嘆く彼女の造りものの瞳は雫を流しては凍らせ、流しては凍らせている。
わけが分からない。これは、なんなんだ?
ファンタジーにしても、出来が悪過ぎやしないか。
それにしても、空ってのは寒いものだな。何もかもがとけて消えゆくようだ……。
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