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Case18.Again

 ぼくらは数週間のあいだ、使命もスプライサー業も放置して恋人ごっこに勤しんだ。

 マンネリ(ノマドが行動コストに対する正の感情値のパフォーマンスが低下してきたと主張)を感じてきたころになってようやく、ほったらかしにしていた問題に取りかかることにした。


 ビエールイ・カラマーゾフの海馬体とエビングハウス回路の解析だ。

 保存状態は良好。現時点でも生きているといって差し支えない。

 これらの組織の劣化を防いだり、ある程度のレベルで保管することは難しくないが、生きたまま取り出されたとなると、こちら側の技術が使われているとみていい。


 生体とは違い、チップにアクセスして記憶へ入りこむ手は使えない。

 内容もその保存状態も分からないし、記憶世界を構築するのは海馬体だけの脳では不可能だからだ。


 よって、データの取り出しには専門的な機材や高度な科学知識が必要となる。


 インストールすればぼくも知識を得ることは可能だが、活用や他分野に渡る応用は、AIの都合上、「人間の範疇」でしかできない。

 ノマド以外に対しての通信機能は持ち合わせていないし、スキーマ・ネットワークには一般的な端末で表層に触れるだけ。


 つまりはノマドにお任せだ。


 ぼくは知的な恋人が仕事に全精力を傾けられるように、すてきな夕食について考えていた。


 するとそこに、ロマからの連絡が入った。


 何やら、直接会って相談したいことがあるらしい。

 ロマは先日、センター地区への転居を済ませていた。

 タイミング的に、彼はエビングハウス回路に社会倫理や職能の基礎データをインストールされたばかりのはずだ。


 強制的におとなの階段を何段ものぼらせられるイニシエーション。

 きっと、そのことで何か悩んでいるのだろう。


 と、思って文化的ファストフード店に誘ったのだが……。


「データのインストールに失敗した?」

「うん……」

 少年はいつもの元気もなく、ポテトフライを一本だけつまんで口に入れた。


「体調不良か? それとも、設備の問題か?」

「風邪もひいてなかったよ。設備も故障してないって。どうしたらいいんだろ」

「どうしたらって、再インストールは?」

「試したけどダメだった。おれ、なんか頭がおかしいのかな」


 ロマはため息をついて、ハンバーガーを手に取った。

 そっちはぼくの分だが……まあいい。


 ナマの脳の問題が直接、データインストールを阻害することはないはずだ。

 設備が正常で、医師も嘘をついていないとするならば、疑われるのはひとつ。


 エビングハウス回路そのものの欠陥。


 だが、欠陥があれば日常の記憶でも問題が発生するはずだ。

 しかし、ロマは多少の忘れ物をするくらいで、学習にも生活にも問題はない。

 どころか、一般の子どもよりもひと回りもふた回りも達観しているくらいだ。


「専門医に脳を診てもらう話は?」

「無かったよ。代わりにでっかい紙の本と電子データを渡された」


 本来インストールされるべき内容が記述された資料だ。

 図解含めた数万ページ分の丸暗記。できるはずがない。

 最終的にロマは国から障碍者認定を貰い、福祉の庇護を受けられるだろう。


 それはあんまりだ。


 ちょうどよく、ノマドはビエールイの脳の調査のために関連する知識を仕入れている。彼女にロマの脳やエビングハウス回路を診てもらおう。

 回路が壊れていたとしても、故郷にはひと通りの技術はあるし、どうにでもなる。

 明らかに贔屓で肩入れだが、ロマはぼくらの友達だから無理も通してやろう。


「はあ。この頭でまともにやっていくとしたら、やっぱりスポーツ選手を目指すべきかな。 スポーツって退屈なんだよね。なんでかみんなより上手にできちゃうから……」


 ぼくはうずうずしていた。

 ノマドの浮かない顔ほどではないが、へこんでるロマにぼくらの正体と技術力を伝えて、彼に驚きと安心を同時に与えたいという欲求だ。


 いや、ダメだダメだ。


「なんで頭振ってるの? アルツも頭がバグった?」


 ずぞぞ……とシェイクをすする音。



 それに続き、ごごご……と地響きのようなものが遠くで聞こえた。



 ふたり顔を見合わせるも、今度は大きな振動。

 テーブルの上のトレイが跳ね、プロテイン入りコーラが引っくり返る。


『自律兵器災害警報発令。自律兵器災害警報発令。住民は全員、所定のシェルターに退避してください……』


 はぐれ兵器が出たらしい。店内はパニックだ。ふたつある出入り口の片方にばかり殺到して、ひとびとが押し合い圧し合いをしている。


「この前言ってたのがマジになっちゃったね」

 少年は冷静にポテトをつまんだ。

「でも、ロボット見物に行くなんてこと言っちゃダメだからね」

 彼はポテトでぼくを指しながら続ける。

「今日はノマド姉ちゃんが居ないから、おれがアルツを止めないと」

 やっぱり、きみはおとなだよ。


「見物に行く必要もなければ、止めるのも無意味だ」


 ウィンドウの外、道路の反対車線側。

 停止した車に覆いかぶさるようにして、「それ」は居た。


 多脚型の工作兵器、通称“スパイダー”だ。


「あれは戦争時代の遺物で、破壊工作や多少の戦闘能力を有している。平べったいボディに半球状のカメラを上部と底部に配置し、全方位の撮影が可能。武器は実弾式のマシンガンと、頑丈な八本の脚と二トンの重量。オプションで作業用のアームを取り付け各種工作をおこなうのが本業。本来は複数機で相互データ補完をおこない運用されるもので、単騎では戦争兵器として非力である……」


「めっちゃ早口じゃん! いいから、早く逃げようよ!」


 もう遅い。兵器として低スペックでも、丸腰の人間相手には無敵に近い。

 スパイダーは球体カメラの赤ランプをぐるりと回転させると、ひとの指よりも太い弾丸をばらまき始めた。


 叩きつけるような射撃音。ガラスの割れる音。悲鳴。水っぽい音に、赤いしぶき。


 ぼくは少年に覆いかぶさり、背面の筋肉をパンプアップさせた。

 広背筋、三角筋、脊柱起立筋に激しい痛み。損傷は筋肉痛レベルを少し越えた。

 それから側頭部に裂傷。出血アリ。電脳に異常ナシ。


「大丈夫か?」


 銃撃が収まり、ぼくは少年の無事を確認する。


「アルツこそ。ケガしてるじゃないか! 撃たれたの!?」

「少しな」


 だが、少しでは済ませない気らしい。背後でリロード音。

 ぼくは振り返り、弾丸の嵐を筋肉と格闘マンガのまねで弾き飛ばした。

 拳銃相手ほど楽じゃない。防戦一方では不利だ。


 考えている暇はない。ぼくは動力部(ハート)をヒートアップさせ、パンプアップしたマッスルをもってスパイダーへと急速接近。

 銃口が遅れて標的を追うも、ぼくはすでにこぶしを引き、狙いを定めていた。


「カロリック・インパクト!」


 必殺の一撃が殺人兵器をぺしゃんこにする。

 快感に関連したデータ値の急上昇を感じながらも、「ノマドに叱られるのではないか」とか、「ロマはどう思うだろうか」、などの心配も提起された。


「いやあ、筋トレしててよかったなあ」

 分かってる。世界初の人工知能でも噴飯ものな弁解だ。


 ロマがこちらに駆けてくる。「すげえ、すげえよアルツ!」。

 それから、「もしかして、アルツって正義のヒーローだったの!?」。


 正義のヒーロー……!? ビビッときた!


「そう、正義のアンドロイドだ。そして、ぼくも人類の仲間だ」

「すっげー!」


 受け入れてくれてラッキーだ。

 少年はもうぴょんぴょん跳ねまわって飛びつくわ腕を引っぱるわだ。

 ぼくもフロントダブルバイセップスを決めて応じる。


 だが、状況はラッキーではなかった。

 目撃者多数。ケガ人も多数。

 そして何より、警報はまだ解除されていない。

 こういったパニック下の心理にも興味はあるが、人命が優先だ。


 ぼくらの頭上を、三角形の黒い影が横切った。


 ほんの一瞬のことだ。鳥のごとく空を翔けるブラック・ボディ。

 “自律型戦闘機FFFF(フォーエフ)”だ。

 奴は通り抜きざまに赤いレーザーを照射し、町を切断した。


「フォーエフがどうしてここに……?」

「飛行機!? アルツ、知ってるの!?」


 フォーエフは本来、「存在しないはずの兵器」だ。

 戦争において制空権というものは重要な要素のひとつだ。

 だが、砂嵐から脱したあとの人類は航空機のたぐいを全て捨て去っていた。

 再生中の自然に負担を掛けないという名目で。

 最後に人類間でおこなわれた自律兵器を使った戦争においても、設計段階で「自粛」されて消えた歴史を持つ。


 だから戦争では、だーれも戦闘機を作らなかったし、使わなかった。

 ありえない? ありえるのさ。


 赤い線の向こう、「ぼくらの領域」の上空を飛ばれると困るから。

 それが、エビングハウス回路の役割のひとつだから。


「ねえ、あのあたりって!」


 ロマが指差す。フォーエフはターンし地上へ向けて熱線を発した。

 ぼくらの診療所のある地域、もしくはそのそば。


「ノマド姉ちゃん、家に居るんでしょ? ヤバいよ!」

 つと、少年は何かに気づいたかのように片眉を上げた。

「ノマド姉ちゃんもアンドロイド?」


「バラすと怒られるからノーコメントだ。だけど、彼女がピンチなのは変わらない!」


 ぼくは「避難しろ!」と言い残し、ひとならざるスピードで混乱の中を疾駆する。

 瓦礫をどかして誰かを救い、邪悪な蜘蛛を叩き潰し、上空高くで粘る黒い鳥に歯噛みをする。



 診療所は灰になっていた。



 思い出も、暮らしも、何もかもを失った焼け野原。


 そこに「ひと」が立っている。


 ひとりじゃない。何人だろうか。人数はどうでもいい。

 それは、人間じゃない。確かに人の形をしていて、オールドな迷彩服を身に着けてはいたが、顔は無機質で、よく見れば作り物だと気づけるだろう。


 ぼくらの同族、マイド。


 彼らは「何か」を取り囲んでいた。


 ひとだ。黒い女性。


 激しい風が吹いた。


 ローズアッシュの髪が乱れ、彼女は右手でそれを整えた。


「無事だったか! こんな規模の大きな自律兵器災害は前例がない。彼らは故郷からの応援か?」


 マイドたちは返事の代わりに、こちらへレーザーガンを向けた。

 クラス・ブルーの高出力型は、ぼくのマッスルボディにも有効だ。


「また、時間が無かった」

 ノマドはそうつぶやくと、懐中時計をぱちんと閉じた。


 それから武器を向けるマイドたちを手で制し、こちらへと歩み寄る。


「きみはいったい……」


 情報の洪水がぼくを混乱させる。

 自律兵器災害、存在しないはずの機体、たくさんの死者、黒煙をあげる町。

 同族、ノマド、そして涙。


 額にわずかな刺激。

 愛するひとの爪が少し乱暴に食いこむ。



「さようなら。また逢いましょう」



 悲しいことばとともに、ぼくの視界は閃光に包まれた。


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