死体の山を抱いて
「何をしているのですか? 」
その声の主はレムでもマヒトでもなかった。
「ッ! ……コウ」
そこにいたのはツバキのクラスメイトにして、親友のコウだった。
「森で迷子になったという客人はツバキさんの事でしたか」
心なしか声が震えていた。
ツバキが言いつけを破ったからだろうか。それとも秘密を見られてしまったからだろうか。
それよりもツバキにはコウに聞きたい事があった。
「コウ……ここにある死体は一体? 」
コウは唇を噛み締め、右手を自らの胸に当てた。
服の内側に隠している賢者の石をいじっているのだろう。
コウがリラックスしようとしている時の癖だ。
「僕は愚か者です。死んだ人間は生き返らない。そんな事は分かっているのに、その事実を直視出来ない。生きていた時のお師匠様を魔術で複製しようとしても、出来上がるのは死体だけ。どんな物でも複製できる僕にも生体は複製できない。何度やっても結果は変わらない。わかっていても、僕はこれを止められないのです」
そう、そこに転がっている死体こそが、コウの主人にして賢者と呼ばれる伝説の魔術師、真道 魔歩。
こういう時、どう声をかければいいのかツバキにはわからなかった。
「お師匠様が殺された後、僕の中の歯車は半分が動きを止めました。もう半分は復讐のために歪な動きを続け、気がついたら、魔女狩りの組織を皆殺しにしていました。1人殺すたびに身体の歯車は鈍い音を立て、悲鳴を上げました。そして全員を殺した時、もう半分の歯車が動きを止めました。その日からずっと僕は蘇りもしないお師匠様を複製し、当たり前の現実から目を背けているのです」
ツバキはいつもコウの背中に護られてきた。
その背中は見ると安心し、とても頼り甲斐のあるように思える。
しかし、その背中は見た目以上に小さく、抱えているものは重かった。
とても1人で抱えきれるようなものではない。
そんな、誰よりも小さく、誰よりも強い背中にツバキはいつも護られていたのだ。
(コウの中の時間は止まったままなんだ。大切な家族を殺され、復讐に走るも喪失感を拭えず。死体の山を抱きしめるしかなかった)
そして、ツバキは担任の藤原に言われた言葉を思い出す。
『お前があいつを支えてやってくれないか?』
かける言葉は見つからなかった。
しかしそれでいい。
ツバキはコウの元へ歩み寄り、その小さな背中へと腕を回し、優しく抱きしめた。
コウの中で張り詰めていた糸が「ブツン」と切れる音がする。
ツバキは肩が湿っていく感触を感じた。
(これでコウの止まったままの時間が動き始めるわけでもない。これからもコウは死体を作り続けるだろう。だけど、せめてこの小さな背中を支える事ができれば……)
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コウが目を覚ますといつもの部屋ではなかったが、見慣れた部屋ではあった。
(あれ、ここは森で迷った人を泊める用の寝室……どうして僕がここに)
恐らく朝なのだろうが、視界に入るもの全てが白黒でよくわからない。
いつの間にか擬人化が解けて猫の姿に戻ったようだ
コウはベッドから出ようとする。
しかし、身体が上手く動かなかった。
(なんかデジャヴ)
振り向くと、コウはツバキに抱き抱えられたまま寝ていた。
コウは昨日の記憶を思い出そうとする。
(まず、地下室でツバキさんと話したところまでは覚えている。そしてその後の記憶がないから、その場で眠ってしまったのか。その際、擬人化が解けてツバキさんがこの部屋まで運んだって事かな)
しかし、この状況はコウにとってとても悪い状況だった。
(前回は水野さんが入ってきて助けてくれたからなんとかなったけど、今は自分の家。しかもこの部屋は中の人が許可しないと鍵が開かないように魔術がかけられている。レムさんかマヒトさんが入ってきて助けてくれる可能性はほぼゼロに等しい)
前回は下手に逃げ出そうとして、余計にホールドを強めてしまったので、今回はなるべく動かずツバキが自然と起きるのを待った。
(擬人化すればツバキさんの拘束から抜けられるのだろうけど、今日はまだ擬人化が使えない)
擬人化は1日に12時間しか使えず、普段コウは日中に擬人化し、夜は猫の姿で過ごすようにしている。
しかし、昨夜コウはツバキと話す際に擬人化したため、擬人化までのインターバルが延びてしまったのだ。
2時間が経過する。
(起きない! )
コウは掛け時計で時間を確認した。
針は9時半を示している。
(今日が土曜日で助かったー。だけどこれはまずい。ツバキさん思ったより寝起き悪いぞ)
そしてコウは最終手段に出た。
(〈物質の複製〉)
ツバキの耳元に目覚まし時計が生成された。
その目覚まし時計はジリリリリリとアラームを鳴らす。
耳元で鳴らされるアラームは強烈なのだろう。ツバキは飛び起き
「なにごと⁉︎ 」
その際にコウのホールドを強めてしまった。
(結局こうなるのか……)
コウはツバキの腕の中で必死にもがいた。
しかしツバキはアラームを止めることを優先する。
(ちょ、どうして僕を絞め続けたままアラーム止めるんですか! )
アラームを止めたツバキがようやくコウに気づく。
「ごめんなさいコウ! またやってしまったわ」
あわててツバキはコウを放す。
(はふぅ、生きてる。僕生きてる! )
コウは大きく深呼吸する。
その時、ドアがノックされた。
ツバキが「どうぞ」と言うと、解鍵されドアが開けられる。
そこにはレムが立っていた。
「朝食の準備が整いました」
「ありがとうございます。すぐに向かいます」
床で深呼吸をしているコウに気がつく。
「コウ様こちらにいらしたのですね。コウ様も何か食べますか? 」
「にゃー」
「さすがにシ◯アはネットで注文しないと購入できませんね。複製していただけるのなら別ですが」
コウは少し俯き、落ち込む。
「え⁉︎ 猫の状態のコウの言葉が分かるんですか? 」
「はい、猫語は少々難解でしたが、覚えてしまえば意外と聞き取れますよ」
そしてコウは部屋を出ようとする。
「どちらに行かれるのですか? 」
「にゃー」
すると、レムがコウを抱き上げる。
「シャワーでしたら、私がお手伝いします」
コウは首を全力で横に振った。
「ダメです。前に1人で入って溺れかけていたじゃないですか。猫の姿の時は私が洗いますから」
それでも続けて首を振るコウ。
「私たちゴーレムは雑用をこなす為に作られた存在です。特に私はコウ様のお世話をするためにマホ様に作られました」
この屋敷は猫のコウでも生活できるように、あらゆる設備が自動化されている。
念じるだけでシャワーからお湯が出るため、擬人化しなくともシャワーを浴びることができる。
しかし、身体が人間より小さいということは溺れやすいという事である。
遂に観念したのかコウは大人しくなり、レムに抱えられたまま連れて行かれてしまった。
朝食を食べ終え、コウはインターバルが終わったため擬人化し、ツバキを森の外へと案内する事になった。
日が昇った森は夜とは違った雰囲気を放つ。
そんな中ツバキが口を開いた。
「ねぇ、さっきレムさんがゴーレムって言ってたけどどういう事? 」
「レムさんとマヒトさんはお師匠様が錬金術で作った魔道人形なんです。その魔道人形を僕が擬人化させたんです。他にも魔道人形は何人かいるのですが、主にあの2人に屋敷の事を任せています」
コウが説明する中、ツバキは足元を見ながら相槌を打っていた。
「聞いてます? 」
ツバキはふっと顔を上げる。
「あぁ、ごめんなさい。聞いてたわ。ちょっとこの植物が気になって」
見ると、実の部分がパステル調の光を放つ、黄緑色の茎と葉を持つ植物が生えていた。
「ファフト草ですか」
「これって、なんなの? 昨日初めて見たけど」
するとコウはその場でしゃがみ、ファフト草をむしり取った。
「ファフト草は様々なマジックポーションの材料です。ここについている実をすり潰すと、緑色の汁が出ます。その汁が生き物の魔力回復を活性化させてくれます」
するとコウは〈物質の複製〉を詠唱し、スーパーで売っているようなペットボトルの飲料水を精製した。
キャップを開け、水でファフト草を濯いで実を茎から取る。
取った実を1つ食べてみせる。
「柑橘系の味がして美味しいですよ」
そう言ってもう1つ実を取り、ツバキに渡した。
コウから受け取った実を恐る恐る口に入れ、咀嚼する。
するとツバキの顔がパッと明るくなり
「甘酸っぱくてオレンジみたい! 豆粒くらいの大きさしかないのに、噛めば噛むほど果汁がいっぱい溢れてくる! 」
1つの茎に実は10個ほど成っており、コウとツバキはオヤツ感覚で実を食べながら森を歩いていた。
「この森は魔術師の間では黄昏の森と呼ばれ、この付近にしか生息しない生き物や植物が多数生えているんです。ですが、とても危険で迷いやすく、誰も近づこうとしません。たまにうっかり迷子になった人が迷い込んだりするんですけどね」
突然、コウが足を止める。
(この気配はまさか……)
「どうしたの? 」
コウは何も答えなかったが、コウの険しい表情から並ただならぬ事態なのだとツバキは察した。
近くの茂みがガサリと揺れる。
コウがその方向を睨みつける。
刹那、その茂みから黒い影が飛び出る。
その影はツバキに向けて飛びかかろうとするが、その前にコウは動いていた。
その影の横腹辺りに鋭い蹴りを入れ、動きを止めた。
その時、その影の姿がハッキリと見えた。
赤い眼光と鋭い牙が一際目立つその怪物は、鋭く尖った背骨が体の外側に出ている。
そいつは、人間とも犬とも言えぬ容姿をしており、4足で立ち、身体はコウやツバキよりも一回りほど大きい。
明らかにこの地球上では確認されたことのない容姿をしている。
「ガミラか……神話生物が昼間に出るとは」
神話生物は本来、魔術師達が生息する異世界神の財布にのみ存在する生き物。
しかし、コウの住む黄昏の森は神の財布に生態系が非常に似ており、地球で唯一神話生物が生息しているのである。
神話生物は他の生き物よりも獰猛で危険である。夜行性のものが多く。神話生物から採れる素材はマジックアイテムの材料になり、神の財布ではそれなりの値段で取引されている。
そして何より、神話生物の肉は魔力を多く含んでおり美味しく、神の財布では様々な料理の材料としても使われる。
「ガミラの肉って和牛に似た味がして美味しいんですよね…… 」
コウは精神力の刃を4本精製して刃の部分を指で挟み、4本全てを右手で構える。
「ツバキさん、さがっていてください」
ツバキはコウとガミラから距離を取るように離れた。
先に動いたのはコウ。
重心を低くし、一気に間合いを詰める。
ガミラはそれを討ち払わんと爪を振るう。
しかしコウはその攻撃を躱し懐に潜り込み
「〈催眠術〉」
一瞬ガミラは動きを止めたがすぐに反撃を繰り出す。
「やっぱり神話生物は精神力が強いですねー。簡単には落ちてくれない」
右手に持つ4本の精神力の刃を同時に投擲。
全て命中。
ガミラは悲痛の声を上げた。
精神力の刃の精神毒により、身体ではなく心が蝕まれる。
「まだ落ちない。人間なら一本で発狂確定なんですけ……どっ!」
そう言い放ち、ガミラの顎に横蹴り。
ガミラは蝕まれる精神の中意識を振り絞り、反撃の体制を整える。
焦点の合わない視界がゆっくりと覚醒し、コウの姿を捉えた時に思考が止まった。
コウは数十本もの精神力の刃を空中に精製し、その切先をガミラに向けていた。
人差し指と親指で銃の形を作り、その手でガミラに照準を合わせる。
成す術なしと判断したガミラはその場から逃げようとするが、身体が動かない。
見ると、後ろ足が鎖で拘束されていた。
「魔力を吸う鎖で、精神を護る魔力障壁を削り、42本の精神力の刃を放てば、流石のお前でも落ちる! 」
ガミラは恐怖した。
それは明らかな死の予兆。
数秒後にはその42本もの刃から刻み込まれる精神毒に心を犯される。
そんなビジョンが頭を過ぎった時、ガミラの魔力障壁はすんなりと解除された。
「あれ、落ちましたか」
ガミラは〈催眠術〉に心を支配され、その場で意識を失った。
コウは空中に停滞させていた精神力の刃を消した。
錬金術で精製された物は、精製した本人が任意のタイミングで魔力に戻す事ができる。
コウは「はふぅ」とため息をつき、ポケットからケータイ電話を取り出した。
ケータイを使ってレムに電話をかける。
プルルルルというコール音の後、『もしもし』という声が返ってきた。
「あ、レムさんですか? 森の外へ向かってたらガミラが出てきたんで倒しておきました。今日の晩御飯にして欲しいんですけど」
『本当ですか⁉︎ 今日はご馳走ですね。すぐに回収に向かいます』
「森の出口へ道なりに進んでいけばありますので」
そう言ってコウは電話を切った。
ツバキの方へ向き直り
「さて、森から出ましょう」
ツバキはまた、いつもの小さな背中に護られた。
レムとマヒトの名前は5分で考えたような適当な名前です。
ゴーレム→レム
魔道人形→魔人→マヒト
どっちも魔道人形から名前を取りました。




