コウは死ねない
ほぼ直撃。
その小さな球体が生み出した爆発は、人間の命を奪ってもおかしくないほどの威力。
全身が焼かれ、爆風で身体がフワッと浮いたかと思うと、次の瞬間には地面に叩きつけられていた。
コウが着ていた学生服はもはや原型がなく、身体はボロボロで、いたるところから血が出ている。
(右腕と肋骨が折れたかな……)
コウは地に伏したまま動かない。
だが、まだ呼吸はできる。
意識も途切れていない。
さらに、魔力障壁も解けていない。
ミズキは倒れているコウのすぐ側まで近寄る。
「これでも障壁を解除しないとはな」
「あいにく、諦めの悪い性格なんで」
軽口を叩いてはいるが、苦し紛れでしかない。
コウは今、上体を起こすことすらままならないのだ。
ミズキはそんなコウの顔を蹴りつける。
顔全体に走る激痛。
「お前はもう戦える身体ではない。さっさと魔力障壁を解け! 」
だが、それでもなおコウは不敵な笑みを浮かべてみせる。
それがミズキの癇癪に触れ
「この使い魔風情がっ! 」
何度も何度も蹴りつけた。
口や瞼が裂けて出血しても、ミズキは蹴るのを止めない。
だが、コウは悲鳴1つ上げず、ずっと笑みを浮かべていた。
「どうして解かない。お前はもう立つ事も出来ないはずだ。なのになぜ……」
その問いに対して、今にも消え入りそうな声で、だがしっかりとした口調で答えた。
「死ぬのが怖くないからです」
「なに? 」
「あー、ちょっと間違えました。このくらいでは死なないことを知っているから、恐怖を感じたり、心が折れたりしないんですよ」
未だこの状況で笑みを崩さないその姿は不気味を通り越して狂気すら感じさせるだろう。
「どういう意味だ? 」
「僕は、既に何度か死を経験している。これからももっと経験するだろう。9回は死ななければ死ねないんだ。むしろ殺してくれるなら感謝すらする」
「9回……なるほど、そういう事か」
猫は9つ魂を持っているという。
コウは猫のため、人間よりも多く魂を持っている。
それは強さであると同時に、不幸でもある。
死というのは、脳も身体も機能を停止した時に訪れる現象。
当然それには相応の苦痛が伴う。
特に魔術の世界に関わる者はまともな死に方をする方が珍しい。
一生分の苦痛を何度も経験しなければならないのは不幸以外の何者でもないだろう。
それは常人には理解できるようなものではない。
「それに、僕は負けませんから」
「あ? 」
滑稽なものでも見るかのような目でコウを見下ろす。
当然だ、まともに戦えるような状態ではないコウが、未だに勝利を宣言する。
ハッタリとしか思えないのも無理はない。
「あの時、マリさんがいる場所から地雷の位置が見えていた。なら、すぐ近くの僕が見えていないのはおかしいと思いませんか? 」
「どういう意味だ」
地雷を仕掛けられていることを知らなければ、確かに気づかない。
しかし、一度存在を認知してしまえばマリのいた場所からでもわかるほどにあからさまな地雷である。
「地雷の位置を把握していたなら、地雷に恐れて動きを止め、最後の攻撃を避け損なう事なんてなかった。なのに僕が避けなかったのはなぜだと思います? 」
「さっきから何を訳のわからないことを」
コウの扱う魔術、〈物質の複製〉は魔術の込められたものをコピーするには実際に触れてどういった魔術が込められているのか、正確に把握する必要がある。
そしてミズキが使う爆弾は、ミズキの好きなタイミングで魔力を用いて起爆させる事ができる魔力爆弾。
そしてこの2つが意味することは……
「あなたの爆弾をコピーするために、1度直に触れる必要があった。身体に重傷を負うという代償は払いましたが、お陰であなたは油断して僕のすぐ側まで自分から近づいてきた。僕を蹴ったり踏みつけたりしている間に、あなたの脚に爆弾を大量に着けさせてもらいましたよ」
「なっ! 」
ざっと見ただけでも10個。
ミズキのズボンに球体型の爆弾が取り付けられている。
コウの位置からならそれらがよく見えるのだが、ミズキの視点だと恐らくよく見なければ気づかないのだろう。
(灯台下暗しとはこういう事だよ! )
「魔術によって精製された物は、精製した本人が支配権を持ち、自由に操作する事ができる。つまりこの爆弾は僕の意思で爆破させる事ができるという事! 」
「ま、待て! わかってるのか、この位置で起爆したらお前もタダじゃ済まないぞ。お前も死ぬ事になるぞ」
この脅しで攻撃を止めてくれればという淡い期待。
しかしコウはため息をひとつ吐くと、愚問だと言わんばかりに
「これくらいじゃ死ねないと言ったでしょう。なら、魂をひとつ犠牲にしてお前をここで葬ってやる! 」
「やめろおおおおおお‼︎ 」
心からの叫びをコウは無慈悲に嘲笑い。
「バーン」
2人の身体を原型もなく吹き飛ばすかと思われた爆発は実際には起こらず、ミズキの脚に着いたまま沈黙を保っていた。
「……え? 」
思わず目を閉じたミズキもゆっくりと目を開ける。
「今の反応だけで十分です。あれだけ動揺したら魔力障壁は解除されます」
そう言って〈物質の複製〉を解き、爆弾を消した。
見ると、ミズキのズボンには爆弾はひとつも残っていない。
敵の目の前だが御構い無しに傷の治療を始める。
「〈物質の複製〉」
傷ついた細胞や骨を複製し、修復される。傷口は塞がり、骨折もまるで初めから無かったかのように元に戻る。
着ていた服も全てコピーした物なので、1度消して複製しなおせば新品のように元どおりだ。
だが、そんなコウにツバキが叫びかける。
「コウ、油断してはだめっ! 」
そうしてコウはツバキに拮抗状態について説明していない事を思い出す。
「大丈夫ですよツバキさん。彼はもう僕に精神を支配されているので危害は加えられません」
「そうじゃないの! その男は……」
ツバキが続きの言葉を紡ごうとしたが
「死ね、使い魔! 」
コウに向けて投げられた爆弾の爆発音によって遮られ、コウの耳には届かなかった。
治した制服と身体が再びボロボロになる。
見ると、未だコウに敵意を向けているミズキが爆弾を手に構えていた。
「ッ! ……な、どうして」
拮抗状態で先に動揺すれば魔力障壁が解除され、精神が支配される。
ミズキの先ほどの叫びは紛うことなき恐怖のそれ。
表情が本心から出たものか演技なのかコウが見間違えるわけもない。
なら、一体何故……
コウは理性で目の前の状況を必死に理解しようとした。
しかし、理性とは逆に本能は目を逸らして逃げ出したいと叫ぶ。
理性と本能が拮抗する。
必死に目の前の状況を受け止めようとするが、どうしても理解が追いつかず、やがて恐怖、困惑それらの感情がコウの心を支配した。
そしてそれは、コウの魔力障壁を解くのには十分なものだった。
刹那、目眩。
他人の魔力に精神が浸食される感覚。
(まさか、どういう事だ! まだ拮抗状態が続いていたのか! )
浸食されていく精神の中で必死に状況を整理しようとする。
まず、精神干渉系魔術の上級者に精神干渉系魔術をかけると、互いに拮抗状態になり、先に動揺した者の精神が支配される。
この理は違う事はできない。
もしできるとしたら神の財産くらいだ。
しかし魔術痕の探知で確認したところミズキは神の財産ではない。
そしてミズキは拮抗状態で動揺した。
にも関わらず精神が支配されず、拮抗状態も終わっていない。
(だめだ、考えれば考えるほどわからなくなってくる)
「わかるわけないよね。だってコウくんに精神干渉系魔術をかけたのはミズキじゃないんだもん」
マリはいつもと同じ笑顔を浮かべており、その姿は不気味ささえ感じさせた。
「どういう意味ですか」
遂にはお腹を押さえながら笑い出す。
一体何がそこまで可笑しいというのか。
「コウくんに精神干渉系魔術をかけたのは私なんだよ」
一瞬思考が止まる。
しかし、その言葉はコウの見つけ出せなかったパズルのピースとなり、全てを理解するに至った。
まず、マリは魔術が使えないと勝手に誤解していたが、〈魔術痕の探知〉で確認したことは無かった。
さらに、よく考えるとミズキは精神干渉系魔術を使えないことは〈魔術痕の探知〉で確認できていたが、拮抗状態になったため、目の前のいたミズキにかけられたと誤解した。
だが、実際に精神干渉系魔術をかけたのはマリだったので、ミズキがどんなに動揺したところで精神が支配されることはない。
しかしコウが動揺した場合には例外なく支配される。
そう、これは始まった時点でコウに勝ち目の無い戦いだったのだ。
「マリさん、貴方が例の事件の黒幕……」
「そうだよ。あ、それとコウくんの髪の毛を私にちょうだい? 」
髪の毛のDNA〈ダンテの儀式〉で骨に埋め込んで〈処刑人形〉で殺すための要求。
それは即ち、命を要求しているに等しい。
魂が九つあるといえ、全ての魂がなくなるまで殺せばいい。
〈処刑人形〉なら大した手間ではない。
だが、コウは
(逆らえない……逆らおうとするとどうしようもない恐怖と罪悪感が押し寄せてくる。逆に従う事を想像すると、得体の知れないほどの幸福が湧き出る)
既にコウはマリの魔術によって精神を支配されている。
コウは自分の髪の毛を一本抜き取り、マリに渡した。




