脱出してお持ち帰り
デパート内にサイレンが鳴り響く。
サイレンの音からして警察と消防だろう。
(しまった、私はまだ避難できていないから確実に警察から話を聞かれる。上手く話ができる自信はない)
自分の腕の中で眠る黒猫を見やる。
(コウも猫の姿になってしまったし、コウに頼ることもできない。かと言ってありのままを話したところで信じてもらえるわけもない)
ツバキが打開策を考じていると、背後から足音が聞こえる。
最初は警察か消防隊員が入ってきたのかと思ったが、そうではなかった。
ツバキに歩み寄ってきたのは、見た目19歳くらいの女性だった。
上はポンチョを羽織っており、下はデニム生地のショートパンツ。ミドルロングの髪を後ろで結んで、右肩から前に流している。
ポンチョに肉球のマークがあしらわれているのが特徴的だ。
左目に眼帯をしているが、それでもその女性が美人であるということが見てとれる。
眼帯で隠れているところ以外の顔のパーツはほぼ左右対称。
同性のツバキが見とれてしまうほどにその女性は美しかった。
人間離れした容貌とは、こういう事なのだと実感するほどに。
その女性は、ツバキのいる店内に入ると立ち止まり
「〈魔術痕の探知〉」
全てを見通すその魔術を使って、店内を見渡す。
(この人、魔術師! 敵なの? 味方なの? )
やがてその女性はツバキを見やり、口を開く。
「君、怪我はしてない? 」
突然話しかけられた事に戸惑う。
対人恐怖症のツバキにとって、不意打ちとも言える行為に、動悸が速くなるのを感じる。
「は、はい。な、なんとも……ないです」
ツバキのおどおどとした態度を特に気にする様子もなく話を続ける。
「その子も怪我してない? 」
「えっ⁉︎ 」
一瞬誰の事を言っているのかわからなかったが、女性の視線はツバキの腕の中で眠るコウに向いていた。
「少しだけ体内に怪我をしているみたいね」
そう言って女性は距離を詰め、コウに手を触れる。
「〈再生〉」
コウに触れる女性の手から翠色の光を放つ。
その光は優しく包み込むような、不安を消し去ってくれるような、見ているだけで癒されている気分にさせてくれた。
やがて光は消え、そのままコウを優しく撫でている。
「これで怪我の方は大丈夫、目が覚めないのはただの魔力切れだと思うから、一晩寝させて栄養のあるものを食べさせてあげて」
コウを撫でるその姿は愛しいものでも見るような、とても優しい表情をしていた。
肉球マークの服を着るくらいだ、よっぽど猫が好きなのだろう。
「それと、ここに倒れている人は与えられた魔力を封印しておくから安心して」
そうして女性は倒れているトオルの側に近寄ると、ポケットから指輪を取り出し、右手の人差し指にはめる。
そして右手の人差し指を空中に文字を描くように動かすと、なんと空中に文字が浮かび上がったのだ。
まるで絵画でも描くかのような滑らかな指使い。
女性がそのまま文字を書き続け、呪文を詠唱する。
「〈概念印〉」
その文字がトオルの首筋あたりに刻み込み、やがてその文字は見えなくなる。
「これでもう魔術を使う事は出来ないはず。肩の怪我は……大した事ないみたいだし、病院で治してもらえるでしょう」
女性が再びツバキに振り向く。
「もうすぐ警察がくるから、これを使って逃げなさい。〈世界錬成〉」
すると、女性の左側に門のようなものが現れる。
その門は1人でに開く。
「この門をくぐるとデパートの外に出られる。警察たちが来る前に急いだ方がいいわ」
ツバキは女性にお辞儀をする。
「ありがとうございます。えっと……あなたは? 」
女性は「ふふっ」と笑って
「次に会えたら教えてあげる」
ツバキは女性を残し、門をくぐった。
そこには先ほどまでのデパートとは違う景色が広がっていた。
人が2人通れるかどうかの広さで、左右は建物に挟まれている。
どうやら路地裏のようだ。
すぐにスマホで位置情報を確認する。
デパートからはあまり離れていないようだ。
そしてすぐに執事の水野に電話をかけた。
水野は3コール以内に出て、「もしもし」と声が返ってきた。
ツバキは先ほど確認した位置情報を伝え、迎えに来てもらう事にした。
20分後に水野の運転する車がツバキを迎えに来る。
いつもなら水野がドアを開けてから乗るのだが、それを待たずしてツバキは自分でドアを開け、乗り込んだ。
車に乗ると水野はコウを見て問うた。
「お嬢様、そちらの猫は……」
「コウよ」
予めコウが猫だという事を聞いていたため、その一言で納得する。
「なぜ真道様が? 」
その質問にツバキはデパートで起こった事を全て話す。
「そんな事が! お怪我はありませんでしたか? 」
「えぇ、大丈夫よ。コウが護ってくれたから」
「そうですか、それで真道様をこれからどのように? 」
「魔力が切れたら一晩目が覚めないらしいわ。コウの家の場所もわからないし家につれてかえろうと思う。屋敷のみんなには魔術の事とかコウが人間の姿になれる事は秘密よ? 」
「かしこまりました」
水野は返事をし、アクセルを踏んだ。
そのまま車を走らせる事15分ほど、ツバキの住む屋敷へと到着した。
玄関の扉を開けると
「お帰りなさいませ」
黒いドレスにエプロンを着た女性達が2名、玄関で出迎えていた。
この2人はツバキの家で雇われている使用人である。
入り口で靴を脱ぎ、スリッパを履く。
その間に使用人の1人がコウを見て疑問を口にした。
「お嬢様、そちらの猫は……」
「今日一晩泊めることにした。お母様にも伝えておいて」
「か、かしこまりました」
使用人達がお辞儀をする。
そのままツバキは二階の自室へとそそくさと向かって行った。
「泊めるって、まるで猫をクラスメイトのように言ってましたね」
「とにかく、さっきの伝言を奥様にお伝えしなくては」
ツバキは自室に入ると、コウをベッドの上に置き、カバンを降ろした。
「ふぅ、やっと落ち着ける」
普段から話している人に対しては対人恐怖症の発作は出ないが、もともとツバキは人と話すのが苦手なので、自室に戻るまではいつも身体に力が入ったままなのである。
「この部屋には他に誰もいないし、今はコウと2人だけ……」
そこでツバキは気づく。
(今私はクラスの男子を部屋に入れている! しかも2人っきり。だだだ大丈夫よ、今は猫の姿だし、これはコウの家がわからないから仕方なくで、決してやましいことなんて何もない……はず……)
何故か変に意識をしてしまい、いつもリラックスしている空間にいるはずなのに、心臓の鼓動は煩く、まったく気が休まらない。
そこで、昨日コウに出会ったときのことを思い出す。
(コウ……私のことを助けてくれたのよね)
コウにお姫様抱っこをされた時のことが脳裏をよぎる。
そして今日も
(あんなに傷だらけになりながら私のことを護ってくれた……)
そんな姿をツバキはかっこいいと思ってしまい、心の底から感謝までした。
ツバキからしたら一年ほど前からコウのことを知っていたが、コウからしたら、昨日初めて会ったばかりだ。
そんな人間を身体を張って護るような道理がない。
(なのにコウは……)
「はぁ、考えてもだめね」
コウのように感情を読み取るのが得意ではないツバキは、考えるのをやめ、夕食を取ることにした。
やっと出したかったキャラ出せた(予定より早めた)




