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EPISODE 1-11【蠢く陰謀など】

ミクスタッド宮殿の執務室、ストレンジプレデター本部、そして地下の「クロノギア」の拠点――時間と世界の均衡を左右する動きが、それぞれの場所で静かに、しかし確実に加速し始めていた。ジョンアイデルは水晶スクリーンに映し出された各界域の異常信号を見つめ、低く重い声で続ける。

「ストレンジプレデターだけではない。ボーダーコンツェルンのユーカリが裏で糸を引いている以上、今回の一連の強奪行為は単なる力試しではない。ゲートの完成とコードの収集、そして歯車の目覚め――すべてが一つの大きな計画に繋がっている」補佐官が端末を操作し、新たなデータを表示する。

「複数の界域の電子情報網(インターネットワーク)に侵入した痕跡から、彼らが『力の引き出し方』を探っていることが読み取れます。単体のコードではなく、複数を共鳴させる条件を実験しているようです」一方、ストレンジプレデター本部では、全AIが稼働したゲート作成装置が低い振動を発しながら調整を続けていた。ユーカリはその様子を眺め、カトレアに指示を出す。

「エネルギー効率を50%まで引き上げるまで待つこと。同時に、改造体たちを待機させておきなさい。ゲートが安定すれば、最初の試験的な移動として、クロノギアの周辺に監視部隊を送り込む」カトレアは無表情に応じる。

「了解しました。レイトキの共鳴反応パターンも常時監視しています。彼が力を使うたび、歯車とコードの双方が呼応している様子が数値に表れています」そして地下の「クロノギア」では、営業初日を翌日に控えた準備が進められていた。レイトキは胸元に手を当て、体内に宿る金と銀のクロノコードの微かな鼓動を感じ取りながら、仲間たちに告げる。

「何かが動き出しているのを感じる。俺たちが店を開くことで、自然と敵の目にもつきやすくなるだろう。だが、それは同時に相手の動きを読み取るチャンスでもある」久美子は受付カウンターに看板を立てながら頷く。

「表向きは普通の何でも屋でも、俺たちの本当の役割はこの世界の均衡を守ること。どんな依頼が来ても、どんな陰謀が迫ってきても、歯車のように正確に、力強く対応していくしかないわ」リジェが壁に掲げられた「クロノギア」のロゴを見上げ、静かに言葉を加える。

「蠢く陰謀が俺たちを狙っているのなら、俺たち自身がその流れを読み解き、正しい方向へ導く歯車になればいい。さあ、最初の一日に備えよう」静かな夜の中、三つの勢力の思惑が交錯し、明日から始まる新たな日々が、単なる便利屋の営業ではなく、世界の命運を懸けた戦いの始まりであることを、誰もがまだ完全には知らないまま――時計の針は次の運命の瞬間へと進み続けていた。レイトキは再びまぶたを閉じ、意識が深い眠りの底へと沈んでいくと、すぐに同じ感触が戻ってきた。

夢の中

最初に浮かぶのは、あの冷たい実験室の光景だ。金属の台、青白い照明、そして遠くから響く無機質な声が、まるで録音されたかのように繰り返される。

「お前は歯車……ただそれだけの存在だ。他に何の意味もない……」だが次の瞬間、光景はふわりと溶け去り、またしても何もない空白の空間へと切り替わった。上下も左右もなく、時間の流れさえ曖昧な無の中に、レイトキは立っている。目の前には、先ほどと同じ姿の亜人が静かに佇んでいた。羊の頭に角が曲がり、体はきちんとしたスーツに包まれ、背中からは黒いカラスの羽根がゆっくりとはためき、腰元からは蛇の尻尾がうねりながら宙を這っている。今度はその存在が、よりはっきりと、力強く声を響かせてくる。低くて重みのある音が、直接レイトキの心に届くように響く。

「見つけるんじゃ……早く……私を。契約の歯車である、このワシをな」レイトキははっと息を呑み、目を凝らす。

「契約の歯車……お前が、あの歯車そのものなのか?」声は応えるように続ける。

「そうだ。お前の中にある可能性、そしてこの世界の均衡を結びつける鍵。だがワシは長く封印され、形を曖昧にされている。お前がJOKERとして目覚め、自身の道を定めることで初めて、ワシの姿も真の力も明らかになるのだ」羊の瞳がまっすぐにレイトキを捉え、蛇の尻尾が空間に細い光の筋を描く。

「ユーカリもストレンジプレデターも、歯車の力だけを欲しがっている。だが彼らには契約の意味がわからない。意志と意志を結び、約束を力に変える――それがこの歯車の本質。お前自身がその器であり、その相手でもあるのだ」レイトキは胸元に感じる金と銀のクロノコードの鼓動が、この存在の言葉に合わせて強く脈打つのをはっきりと感じ取った。

「俺がお前を見つけ、契約を結べば……世界の流れを正しく導けるのか?」

「その答えは、お前自身が歩きながら探すがいい」亜人の姿が少しずつ淡くなり、声も遠ざかり始める。

「だが急げ。陰謀はすでに周囲を囲み、他の歯車たちも静かに目覚め始めている。ワシを見つけ、真の意味を理解するまで、お前はまだただの器に過ぎないのだからな……」最後の言葉が消えると同時に、レイトキの意識は再び浮上し、暗い部屋の空気の中へと引き戻されていった。ストレンジプレデター本部の制御室。壁一面のモニターには、次元ゲート作成機の稼働数値が青い線となって表示されていた。マズミは画面に映る数値の伸びが止まったグラフを睨み、苛立ちを抑えるように低い声で呟く。

「次元ゲート作成機の出力が、あれからまったく伸びないままか……」フィーアが隣の端末を操作し、補足データを呼び出す。

「エネルギー供給量を最大にしても、安定度が65%を超えると直ちに反発干渉が発生します。構造上の限界ではなく、根本的な力の核が不足していると解析結果が出ています」ユーカリはその場に佇み、指先で唇をなぞりながら、余裕のないわけでもないが明らかに興味を失ったような口調で続ける。

「やはり歯車が必要だ、ということね。クロノコードだけでは次元の壁を恒久的に開き続けるだけの『軸』にはなれない。力を支え、方向を定め、安定させる役割を持つ歯車がなければ、ゲートはいつまでも不安定なままで、大きな力を通すことなどできない」カトレアが無表情にデータを重ねる。

「計算上、『契約の歯車』一つでも入手できれば、出力効率は現在の3倍以上に跳ね上がり、神域への接近経路さえ計算可能になります。逆に言えば、それがない限り、いくらAIを動かしコードを集めても、これ以上の進展は見込めません」マズミはテーブルを拳で軽く叩き、決意を込めて言う。

「だが歯車の器はレイトキの周りに自然と集まる、とユーカリは言っていたな。ならばこちらは焦らず、クロノギアの動きを監視し続けるしかない。奴らが歯車に近づけば、必然的に私たちにもチャンスが巡ってくる」

ユーカリは薄く笑みを浮かべ、画面の向こう側にいるレイトキを見透かすように瞳を細める。

「そうよ。今はただ待つだけでいい。彼が夢で何を告げられ、何を選ぶのか……それこそが、これからのゲームのルールを決めるのだから」ユーカリは制御盤の上に指を滑らせ、モニターに映る各界域の地図をなぞりながら、はっきりと自分の読みを告げる。

「私の見立てで言えば、最終的にすべての歯車はミクスタッド皇国へと集まる運命にあるわ」マズミとフィーアが視線を向ける中、彼女は続けて状況の難しさを説明する。

「だけど今、この次元ゲート装置や集めたコードを丸ごと皇国内へ移動させようものなら、ジョンアイデル皇帝をはじめとする守護勢力がすぐさま感知し、力ずくで壊しにかかってくるのは目に見えている」少し口調を変え、計画の全貌に触れるように付け加える。

「それだけじゃない。私が真に目指す、ビヨンダードへの道を完全に開く鍵を作動させるためには、歯車だけでなく、コードの制御系、ゲートの安定機構、そしてJOKERとしてそして歯車としてのレイトキ自身の力も全部揃っていなければならない」カトレアがデータ画面を切り替え、数値的な裏付けを示す。

「解析上、ミクスタッドはこの世界の法則の中心点に位置しています。歯車の共鳴が最も強まる場所である一方、皇国の結界は外部からの干渉を強く弾き返す設計になっています。正面から侵入するのは事実上不可能です」ユーカリは余裕の笑みを浮かべながら締めくくる。

「だからこそ、焦らずに流れに任せるのが一番。レイトキが自然に歯車を引き寄せ、皇国とも関わりを持つようになれば、私たちは彼を『道案内』に使って、安全に目的の場所へたどり着ける。敵も鍵も、全部が必要な駒なのよ」マズミは指で机を強く叩き、実行的な方針をはっきりと打ち出す。

「だったらこうしよう。各幹部に命じて、歯車に関する断片的なデータや過去の記録を徹底的に集めさせる。伝承、研究書、次元の変動記録――手に入る情報は何でもかき集めるんだ」端末を自分の前に引き寄せ、操作しながら続ける。

「集まったデータを解析し、疑似的な共鳴経路を作り出す元として活用する。器そのものには確かに特別な意味と力があるのはわかっているが、今の段階では悠長に手段を選んで待っていられる状況じゃない」フィーアがすぐに応じ、手元の指令リストを確認する。

「了解しました。各方面の捜索班と情報網に連絡を入れ、優先度を最高に設定します。データの断片でも積み重ねれば、歯車の位置や性質を絞り込む手がかりになります」ユーカリはその案を聞いて、特に反対もせず唇の端を少し上げる。

「悪くないわ。データを積むだけで真の力は引き出せないけれど、状況を読むための地図にはなる。急ぐなら、それも一つの方法ね」マズミはさらに言葉を強め、結論を下す。

「手段を選んでいる余裕などない。表ではクロノギアの動きを監視しつつ、裏では情報網を拡大し、少しでも有利な材料を揃えていく。これが今の我々にできる最善の行動だ」指令室の端末が次々と起動し、歯車を巡る情報戦が、静かに本格的な段階へと進み始めた。指令室の奥から、重みのある気配が次々と流れ込んでくる。

ズィーベン、アハト、ゼクス、ドライ、フュンフ――ストレンジプレデターが長い年月をかけて作り上げ、完成させた「正規実験体」の精鋭たちが、整然と並ぶように集結していた。彼らは外見こそ普通の人間と変わらないが、瞳の奥には改造によって得られた力の証である冷たい光が宿り、周囲の空気をわずかに圧するような存在感を放っている。その中で、落ち着いた雰囲気を持つドライが一歩前に出て、低くはっきりとした声で口を開く。

「ずいぶんと大胆な方針を打ち出すものですね。データをかき集め、手段を問わずに動くというのは……そこまで急ぐ必要があるのですか?」彼の視線はマズミだけでなく、隣に立つユーカリにも向けられている。

「我々実験体は、力を扱う上で『無理な干渉は必ず反動を呼ぶ』ことを身をもって知っています。不完全なデータを元に歯車やコードに近づけば、共鳴の暴走や次元の歪みが生まれ、最悪の場合、我々自身の存在まで不安定になりかねません」隣にいるフュンフも静かに頷き、補足するように続ける。

「ドライの言う通りです。器の意味や契約の本質を理解しないまま、表面的な情報だけで進めるのは、穴の開いた地図で未知の道を歩くようなもの。時間を稼いで基礎を固める方が、長い目で見れば損失が少ないはずです」ゼクスは腕を組み、機械的な調子で意見を重ねる。

「計算上、急げば成功率は18%まで低下する。リスクが報酬を上回る判断は合理的ではない」ズィーベンとアハトは口を開かないままだが、その表情からは、同じく慎重論に傾いていることが読み取れた。マズミは彼らの疑問を受け止め、眉間に少ししわを寄せながら答える。

「その危険性は私も承知している。だが状況は刻一刻と変わっている。ミクスタッド皇国も動き始め、ビヨンダードの気配も濃くなりつつある。悠長に待っていれば、いずれ先手を取られ、すべての可能性を失う恐れがあるのだ」ユーカリはそんな議論を眺めながら、いつもの余裕の笑みを浮かべ、一言だけ加える。

「急ぐことと、無謀に走ることは別物よ。幹部たちの仕事は『地図を広げる』だけ。道を選ぶのは、最後までこの私たちが決めればいい。彼らの意見も、リスクを抑えるための参考にするわ」こうして指令室には、慎重派と実行派の思惑が交錯しながらも、次の行動へ向けた準備が進められていくのだった。ユーカリは議論の流れを軽くまとめるように、にっこりと笑みを浮かべながらはっきりと切り出す。

「そうね、技術も情報も人員も揃えたところで、資金だって必要になるものよ」指先で机の端を軽く叩き、現実的な側面を指摘する。

「次元ゲートの維持エネルギー、データ収集のための界域間通信網、改造体の調整や消耗部品の交換、さらには情報提供者への対価まで――何をするにも膨大な資源と費用がかかるの。ボーダーコンツェルンの裏口から融通できる額にも限界があるわ」

ドライが少し眉を動かし、問い返す。

「では、新たな資金源を探すということですか?」

「ええ、そういうこと」ユーカリは頷き、瞳に計算高い光を宿らせる。「この世界には、表に出ない大金の流れや、古い遺跡に眠る未登録の資源、あるいは力を欲しがる連中が隠し持っている財産など、探せばいくらでも転がっている。クロノギアが表で依頼を受けて動くのなら、こちらも裏でそれに合わせて動けばいい」

フュンフが続けて確認する。

「つまり、情報収集と並行して、利益になりそうな案件や資源拠点も洗い出し、必要に応じて確保する――そういう方針ですね?」

「正解よ」ユーカリは余裕の態度で答える。

「歯車もコードも金も、すべてが計画を回すための潤滑油に過ぎない。不足するものは補い、流れを作り出す。それが長期戦を制する基本だからね」こうして、情報戦だけでなく資金面での手も打つことが決まり、ストレンジプレデターとユーカリの勢力は、より多角的に動き始めることになった。低く響く陽気な声が指令室に滑り込むように響き、空間の一部がゆっくりと歪む。

「金も潤滑油かぁ~、流石、よく分かってらっしゃるねぇー」そう言いながら現れたのは、つるりとしたはげ頭に、鮮やかな赤いスーツをぴったりと着込んだ男だ。指には大きな宝石の指輪を幾つも光らせ、口元にはいつも何か企んでいるようなにやけた笑みを浮かべている。マズミはその姿を見ると、少し頭を痛めるように眉を寄せ、隣のフィーアに向けてぼやくように言う。

「……クラックスか。私達と同じく大幹部の一人として実力は確かなんだが、とにかくクセが強くて手を焼くんだよね」クラックスは軽やかな足取りで中央に進み出ると、指を鳴らして周囲を見回す。

「あーあ、そんなに悪く言わなくてもいいじゃないか。金のことなら、このクラックスに任せておけば間違いないぜ? どんなに固く閉ざされた蔵でも、どんなに複雑に隠された資源でも、儂の鼻は一発で嗅ぎ当てるんだからな」ユーカリは手を口元に当ててくすりと笑い、彼の性分をよく知っているように言う。

「丁度いいところに来たわ。今後は情報だけでなく、資金源の確保も重要な課題になる。その役回り、あなたに任せても大丈夫かしら?」クラックスは胸を張り、指で自分の頭を軽く叩く。

「お任せあれ! 表の商売、裏の取引、遺跡の埋蔵品、界域をまたいだ密輸ルートまで――俺の手にかかれば、必要な額なんてあっという間に用意できる。ただし……成功報酬はそれなりに弾んでもらわないとね?」その言葉に、ドライやフュンフたちは無言で顔を見合わせる。実力はあるが、欲深く勝手な行動を取りがちなこの幹部が加わることで、計画に新たな波乱が生まれる可能性を、誰もが予感していた。リュウゼツランは落ち着いた口調で、はっきりと指示を下す。

「資金や資材の確保は、クラックスに任せる」その言葉を受けると、クラックスは顔を輝かせ、胸を張って力強く応じる。

「さすがはボスですね! この分野では右に出る者はいないと自負してますから、どうぞ安心してお任せください!」指にはめた宝石の指輪をきらりと光らせ、にやりと自信に満ちた笑みを浮かべる。

「必要な額も必要な品も、表の取引から裏のルートまで、ありとあらゆる手段を使って調達してみせます。計画に支障が出るような不足は絶対に起こさせませんよ」リュウゼツランは無表情のまま頷き、最後に短く念を押す。

「成果で示せ。だが、余計な波風は立てるな」

「心得てますとも!」クラックスは手を打つように応え、早速次の行動へ向けて気持ちを切り替える様子を見せた。リュウゼツランは静かに一同を見渡し、はっきりとした口調で次の指示を告げる。

「資金調達だけでは足りん。正規実験体であるツヴァイ、ドライ、フィーア、フュンフ、ズィーベン、ゼクス、アハトも、これから本格的に動かす」彼の言葉が響くと、名前を挙げられた七人がそれぞれ一歩前に出て、緊張感を持って応じる体勢を取る。

「次元ゲートの監視強化、各界域に散らばる歯車の痕跡調査、そしてクロノギア――レイトキたちの動向の把握まで、役割を分担して進めろ。お前たちは長い年月をかけて完成させた組織の要だ。力だけでなく、法則干渉や情報解析の能力も存分に活かせ」ドライが代表して一礼し、落ち着いた声で答える。

「了解いたしました。それぞれの担当範囲を定め、無駄なく効率的に情報と状況を集めます」ゼクスも淡々と続ける。

「異常な共鳴反応や、ビヨンダード由来の干渉波も検知対象に加えます。危険度に応じて即時報告する体制を整えます」リュウゼツランは頷き、最後に重みを込めて念を押す。

「忘れるな。力を振るうのは、目的を達成するための手段に過ぎない。無闇に戦いを起こすな。まずは『見ること、知ること』を最優先に行動せよ」七人は揃って応答し、すぐにそれぞれの端末や通信系統へと手を伸ばし、指令に基づいた作業を開始する。指令室の空気は一気に緊迫し、ストレンジプレデターの全戦力が、水面下で静かに、しかし確実に動き出したのだった。一方、クロノギアの店内。朝の光がカーテン越しに柔らかく差し込む中、レイトキたちは壁に映し出した情報画面を囲んでいた。リジェが解析結果を指し示しながら、低い声でつぶやく。

「ストレンジプレデター……動きが不気味すぎるな」レイトキは腕を組み、画面に並ぶ各地の微弱な反応データを見つめる。

「表面的な活動はまだ目立たないが、情報網の痕跡、エネルギーの流れ、資金の動き――どれもこれまでより明らかに広く、深く伸びている」

久美子が端末を操作し、補足する。

「それだけじゃない。次元の歪みを計測すると、彼らの拠点付近で未知の周波数が常に発生しているの。ゲート関連の実験を続けているのは間違いないわ」斗愛が身構えるように肩を回す。

「幹部たちだけでなく、改造体の連中も各地に散らばり始めているって情報も入ってきた。これ、何か大きな準備を進めている証拠だよな」レイトキは胸元に手を当て、金と銀のクロノコードが微かに警戒の脈動を伝えてくるのを感じ取る。夢で見た「契約の歯車」の姿、告げられた言葉が頭をよぎる。

「動きが不気味なのは、彼らが『焦っている』のか、それとも『確信を持って待っている』のか――どちらかだ。いずれにしても、俺たちがクロノギアを開いたことで、向こうも本格的に手を広げ始めたのは間違いない」アルカはSNSの管理画面を見ながら、少し不安そうに言う。

「依頼の受付は始めたばかりだけど、こんな状況の中で普通に仕事をこなせるのかな?」レイトキは顔を上げ、仲間たちを見渡してはっきりと告げる。

「普通の顔で活動を続けることこそ、今は一番の盾であり、目になる。表の依頼を通じて街の異変を探り、裏では彼らの狙いを読み解く。これからが本当の始まりだ」店内には緊張感が漂いながらも、皆それぞれの持ち場につき、開店の準備と警戒体制を同時に整え始めるのだった。レイトキはカウンターに肘をつき、壁のモニターに映る周辺の監視データを見つめながら、はっきりとした口調で言う。

「これだけ手を広げて動き始めている以上、いずれ何かしらの接触はあるかもしれないな」指で画面上の反応点をなぞり、続ける。

「直接的な襲撃とは限らない。情報を探りに来る者、試すような依頼を仕掛けてくる者、あるいは別の勢力を装って近づいてくる可能性もある。向こうも俺たちの力と目的を測りたいはずだからな」リジェが頷き、警戒を強めるように応じる。

「だとすれば、表の仕事の中にこそ罠や探りが紛れ込んでくることになる。依頼内容や依頼人の素性は、いつも以上に慎重に確認する必要がある」レイトキは胸元に手を添え、金銀のクロノコードの静かな鼓動を感じながら、確信を込めて言葉を続ける。

「だが恐れる必要はない。接触があるということは、向こうの狙いや弱点も少しずつ見えてくるチャンスでもある。俺たちはただ待つだけでなく、来るものをしっかり見極め、対応できる体制を整えておくだけだ」

仲間たちもその言葉に応じ、それぞれの役割を再確認しながら、開店初日の営業と同時に始まるかもしれない最初の試練に備えるのだった。店の外から、次第に大きくなる騒ぎ声がクロノギアの中まで響いてくる。

「大変だ〜! 街のあちこちでコンピュータウイルスが実体化して出てきてるぞ!」慌てふためく住民の叫び、機械類が異音を発する音、道路の信号や店の看板が不規則に点滅したり、時には物理的に歪んで動き出すような不穏な気配が、外の空気を一気に緊迫させていく。レイトキたちは顔を見合わせ、すぐに窓や監視モニターへと視線を向ける。画面には、電子機器の中から黒い靄のような塊が這い出し、棘のような突起や回路のような模様を持つ不定形の存在へと姿を変え、周囲のエネルギーを吸い取るかのように蠢く様子が映し出されていた。

「実体化したウイルス……普通のプログラムの暴走じゃない」リジェが端末を操作しながら声を上げる。

「次元干渉の波動が混ざっている。ストレンジプレデターか、あるいはユーカリ側が送り込んできたものだ」レイトキはすぐに立ち上がり、はっきりと指示を出す。

「行くぞ。これが最初の接触かもしれない。斗愛、久美子は住民の避難と安全確保を。リジェ、アルカは解析と抑え込むためのフィールド展開を。俺は先に現場へ向かう」胸元の金と銀のクロノコードが、外部の異常な周波数に呼応して強く脈打ち始める。街の混乱の中、クロノギアとしての最初の実戦的な依頼――いや、試練が、突然幕を開けたのだった。通りに飛び出すと、目の前に広がる光景に一同は息を呑む。


実体化したウイルスは、まるで想像上の生き物や機械が融合したような姿を次々と現していた。

重厚な装甲を持ち砲口を向ける戦車型、細長い耳と足を持ち電子回路の模様が走るウサギ型、節々にケーブルや基盤が露出したエビ型――形は多種多様だ。


だがどの個体も、輪郭がぼやけたり、一部が画面の乱れのようなノイズに置き換わったりして、不安定に揺らめいている。まるでこの世界の座標に完全に定着できていないかのようだ。


レイトキはその気配を肌で感じ取り、瞳を鋭くして低くはっきりと告げる。


「ビヨンダードの者と同じ気配だ」


リジェがすぐにスキャンデータを確認し、頷く。


「間違いない。次元の境界を越えて漏れ出すような特異な波動――通常のウイルスやプログラムでは決して出せない周波数だ。これは紛れもなく、彼らがゲート実験とコード解析を進めた副産物、あるいは意図的に送り込んできたものだ」久美子が周囲の住民を誘導しながら警戒を強める。

「ノイズがかかっているのは、この世界の法則に馴染めていない証拠。だがその不安定さが逆に、普通の攻撃や電磁波では簡単に消せない理由にもなっているわ」斗愛が構えを取り、拳を鳴らす。

「つまりこれが、向こうが送り込んできた最初の『試金石』ってわけか? ボクたちの力がどれほどのものか、見極めようとしてるんだな」レイトキは胸元の金銀のクロノコードが、ビヨンダードの気配に反応して熱を帯びるのを感じ、仲間たちに指示を送る。

「だとしたら応えてやるだけだ。形は何であれ、根源は同じ歪み。コードの力でそのノイズを正し、元の情報の流れに戻す。行くぞ、クロノギア!」久美子は即座に力を解き放ち、体の背後から光の筋で編まれた無数の腕を展開する。それぞれの先端には斬撃や衝撃を宿らせ、戦車型、ウサギ型、エビ型のウイルスめがけて一斉に打ち込む。

だが次の瞬間――攻撃はウイルスの体をまるで霧や映像のようにすり抜け、地面や壁に空しい跡を残すだけで、本体には何の損傷も与えられない。久美子は構えを解き、冷静に状況を読み取りながらため息交じりに呟く。

「やはりね」ノイズの走る輪郭がさらに揺らめき、すり抜けた衝撃波が空気を歪ませるのを見て、彼女は理由をはっきりと口にする。

「物理的な力や通常のエネルギーでは届かない。彼らはこの世界の実体として固定されていない、次元の境界上に浮かんだ存在だから――普通の攻撃は『別の層』を通り過ぎてしまうのよ」リジェがスキャン結果を表示しながら追認する。

「波動の重なりが二つに分かれている。表面はこちらの世界に映る姿だが、本体はビヨンダード側の座標に根を張っている。だから力を加えても、映し出された像を叩いているようなものになる」久美子は多腕を収め、代わりに手のひらに調和の波動を集め直す。

「力任せではだめ。次元の層を同調させ、本体が存在する座標へ攻撃を届かせる必要がある。それにはクロノコードの周波数を合わせるのが一番近道だわ」レイトキは胸元の鼓動を感じ取り、頷いて次の一手を決める。

「俺がコードの波動を開放する。それを合図に、皆で周波数を同調させていく。像ではなく、本体そのものを捉えるぞ!」戦車型ウイルス――キャノピーラの装甲の隙間から、青白い光を帯びた砲口がゆっくりと回転し、久美子の方へと照準を定める。

次の瞬間、低い重低音が響き渡り、ノイズの混じった砲弾が一直線に放たれた。

「きゃあーっ!」久美子は急いで防御の腕を展開しようとするが、砲弾は物理的な衝撃だけでなく次元の揺らぎを伴っており、光の腕ごと貫くように直撃する。衝撃波が爆発的に広がり、久美子は勢いよく後方へ吹き飛ばされ、アスファルトの地面を数メートル滑ってようやく止まる。肩や腕には電子回路が焼けたような黒い跡が走り、体の周りにも微弱なノイズがちらついている。

「くっ……! こっちの攻撃はすり抜けるのに、向こうのはしっかり当たるなんて……」彼女は体を起こしながら、歯を食いしばって状況を把握する。リジェがすぐにデータを解析し、声を上げる。

「砲撃にはビヨンダード側からの固定信号が重ねられている! 攻撃する瞬間だけ、こちらの世界の座標に一時的に同調させる仕組みだ。だから防御が間に合わないと、普通の実体と同じようにダメージを受けてしまう!」キャノピーラは再び砲口を向け、次の射撃の準備に入る。周囲のウサギ型やエビ型のウイルスも、それに呼応するようにノイズを強め、徐々に実体を固め始めていく。レイトキは久美子の元へ駆け寄りながら、胸元の金銀のクロノコードを強く意識する。

「同調のタイミングが鍵だ! 向こうが攻撃して座標を固定する瞬間こそ、こちらが反撃を命中させる最大のチャンスになる!」緊迫感が一気に高まる中、彼らは次の一手を探るように、キャノピーラの動きを鋭く見据えるのだった。レイトキは素早く胸元から八枚の緑色の薄い札を取り出すと、指先にクロノコードの微かな光を宿らせ、空中に電子回路のような複雑な模様を描き出す。


模様がきらめいて定着すると、彼は札を手に持って仲間たちに向けてはっきりと指示を飛ばす。


「久美子、皆、これを身体に押し付けろ!」


札をそれぞれに投げ渡しながら、続けて説明する。

「これにはコードの周波数を調整する刻印を施してある。これを使えば、ビヨンダード由来の存在であろうと、こちらの力で直接触れ、干渉することができるようになる」久美子は受け取った札を肩の傷口の近くに押し当てると、緑の光が体を包み込み、ノイズのような違和感がすっと引いていくのを感じた。

「なるほど……次元の層を一時的に合わせる調整器みたいなものね」リジェも札を手首に貼り、端末の数値を確認して頷く。

「波動が完全に同調した。これならすり抜けられることもないし、向こうの攻撃に対しても安定して防御できる」斗愛は拳に札を巻きつけ、力強く握りしめる。

「つまり、これで遠慮なくぶつかっていけるってわけだな!」レイトキ自身も最後の一枚を胸元に当て、金銀のコードの鼓動と緑の光が一体となって輝くのを感じ取る。

「準備はいいな? 今度は俺たちの攻撃が、確実に本体へ届く番だ。行くぞ!」再び砲口を向けるキャノピーラを前に、クロノギアの反撃の時がついに始まった。久美子は手首に貼った緑の札の光を感じながら、再び背後に光の多腕を展開する。今度は攻撃がすり抜けることなく、しっかりとウイルスの実体に食い込む。


「レイくんのおかげで、ちゃんと攻撃が通用するわ!」重みのある打撃が次々と炸裂し、戦車型のキャノピーラをはじめ、周囲のウサギ型やエビ型のウイルスたちはノイズをまき散らしながら崩れ、青白い光の粒へと砕け散っていく。

隣では与太郎が大きな体躯を活かし、緑の札の力で固定されたウイルスの体を両腕で掴み上げる。

「よっしゃあ!」

そのまま力任せにリフトアップすると、別の群れに向かって勢いよく投げつけ、衝突の衝撃で複数をまとめて吹き飛ばす。斗愛は腰の刀を抜き放ち、刃に雷の稲妻を激しく纏わせる。電撃が回路のように走り、一閃するたびにノイズの膜を断ち切り、ウイルスの核を的確に斬り裂いていく。

「ヨッシャー、次々倒せるぞ!」

「これなら全滅まで一気に行ける!」レイトキも札の光を支点にコードの力を広げ、仲間たちの同調状態を維持しながら全体を見渡す。不安定だった戦況が一気に有利に傾き、街に広がる混乱を抑え込む反撃が勢いよく展開されていった。レイトキは仲間たちが次々とウイルスの体を崩していく中、手のひらを前に差し出し、金銀のクロノコードの鼓動をさらに高める。緑の札で次元の壁が繋がった瞬間、崩れかかったウイルスたちの残骸は黒い塊ではなく、無数の光の線と記号の集まり――純粋なデータの姿へと変換されていく。

「この歪んだ情報、元の流れに戻しつつ、解析させてもらう」彼はゆっくりと手を引き寄せるように動かし、光の糸となったウイルスのデータを一つずつ吸い込んでいく。体内のコードがそれらを濾過し、有害なノイズ部分を中和しながら、含まれている元の信号や痕跡だけを分別して蓄えていく。吸収が進むごとに、レイトキの瞳の奥には次元の境界を越えた先の気配、そして送り出した者たちの意図が、断片的ながらも浮かび上がってくる。

「……やはり、単なる暴走ではない。ビヨンダード側から送り込まれた試験的な信号だ。この中に、彼らのゲート実験の周波数の一部が残っている」すべてのウイルスが光に戻り、レイトキの手の中に収まると、街の電子機器も次第に正常な表示と動作を取り戻し、ノイズの混じった不穏な気配はすっかり薄れていった。久美子が息を整えながら近づく。

「吸収したデータから、何か手がかりは掴めそう?」レイトキは頷き、胸元に収めた情報の流れを感じ取りながら答える。

「ああ。これで向こうが何を試そうとしているのか、少しだけ輪郭が見えてきた。次に同じような事態が起きても、対処はさらに早くできるだろう」街の通りに漂っていたノイズの光も、最後の一筋がレイトキの手に吸い込まれると、すっかり消え去った。

信号機や店の看板、家電製品なども正常な明かりと動作を取り戻し、住民たちの安堵のため息があちこちから漏れ始める。ウイルスの姿は完全に掃討され、戦いは終息した。レイトキは周囲を見渡し、胸元に集めたデータの流れを確認しながら、低くはっきりと状況を読み解く。

「ストレンジプレデターの動きが大胆になった結果、ビヨンダード側の歪みがこちらの世界に流れ込んできた、ということか」彼は少し考え込むように続ける。

「しかも……これが一度きりの現象で済むとは思えない。次元ゲートの実験が続く限り、境界の壁は薄くなり続ける。これから先、同じような事態が何度も起こる可能性が高い」リジェが端末の記録を表示し、その見立てを裏付ける。

「解析結果からも、今回の干渉波は『試験的な漏れ』のレベルでしかない。彼らがゲートの出力を上げるたびに、こちら側への歪みやノイズ、実体化現象は頻度も規模も増していくと予測されます」久美子は肩の傷を押さえながら、厳しい表情で頷く。

「つまり、これが最初の一歩に過ぎないってことね。街の安全を守るためにも、ワタシたちが常に警戒を続け、次の事態に備えて体制を整えておかないと」レイトキは仲間たちを見渡し、決意を込めて告げる。

「ああ。向こうが試してくるなら、こちらも対応力を高めていくだけだ。今回得たデータを活用し、同じ手口には二度と苦戦しないようにする。クロノギアとしての仕事が、本格的に始まったということだな」街には平穏が戻りつつあったが、彼らの心には、これから続く長い戦いの予感が静かに根を下ろしていた。

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