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ネフィリム・エスカトロジー  作者: 弓チョコ
第8章:堕天使の代償
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第89話 救済

『お前はアヅキに洗脳されている』

「そんなことは……っ」

『「そこ」だ。洗脳は自分では気付けない。お前がどれだけ否定しようと、より洗脳を裏付けるだけだ』

「!!」


 これまで、愛月は。その言葉で何を伝えたいのかよく考える必要があった。意図を汲み取ることに苦心していた。

 だがカエルムの説明は。

 全てだった。


『まずは素直に認めろ。あの女は「ルール破壊」しか頭に無い。全ては「その為」の行動だ。お前を愛することも。双子を産んだことも。組織を作ったことも全てだ』

「…………」

『神を恨まずとも息子を愛していたかどうかなどはもう考えるな。現に今お前は愛されている』

「!」

『火打石の悪魔があのまま殺してくれれば、少しは楽になったのだがな』


 その悪魔とは、恐らくシレークスのことだろう。月での行動も知られている。


「父さんは、母さんが嫌いになったのか」

『その質問に意味はあるか?』

「!」


 鋭い瞳だと、文月は思った。微塵も隙が無いように思える。ひたすら真っ直ぐに、こちらへ視線を突き刺してくる。


「……ある」

『言ってみろ』


 だが文月も、ここで怯む訳にはいかなった。


「俺の目的はルール破壊じゃなくて、『家族全員集合』だ。母さんと父さん、それにシレークスとも仲良くして欲しい」

『不可能だ。諦めろ』

「っ!!」


 冷たく、即答で否定される。ここで折れそうになる。


「……いや! ……諦めない。取り敢えずは、これで全員に会えたんだ。難しいとしたら、ソフィアさんくらいだ。今は同じ金星に、父さんと母さんが居る」

『全員と言ったな。では煙口藤治——「佐々原神奈」の父親も呼ぶつもりか?』

「!」


 きさらぎは。

 大学時代に一度、強姦殺人に遇っている。

 それは本人から聞いている事実だ。

 その男を、家族と呼ぶのか。


『奴はまだ生きているぞ。いや、ソフィア・エバンスのように死人でも迎えると言ったな。では佐々原さつきも、きさらぎの父親も、アレックスの妻も呼ぶのか。私の父もか? 川上家の先祖は。シレークスの人間時代の親族は。……お前はどうやって、「全員」を集めるつもりなのだ』

「……ぅ。……いや、そこまでは……」

『どこまでがお前にとっての家族なのだ。結局は主観ではないのか。では血縁があるのに呼ばれなかった者はどうすれば良い? お前に何か考えがあるのか?』

「…………!!」

『言ってみろ』

「…………ぅっ」


 文月の反論は止まってしまった。


『無いなら無いと言え。意地を張らずに自分の口から、考えが浅かったと認めろ。もう子供ではないのだ』

「………………そこまで、考えていなかった……」

『だろうな』

「っ!」


 文月には耐性が全く無かった。

 『父親』というものへの耐性が。


『死者を入れると途端に複雑になる。現実的には、ソフィア・エバンスだけは絶対に不可能だ。それも認めろ』

「…………それは認めたくない」

『まだ幼いな』

「……っ」


 容赦の無い言葉を受けることにも、耐性が無かった。心ない罵倒には慣れているが、『教育』という観点での指導は初めてだった。


「……死者を諦めたくないのは、母さんと同じだろ」

『ではお前は13の小娘と同じ思考ということになるな』

「っ!」

『あの女はあの時点から成長していない。言葉遣いも幼い時があるだろう。それは成長期に日本語を使っていなかったこともあるのだがな』

「…………!」

『私に噛み付く必要など無いぞフミツキ。必要も無ければ意味も無い。双方にメリットが存在しない行為を無駄と言うのだ』

「ぅ……っ」

『ソフィア・エバンスを諦めたくない気持ちは分かる。だが「気持ち」だけにしておけ。本気で思い込んでしまうとアヅキのようになる』


 何を言っても、返される。

 否。

 カエルムは別に、文月を言い負かそうとしている訳では無いのだ。ただ冷静に事実を伝えようとしているだけである。だが『人間』である文月にとって、それが余りにも心ない発言に聞こえてしまう。


『……もう少し、現実的な話にしようか』

「!」


 そんな文月の様子を見て、カエルムは話題を変えた。


『お前の目的は、取り敢えず「今」は無理だろう。アヅキの計画の成否を見た後でなければ、お前も行動を起こせまい』

「…………うん。今は、母さんに協力してる。その過程でシレークスや、こうして父さんにも会えたから。いずれ俺は、『集合』の為に組織を離れるかもしれない」

『アヅキが「何」をしようとしているか分かっているのか?』

「……全人類を救うんだと聞いた。『全知全能』を手に入れて、それを願うって」

『違うな』

「!」


 文月は、愛月から聞いていた。具体的に、何をしようとしているのか。

 それは全知全能の使い、『救済』を人間達の手で行うことだった。望むなら死者をも生き返らせ、全ての人間が幸福になると。


『救済というものについては、昔からいくつか語られていた。中にはお前も聞いたことがあるものもあるだろう』


 カエルムは指を折りながら説明を始める。


『①千年王国。最後の審判。神の子の再臨による、選別と救済だ。世界が滅ぶ際、選ばれた民のみが楽園へと到達し、そこで永遠の命と幸福が与えられる。最も有名な救済かもしれんな。


 ②自力救済。解脱というものだな。修行により個人で悟りを開き、輪廻転生から脱して仏となる。これも有名か。自ら悟りを開かずとも、5億年待てば他者に救済されるらしい。


 ③死者蘇生。あの世とこの世の垣根を越えて、墓場から誰もが甦る世界。死を闇と定義付けて、永遠の命と復活を、子孫に託す救済だな』


 一度にいくつも例を出すと混乱するだろう。カエルムはそう配慮して、3つを提示した。


『アヅキが、どれを行おうとしているか分かるか?』

「…………③、かな?」

『違う。全く違うな』

「……!」

『お前はどう思う。フミツキ。何が最も良く、人々が救われる道だと思う』

「…………」


 以前も。彼は問うてきた。自分の考えを訊いてきたのだ。文月はようやく、それが分かりかけてきた。

 今回は、美裟の受け売りではなく。きちんと考えた自分の意見を言わなければならない。

 自分で、自分の洗脳を解かなければならない。


「……『どんな状態が救いか』は、個人によって様々じゃないかと思う」

『ああ』


 美裟の言葉も。幹部達の思いも。兵士や魔女達、メイド達の境遇も。

 実に様々だ。


「アルバートは、家族が無事ならそれ以上は望んでいない。姉さんやリーは『天界』への恨みを晴らそうとしてる。……もし死者が甦るような救済なら、シレークスに会う為に自ら死を選んだソフィアさんにとっては迷惑だと思う」

『そうだな』

「輪廻からの解脱? ……は、その後どうなるのか分からない。その修行と、仏になることが全人類の幸福とは、俺は思えない」

『なるほど』

「勿論それで救われる人が沢山いるのは理解できる。だけど、『全員』には当てはまることじゃないと思う」

『ほう』


 相槌を、カエルムは打ってくれる。にわか知識の意見と覚えたての言葉も、彼はきちんと聞いている。

 文月の考えを、少しずつ。整理しながら。


「永遠の命が救済かどうかも人によると思う。……でももし、それが『幸福である』と思い込まされるようなものが救済なら、全能の力で抗えないなら、救済だけど救済じゃなくなるんじゃないかな」

『そうか』


 日々を普通に生きている人間にとっては。

 『今』の生活が全てで。

 『現在』の幸福を求めていて。

 『現状』の改善を望んでいる。

 死後だの救済だの5億年後だのは、正直どうでも良いのだ。


「……母さんが、自身の『ルール破壊』という野望と併せて、どう救済しようとしているのか。……③じゃないなら俺には分からない。様々な考え方の人々を全員救うなんて方法は、俺には思い付けない」

『そうか』

「せいぜい……身近な人達の健康を祈るくらいだ」


 ひとつの宗教には、ひとつの救済。

 であれば、『その』救済方法と手段を望まない事情の人にとっては、それは救済ではないし、その宗教を信仰することは無い。

 しかし宗教家は『全員』を救わなくてはならない。

 救えないのであれば、それはもう信ずる価値が無いからだ。信徒を『集めたい』宗教家は必死に、どうにか全員を救おうと考える。


 死後は幸福な世界へ。

 愛する者が生き返る。

 自らも復活する。


 あの手この手で。手を変え品を変え。言葉巧みに。


『個人の主観での、「自らの救い」を、「全員分」行えば良いと、アヅキは考えた』

「!」


 文月の考えを固定させること。

 これが愛月の方針だった。


『「神」や「天」、「仏」などが「上」に存在し、君臨する時点で。アヅキに宗教的誘惑は何ひとつ通じない。救って「やろう」というやり方、スタンスが、気に食わないのだ』


 本気で。

 人々を『救いたい』のであれば。

 自らを顧みることなどあり得ない筈だ。何故ならそんなことより『救う』ことを第一の優先順位に置いているのだから。


『全人類が無条件で救われるならば。救われることの「ありがたみ」など存在し得ない。神仏をありがたむ必要など無い。アヅキは繰り返し言っていた』


 つまり。


 真の平等。公平。救済。


 たったひとつの、愛月の答え。


——


 わたし、思い付いたの。皆が救われる方法。聞いてくれる?


——


 この場所で。

 愛月がカエルムに『教えた』唯一の事柄。

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